003 やり直し
「捕まえるのよ」
「捕まえる? ダレを?」
「だからぁ」
呆れ顔になりかけたサラさんは急に悟ったように神妙な面持ちになった。
「そっか、ごめんなさい。あなた記憶を失くしてるんだったわね。相手はココロクルリという3級魔法使いよ。あの子、幻術を使ったり、人や物を転移させることが出来るの」
「ココロクルリ、さん? 女の子ですか?」
「ええ――そう、捕まえる相手はココロクルリという魔法使い女子なの。かなり手強いわよ」
幻術使いの大魔法使いかぁ。素人のわたしがいったいどんな役に立てるとゆーのかな。この家に住みたいのはやまやまなんだけどなあ。
わたしはサラさんに連れられて駅前の商店街に来た。
やっぱり相変わらず人気がなかった。なのにお店自体は割と開いてるんだ? 店長さんはちゃんといるんかな?
「ここよ」
「ゲーセン?」
「ここに居なけりゃ今日は諦めましょう」
いる場所の目星ついてたんかい。
一見喫茶店風の(カフェじゃないよ、喫茶店だよ?)店構えで、摺りガラスの窓の周りにはツタが絡んでいる。わたしはそれ、ちょっと苦手。
カランコロンと入口のドアベルを鳴らしサラさんが先陣を切る。わっ、躊躇無しなん⁈
暗めのガラス照明の下、昭和モダンなたたずまいの店内。カウンターの向こうで店主らしき人が洗い物を片付けている。
「アニソン流してるよ? 店長の趣味かな?」
「店長じゃなくてココロククリの趣味じゃない? わたしからも質問いい? さっきどうしてここがゲームセンターって思ったの?」
「だって。喫茶店やったらインベーダーゲームは置いてないし。――ほらあれ」
テーブル式のゲーム機を指差すとサラさんが笑った。
「なんで笑うん?」
「ゲーム機が置いてあるからゲームセンターだと思ったの? 暗闇姫さん可愛すぎ」
うう。バカにされたみたいで気分ワル。
「ごめんごめん、そういうつもりじゃなかったの。すみませーん。今日ココロクルリはバイトしてませんか?」
「今日はシフト入ってないよ」
唸りに似た掠れた声で店長さんが答えた。
「心配しないで? あれはココロクルリが実物を模写して作ったNPCだから」
実物で作ったNPC? NPCってなんだっけ? ゆってるイミが分かんないが「そうなんですね」と答えておいた。あとでググってみよう……。
「それより。今日はもう店じまいしてるよ」
「え? あ、もう18時ですね、すみませんでした。また明日来ます」
店長さんは――いや、リチャード(本名?) さんは、愛想も抑揚もない声で「ああ。また明日」とつぶやいた。
わたしらは駅の改札で電車の到着を待った。
もしかしたらココロクルリさんが降りて来るかも知れないとゆーんで。そんなコトないやろと思ったけど、彼女に付き合った。(だってさ、ココロクルリさんって転移魔法が使えるんやろ? 電車乗るわけ無いと思って)
「あの。魔法に疎いわたしが魔法使いを捕まえる手伝いなんて出来るんですか? 足手まといになるだけだと思いますが?」
「んー? そうね。今のあなただったらココロククリは余計に気分を害すかもね」
んな? 気分を害す?
「その訳が知りたいんですが?」
ちょうど電車が到着した。
近くの踏切が鳴り出すとかの前触れが無かったんで、急にしたブレーキ音に思わずドキッとした。
改札の奥はすぐに上りと下りへの通路の曲がり角になっていたが、その陰から一人の女の子が現れる。
ツインテにした髪は金色に染まり、明るめのワンピを装う姿はリカちゃん人形を思い起こさせた。
これが大魔法使いの佇まいか。想像と違った。
「お、おかえり」
なぜかガチガチに緊張した挨拶をするサラさんを無視して、ココロクルリさんはわたしを見た。
「黒姫……まだ記憶が戻ってないの?」
ココロクルリさんが首を傾げた瞬間、グニャリと視界が歪んだ。