第二十四章 みんな、赤ずきんにお祝いを言う
赤ずきんの目をのぞき込んでいた銀の魔女は、しばらくするとまぶたを閉じて、恍惚の表情を浮かべる。
上空のたくさんの気球に乗っている観客たちからあふれる、シンデレラが殺された悲しみと、多くの魔女たちが殺された恐怖によって、ものすごい快感を得ていたからだ。
人々の不幸で心を満たす銀の魔女は、それを魔力として溜め込んで、すでに常識を超えたレベルになっている。
そんな彼女を止められる者は、もうおとぎの国には一人もいないだろう。
すると銀の魔女は小指すら動かさずに、シンデレラのものだった青いシャボン玉をパチンと割って、落下しかける赤ずきんの身体を魔法で空中に固定する。
だがその魔法には思いやりなどカケラもなく、身体を強く押さえ付けられた赤ずきんの表情は苦痛にゆがむ。
「く…………」
しかしそれでも赤ずきんは、胸の前で合わせた手の中にいる、気を失ったおやゆび姫を落とさないように、じっと耐える。
そんな赤ずきんを見て、ニタっと笑う銀の魔女。
「ふふふふ。赤ずきん。お前はいろいろと手伝ってくれたし、おやゆび姫も役に立ってくれたから、二人ともちゃんと生かしておいてあげるよ。これからおとぎの国が滅んでいくさまを、じっくりと見せてあげるからね」
「……………………」
その意地悪な言葉に、赤ずきんが奥歯を噛みしめていると、手の中のおやゆび姫がピクっと動く。
「あ……おやゆび姫。大丈夫?」
「…………あれ? ……競技はどうなったの? シンデレラは?」
シンデレラに助けられた後、すぐに身体を乗っ取られたおやゆび姫は、その後であった出来事を何も知らないのだ。
「あなたの身体の中に銀の魔女が隠れていたのよ……。それで彼女があなたの身体を乗っ取って、シンデレラや見張りの魔女たちをみんな殺してしまったの…………」
「……え?」
赤ずきんの手の上で身体を起こしたおやゆび姫は、銀の魔女の姿を見て驚き尋ねる。
「どういう事なの、赤ずきん?」
その質問に赤ずきんは目をふせる。
けれど自分がやった事を、これ以上は誤魔化せない。
それにこれまでとは違って、おやゆび姫は死んだシンデレラの事をちゃんと憶えている。
という事は、シンデレラは死んだら人々の心に残らないという魔法を、かけられていなかった訳だ。
ならば、おとぎの国で一番の人気者になれるチャンスなど、最初から自分にはなかった事になる。
シンデレラが死んでも人々の心に残り続けるのなら、彼女は伝説となって、その人気はより強固なものになるのだから。
つまり自分は、初めから銀の魔女にだまされていたという事だ。
そんなヤツの誘いに乗ってしまったのかと思うと、くやしくて泣けてくる。
「…………私がこの大会に出場したのは、シンデレラたちを殺して、自分がおとぎの国で一番の人気者になるためだったの……。それで私は銀の魔女と組んだのよ…………」
赤ずきんはそう言いながら涙をポロポロとこぼす。
「だから白雪姫が死んだのは事故じゃないし、眠れる森の美女も、最初から事故に見せかけて殺すつもりだったの……。さっきの競技でシンデレラを追いかけたのも、助けるためなんかじゃなくて殺すためよ…………」
それを聞いて、おやゆび姫は首を横に振る。
「何を言ってるの、赤ずきん! あなたが、そんな事をする訳ないじゃない!」
「……本当よ、おやゆび姫。今までだまして、ごめんなさい…………」
その言葉に銀の魔女が笑いだす。
「ハハハハハハ。なぜ謝るんだい、赤ずきん! 前に教えてあげたじゃないか! 自分や自分の愛する者のために、他の者を犠牲にするのは間違った事じゃないってね!」
赤ずきんは泣きながら、それに反論する。
「…………いいえ。あなたが何と言おうとも、そんな事をしてはいけないわ……。みんなが自分のために他の者たちを犠牲にしていたら、社会が崩壊して大勢の人々が死んでしまうもの…………」
「いいんだよ、赤ずきん! 大勢が死んだって、自分さえ生き延びれば! アハハハハ!」
だが赤ずきんはそれ以上言い返さずに、涙を流しながら、おやゆび姫の身体を気遣う。
「……おやゆび姫、身体は大丈夫? ちゃんと飛べる?」
「ええ……。飛べるけど…………」
そう言っておやゆび姫は、赤ずきんの手からブーンと飛ぶ。
すると銀の魔女は、泣きじゃくる赤ずきんを見てニヤニヤしながら、もっと悲しませてやろうと、今までずっと隠していた事を話す。
「……赤ずきん。いい事を教えてあげよう。お前がおとぎの国で一番の人気者になってほしいっていう、おばあちゃんの願いは、私がお前にすり込んだウソの記憶さ」
銀の魔女はそこで言葉を切ると、目を見開く赤ずきんの反応に満足しながら、さらに続ける。
「それにおばあちゃんの病気だって、お前をそそのかすために、私が魔法で一時的に重くしただけなんだよ。きっと今ごろは、元気になっているんじゃないかねぇ。つまりお前は、何の意味もない事のために、私の悪事を手伝ったのさ!」
その事実に赤ずきんは愕然とするが、しばらくして小さくつぶやく。
「…………そう。……良かった。…………私はもう一番の人気者にならなくてもよくて、おばあちゃんの病気もちゃんと治ったのね。……だったら、もう何も思い残す事は何もないわ……」
「何を安心しているんだい、赤ずきん! これから私は、おとぎの国をメチャクチャにするんだよ! お前のおばあちゃんだって、死ぬに決まっているじゃないか! ハハハハハハハハ!」
けれど赤ずきんは涙をぬぐうと、笑っている銀の魔女の目をまっすぐに見て、静かに言う。
「…………私は今まで、自分が死ぬのが恐かったの。……だから白雪姫を殺した事が間違いだと分かった後も、ずっと決心がつかなかった…………。でも、これ以上あなたを放ってはおけないわ」
「はあ? 何を言って……」
その時、銀の魔女は自分の身体の異変に気付く。
手から血の気がなくなり、指の震えが止まらないのだ。
ぎょっとする銀の魔女を見つめながら、赤ずきんは話を続ける。
「……一年ほど前、私はおやゆび姫の住む花の妖精の国で、そこの魔女に占ってもらったの。あなたはその時、牢屋に閉じ込められていたし、その魔女はその後で旅に出たまま行方不明になったから、妖精の国に魔女がいたなんて、あなたは知らなかったでしょう?」
そう赤ずきんが話す前で、銀の魔女は冷や汗をだらだらと流しながら焦っていた。
さっきから何度も魔法を発動させて、赤ずきんを灰にしようとしているのに、どういう訳か何も起きないからだ。
なぜ人間を灰にする魔法が発動しない?
うろたえる銀の魔女とは対照的に、赤ずきんの言葉は穏やかだ。
「妖精の魔女は、その占いでいつか私が困った事になると知って、私の身体に魔法陣のイレズミを彫ってくれたの」
それを聞いて銀の魔女は思わず叫ぶ。
「バカな! お前の身体は何度も調べた! 魔法陣のイレズミがあったのなら、私が気付かないはずがない!」
激しく怒る銀の魔女に、赤ずきんは落ち着いて答える。
「でも、その妖精の魔女に魔法を教えた先生は、黒い魔女だったのよ。だから肌色のイレズミをすれば見付かりにくい事も教わっていて、その色で彫ってくれたわ」
その言葉に銀の魔女はいきり立つ。
「肌色のイレズミの事は、私だって知っている! 最初にそれを思い付いたのは、私なんだから! もともとその方法で黒い魔女を殺そうとしたのは、私なんだぞ!」
「だけど花の妖精は、人間の親指ほどの大きさしかないのよ。そんなに小さい者が彫った魔法陣は、米粒ほどの大きさしかないわ。私の身体のどこかにある、米粒ほどの大きさしかない肌色のイレズミを、何の予備知識もないあなたが見付けられる訳がないでしょう?」
そう言いながら赤ずきんは、左手の甲を銀の魔女に向ける。
そこにホクロほどの大きさの、小さな何かが光っていた。
それこそが赤ずきんの身体に彫られた、肌色のイレズミによる魔法陣だ。
「銀の魔女。この私が何の備えもなく、あなたの誘いに乗るとでも思ったの?」
赤ずきんが、そう言いながら上空を見上げると、いつの間にか無数の光がキラキラと集まっている。
そしてその光の中で再生されていく、白雪姫や、眠れる森の美女や、シンデレラや、青、黒、白、赤の魔女たちに、大勢の灰色の魔女たち。
みんな、赤ずきんの魔法陣に仕込まれた、因果応報の魔法によって生き返ろうとしているのだ。
だがその魔法は、殺された者を生き返らせる代わりに、殺した者である、赤ずきんと銀の魔女の命を奪っていく。
だから銀の魔女は、命がゆっくり奪われていくとともに、強力な魔法から順に使えなくなっていたのだ。
上空で徐々に再生されていくシンデレラたちの姿を見て、すでに目の光が暗くなっている銀の魔女が、かすれた声を出す。
「だ……だましたな…………赤ずきん……」
それに答える赤ずきんの声も、消え入りそうだ。
「…………お互いさま……ね…………」
そして次の瞬間、銀の魔女と赤ずきんの命が消え、二人を空中に留めていた魔法も消えて、その身体が落ちていく。
風を受けてくるくると回りながら、地上に引っ張られる二人の身体。
おやゆび姫は、赤ずきんの身体を持ち上げようと、服をつかんで必死に引っ張るが、彼女の力ではどうにもならない。
「ぐ…………」
そうしている間にも、怪物たちによって破壊された赤いレンガの街が、眼下にぐんぐん迫ってくる。
赤ずきんの服をつかんだまま、おやゆび姫は上空をちらっと見るが、生き返った者たちの再生が完了するまでには、もう少し時間がかかりそうだ。
もうダメ。
そうおやゆび姫が思った時、赤ずきんの身体がふわっと浮かぶ。
「あっ!」
見ると身体中にヒビが入ったガラスのドラゴンが、赤ずきんの服をくわえてぶら下げていた。
その後ろには炎のドラゴンの姿もあって、羽ばたくたびに大量の火の粉が舞い上がるから、ちょっと熱い。
そしてドラゴンの口からぶら下がった赤ずきんの目がゆっくりと開き、それに気が付いたおやゆび姫が、赤ずきんの顔に飛び付く。
「赤ずきん! 無事だったのね!」
「……………………あれ? ……私、死んだはずじゃ…………あっ」
そう言って、口を押さえる赤ずきん。
「え? どうしたの、赤ずきん?」
「……ずっと奥歯に挟まっていた魚の骨が、取れているわ…………」
すると上の方から声がする。
「あら、それは魚の骨じゃないわ。私の国に一つだけ残っていた、身につけている者を一回だけ生き返らせる魔法のアイテム、不死鳥の欠片よ。あなたの奥歯に挟まるように、最初の日に夕食に仕込んでおいたの」
そう話しながら、青いシャボン玉に包まれたシンデレラと、ほうきに乗った青い魔女が降りてきたので、赤ずきんはずっと気になっていた事を尋ねる。
「……だから私の歯を磨く召使いたちは、そのアイテムが取れてしまわないように、弱くしか磨かなかったのね?」
「ええ、そうよ。…………銀の魔女を倒すという偉業を成し遂げる者を、失ってはいけない……。スミレ色の魔女は、死ぬ間際に占いで未来を見た後にそう言って、自分ではなく、あなたを助けるようにと、そのアイテムを私にくれたの…………」
「……そうだったのね。…………ごめんなさい、シンデレラ……」
「何で謝るの、赤ずきん…………。あなたは、おとぎの国と、そこに住む全ての人々を守ったのよ……。救われるのは当然だわ…………」
しかし、おばあちゃんの願いをかなえるために、シンデレラを殺そうとまで計画した赤ずきんには分かる。
本当はシンデレラだって、赤ずきんなんかよりも、スミレ色の魔女を救いたかったはずだ。
自分にとって大切な人の事は、誰だって、他の何よりも優先したいもの。
それで赤ずきんは、他にも心に引っかかっている事をシンデレラに伝える。
「……でもスミレ色の魔女が生きていれば、こんなふうになる前に、銀の魔女を捕まえていたかもしれないわ。それに私が銀の魔女にそそのかされなければ、そもそも、おとぎの国が滅びるような事にならなかったはずだし…………」
そう話しているとシンデレラが近付いてきて、そのシャボン玉に赤ずきんも包まれる。
「言いたい事はそれだけ? よく聞いて、赤ずきん」
シンデレラはそう言って、赤ずきんの顔を両手で挟む。
「牢屋から逃げた銀の魔女は、誰の身体に入るか分からなかったわ。おとぎの国の誰もが、彼女にそそのかされる可能性があったのよ。それで、もしもあなた以外の誰かが彼女の共犯者になったしたとして、誰がこんなふうに彼女を倒せたと思う?」
「え? さあ、どうかしら……」
「赤ずきん。あなたは、他の誰にもできない事をやったのよ。もっと自分を誇って」
「えーと…………。私、あなたたちを殺すために、この大会に出場したんだし、銀の魔女を倒せたのも、魔法陣のイレズミを彫ってくれた妖精の魔女のおかげで……」
「怒るわよ、赤ずきん」
シンデレラの目が真剣なので、赤ずきんはちょっと考える。
「……………………じゃあ、シンデレラ。……私がちゃんと誇れるように、まずあなたが、おとぎの国を守った偉大な私に、お礼を言ってくれなきゃ」
それを聞いて、シンデレラが笑う。
「ふふふふ。おとぎの国を守ってくれて、ありがとう、赤ずきん!」
その言葉を合図に、周りを囲んでいた全ての者たちが、赤ずきんのところに押し寄せる。
白雪姫と眠れる森の美女のシャボン玉もくっ付いて、その中でみんなに抱きしめられる赤ずきん。
青、黒、白、赤の魔女たちも加わっているから、シャボン玉の中はギュウギュウだ。
さらにその周りから、灰色の魔女たちが赤ずきんに触ろうと手を伸ばす。
そして、赤ずきんと、白雪姫と、眠れる森の美女と、シンデレラと、四色の魔女たちを包んだシャボン玉を、灰色の魔女たちがみんなで頭上に掲げた時に、大会の終わりの合図である花火が、夕焼けの空に打ち上がる。
おとぎの国の空いっぱいに、次々と花開いていく無数の光の粒。
それを見て、みんながお祝いを言う。
「赤ずきん、優勝、おめでとう!」
完。




