002 見られてる
ガタゴト、ガタゴト。
目を覚ましたとき、わたしは電車に乗っていた。
——さっきと同じや。
もう迷いはなかった。
座席の擦り切れ具合、窓の曇り方、天井の汚れ。
車内ぜーんぶ、見覚えがある。
「……ホンマに、やり直しとる」
声に出して、ようやく実感が追いつく。
コレって夢やない!
明らかに繰り返しとる。
『次は魔法区。女性の方はこの駅が終点です』
おお、アナウンス。
さっきとまるっきり同じ。
けど——。
ちょっぴりだけ、奇妙なノイズが混じっていた……ように感じた。
ザーッ、って感じ。
ほんの一瞬やが。
「……今の、何なん?」
それはささいな、耳鳴りみたいな音。
けども耳の奥やない。もっと近く。
頭のすぐ後ろで鳴ったみたいな。
電車が止まり。
ドアが開く。
今回は、少しだけ躊躇した。
だって降りたら、またあの街や。
またあの家や。
また——。
「……でも、降りるしかないんやろな」
誰に言うでもなく呟いて、ホームに足をつける。
やっぱり、ズレる。
一瞬だけ、景色同士が重なる。
しかも前よりはっきり分かった。
これは【記憶】。
どこかの、自分じゃない自分の。
◆◆
改札にアーケード。
そんでから、セーラー服の集団。
全部、同じ。
「黒姫さま」
そう呼ばれる。
今回は、少しだけ冷静やった。
「違うって言うたやろ」
「でも——」
「知らんもんは知らん」
強めに言うと、彼女たちは少しだけ困った顔をした。
それから、小さく頷く。
「……今回も、そうなんだね」
呟かれたその一言に、背筋が冷えた。
坂道。
神社。
細い道。
足は、もう迷わない。
勝手に動く。
「……ここやな」
例のあの家。売約済みの、鍵なしの。
中に入ってテーブルへ。その上に置かれた紙に書かれた……。
ローンのお報せ。
同じ流れ。
同じ言葉。
「……ひどい。ひどすぎる」
言った瞬間、自分で苦笑する。
「ほんまに同じこと言うとるやん」
その時にまたもや。——気配。
前回より、はっきりしていた。
「……いるんやろ」
振り返らずに言う。
空気が、ぴくりと揺れる。
「出てきてええで」
沈黙されたが。でも、消えない。
むしろ、濃くなる。
「……なんで」
と、小さな声。それは、わたしのすぐ後ろで起こった。
「なんで、そんな冷静なの」
前より、近くだ。ずっと距離が縮まっている。
「慣れたから、かな」
自分でも驚くくらい、落ち着いていた。
「何回かやっとるみたいやし」
少しの間があって、それから。
「……ほんと、気に入らない」
苛立ちの感情がはっきり分かった。
「黒姫さまは、そんな風に笑わない」
「知らんって、それ」
「違う」
強い否定があった。
「違う違う違うっ!」
空気が歪む。
クッ、またや。
また壊れる。
「ちょ、待って——」
言いかけた瞬間。
「——待たない」
その声に、重なるように。
「それ、待った方がいいですにゃ」
別の声がした。
軽い。
場違いなくらい、軽い。
「……は?」
反射的に振り返ったら――。
テーブルの上に、ネコがいた。
「初めましてですにゃ」
ちょこんと座ってる、人語を話す……ネコ!
やけに姿勢がいい。
「ボクはマカロン。観測担当ですにゃ」
「……観測?」
「はいにゃ」
ぺこりと頭を下げる。
その瞬間。
空気の歪みが、「ピタッ」と止まった。
「……あ」
さっきの気配――が、フルフル揺れる。
これ、戸惑ってる?
「ジャマしないで」
苛立ちと明確な拒絶の反応や。
「ジャマではないですにゃ」
ネコ……のマカロンは、あっさり返す。
「むしろ調整ですにゃ」
「……調整?」
ワケがわからん。
「これ以上やると、また初期化が走りますにゃ」
さらっと言う。
ブルッとした。
「初期化って……」
「さっきやられたやつですにゃ」
尻尾をゆらゆらさせながらゆう。
「……やっぱりあれは……マカロンさんが?」
「ちがうにゃ」
即答。
「さん付不要、ボクは見てるだけですにゃ」
その言葉に、背中が冷えた。
「……見てる……だけ?」
「はいにゃ」
にこやかに頷く。
「あなたたちのやり取りを」
その時。
はっきり分かった。
この世界には、【やり直している誰か】と、【それを見ている何か】がいる。
「……気持ち悪」
思わず本音が出た。
「よく言われますにゃ」
マカロンは気にした様子もない。
「で?」
わたしは息を吐く。
「これ、どうなってんの」
マカロンは、少しだけ首を傾げた。
「簡単に言うとですにゃ」
一拍置いて。
「壊れてるんですにゃ」
「……えーと。何が?」
「世界と、あっちと」
その瞬間。
また、背後の気配が強くなる。圧ってゆった方がいいか。
「——聞くな」
低い声。
「それ以上は聞くな」
初めて。
はっきりと恐れが混じっていた。
わたしは、ゆっくり振り返る。
まだ、姿は見えへんが。
でも。
ゼッタイにそこにいる。
「……あんたさ」
喉が乾く。
「これ、意図的にやっとるんやろ?」
沈黙があって。
そして。
「……違う」
か細く。
「壊れてるだけ」
その言葉が落ちた瞬間。
空気が、また揺れた。
でも、今度は——。
壊れんかった。
ギリギリで、踏みとどまった。
誰かが。何かが。押さえている。
その中心にいるのは、きっと——。
「……ココロクルリ、やろ?」
名前が、勝手に出た。
静寂のあと。
「……なんで」
かすれた声がして。
「なんで、それ。……わたしの……知ってるの?」
知らん。
でも。
「……知ってる気がするだけや」
そう答えたとき、どこかで、何かが噛み合った気がした。




