006 友だちになりたい
いまわたし、シネとか言われた?
聞き間違い?
……いや、ハッキリ言われたっぽい。
何故ならサラさんとマカロンが引き攣ったカオで、必死にわたしをなだめようとしてるもの。
……わたし狼狽してる? たったそのヒトコトに……取り乱してる?
アレ?
アレレ?
――要らんコトバ吐きそう!
「わ、わたしがいったいナニしたってんや! ――確かにわたし、記憶を無くしちゃってるし、空気読めないし、トロいし、すぐチョーシに乗っちゃうかもやけど……、そこまで言われると――ショックしかない!」
あ、アカン。
頭が回んない。
ぶえぇぇとヘンな濁音が耳に障った。
その時にはそれが大泣きした自分の声やとはまったく気づかんかった。
ただ、ひたすら不快で、ひたすら悲しかったのは自覚できた。
そして、どうもその失態が、またもやココロクルリさんの不快感を呼んだらしく。
もう何度喰らったか考えるのも面倒な強制転移、転移を受けてしまった。
◆◆
揺れる電車内でわたしは。
重い体を座席に落とし、がっくりとアタマを垂れていた。
「あー……」
おかしいなぁ?
友だちを作るのってこんなにも難しかったっけ……?
自問しても過去を思い出せないので自分を慰められる答えに行き着かない。
モヤモヤを払うためにはもう笑い飛ばして苦しさをやり過ごすしかない。
もうすぐ駅に着きそうだけど、なーんかどーでもいい。
「あの連中にはもう会いたくないな……」
サラさん。
あの人は正直真面目一辺倒でとっつきにくいところがあるし、人が困ってるのにいまいち助けてくんないし、子ネコ? あの人語が理解できるマカロンは基本ニャーニャー騒いでばっかやし。
それにあの子。
ココロクルリさん。
あの子はとにかく自分のコトばっか。
気に食わないからって転移魔法。ずーっとそればっかり。本当もー、サイアク。
上級の魔法使いかなんか知らんけど、わたしはダイキライ! ダイキライ! ダイキライ!
「わたし。もう降りないからね」
ホームに到着し、電車が停まり、ドアが開く。
わたしは座ったまま動かなかった。
だってここで降りてどーにかしなきゃいけない義理なんて、よーく考えればゼンゼン無いんだもん。サラさんやマカロンと協力してココロクルリさんって魔法使いと仲良くしなきゃいけない理由なんて、ゼンッゼン無いんやもん。
わたしはわたしでそれなりに別天地で生きてくから。
あなたたちはあなたたちでどーにか暮らしてください。どーぞご勝手に、お過ごしください。
ここでふと思った。
このまま電車に乗り続けてトンネルをくぐり抜けたら、どうなるんやろ? と。
となり町? また知らない町? そして一からやり直し?
ピリリリ……とドアが閉まるアナウンス音を鳴った。
「あ……!?」
わたしの腕を取り、グイと引っ張る人があった。
あんぐりしていると背中をグイグイ押す小さな手があった。
驚いてる間にホームに連れ出された。間一髪でドアが閉まる。何事もなかったように電車は発車し線路の先に口を開けていたトンネルの闇中にガタゴト……と吸い込まれて行った。
「ハナヲ! 今度こそ、今度こそよ! 絶対に」
「今度は上手くいくにゃあ!」
一人の女の子と一匹の子ネコは、切らした息を整えようともせずに楽観を口走った。
何故か二人とも目が潤んでいる。
「……ねえ。サラさん」
「な、なに?」
「ひとつ。憶えてたら教えて欲しい」
数えるほどしか無い雲の下、駅のホームから望む景色は前回と同じ、地方の地味な街並みやった。
「な、何なりとぞうぞ」
「ココロクルリさんの転移魔法を受けたのは、今回で何回目?」
「え?」
「わたしがここに来て、ココロクルリさんの不興を買い、転移されたのは何回?」
サラさんが困った顔をした。
知らないというより、真っ当に答えてわたしがパニックを起こしはしないか、それを心配する顔つきやった。
「だいじょうぶ。ふたりも不安やろけど、わたしを頼るんやったらちゃんと頼って? でないとわたしもあなたたちを頼れないから」
眼をしばだたせたサラさん、コクリと同意する。
「56回よ」
「思ったより多い」
「最初の20回ほどはあなた、お人形さんのようだった。イラつくココロクルリに無反応だったわ。次の10回くらいでようやくしゃべり出すようになって。――でもやっぱりココロクルリが思うあなたじゃなかったみたい。結局は彼女、黒姫が戻って来るのを願っているから」
彼女が会いたいのはわたしでなく、黒姫。
暗闇姫ハナヲという友だちではなく、黒姫という憧れの魔法使。
「上等や」
わたしはサラさんとマカロンを駅の待合所に残し、外に出た。
そのまままっすぐゲーム喫茶に向かう。
ドアベルを鳴らし中に入ると昭和か平成初期の懐かしい空気が漂った。
店内は前回以前とほぼ変わらず、ただ、インベーダーゲームがパックマンやラリーX、ギャラクシアンに進化していた。
「すみません。クリソ(=クリームソーダの略)ください」
注文を取りに来たのはお姉さん。前に見た店長はいなかった。
黙ってパックマンの席につく。
「――アンタ知ってるの? このゲーム」
突然話しかけられて、デモ画面を眺めていたカオを上げる。
肘をつき、ジト目をしたツインテの少女。ココロクルリさん。
彼女の前には、わたしが注文したクリソがストローの刺さった状態で置かれている。
それをスッ……とわたしの方にすべらせた彼女は、一つ咳払いした。
「まぁ、その。……前回はごめんなさい。あなたがあまりにパニクってたもんだから……こっちもアタフタしちゃって……ま、憶えてたらだけどさ」
「……憶えてるよ。ハッキリとね」
「……そか。記憶、持ち越せてるんだ」
目が合ったまま無言になる。
ほんのり頬を染め、オデコに小さな汗粒を浮かべ、まばたきひとつしないドーリーフェイスとのにらめっこが続いた。
「ココロクルリさんは、わたしに何か特別な想いを持ってる?」
「な、なによ。イラつく言い方しないで」
アデリアレトロのグラスを引き寄せ、ストローに口をつける。
そして、それを彼女の方に押しやった。
ボッと紅潮したココロクルリさんは目を泳がせた。「どういうつもり」と早口でつぶやき、挑戦的に自分もそれに口をつけた。
「ココロクルリさん。悪いけどわたしは黒姫じゃない。過去の記憶を無くした暗闇姫ハナヲや」
クリームソーダ入りのグラスが「チリン」と鳴った。
溶けたクリームに押されて、氷が浮かび上がったんだろう。
「確かにわたしはココロクルリさんが会いたい人じゃない。それは分かってる――でもわたしはわたしを変えられない」
「……」
「でも、ひとつだけ。ハッキリ言えるコトがある」
ココロクルリさんが吸い込まれるような目を向けてきた。わたしはその目にまっすぐ挑んだ。
「わたしは。――わたしは、ココロクルリさんとあらためて友だちになりたい。あらためて、頼り頼られる友だちになりたい。そう思ってる」
「……」
「ココロクルリさんがどう思おうと構やしない。この町で友だちとして暮らしたい」