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梅見坂奇譚  作者: 真桑瓜
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織姫の履歴

織姫の履歴



小学校低学年。

美姫はステージの中央で立ち尽くしている。まるでチンアナゴのように。

そう、東京の水族館で観たあの黄色いチンアナゴだ。

客席がゆらゆらと揺れている、いや、揺れているのは美姫の方か?

クライマックスの大事な場面、急に躰から力が抜けてしまった。

客席がざわついている、両親の顔が見えた。茫然と美姫を見詰めている。

バレーの発表会、演題は『生まれたばかりのひよこっこ』美姫は今日まで、一所懸命に練習をし、そしてやっと主役の座を掴んだのだった。

四羽のひよこを従えて、美姫はステージの真ん中で動けなくなってしまった。

会場中が凍りついた、美姫が動かなければ次に進めない。

バレー教室の先生が慌てて美姫を抱えて退場した。

目の前で先生が何か言っている。声は聞こえているし、言っている言葉もわかる。しかし、意味が頭に入って来ない。

そのうち、楽屋に両親が現れ、凄い剣幕で美姫を叱った。

美姫はただ、ゴメンなさい、ゴメンなさい、と繰り返す事しか出来なかった。



高校生の時。少林寺拳法、都大会の決勝戦。

美姫は突然あの時と同じ感覚に襲われた。

都内の道院に美姫に敵う拳士は居なかった。誰もが美姫の優勝を確信した。

勝って当たり前、負ければ恥だ、勝たなければ!しかし、美姫は負けた。

美姫の道院の仲間は、冷たい目で美姫を見た。道院長はそんな事もあるさと言ってくれたが、なんの慰めにもならなかった。

両親は呆れた顔で美姫を見た。

美姫はもう謝らなかった。

強くなれ!人に負けるな!弱みを見せるな!

そう言われ続けてきた。兄でも弟でもいれば良かったのに。

美姫には妹が一人いたが美姫と違って自由に育てられた。まるで池の鯉と、大空の鳥のようだ、と美姫は思った。



大学は、両親の反対を押し切って札幌の大学に行った。少しでも両親の元を離れたかったのだ。

家出同然の一人暮らしだった。

美姫には札幌の暮らしは新鮮だった。広いキャンパスは美姫の荒んだ心を癒してくれた。

冬の厳しさも、秋のポプラ並木の侘しさも美姫は大好きだった。

暫くは自由を謳歌した。しかし、突然居た堪れなくなる夜があった。

あれ程疎ましかった両親が、たまらなく恋しくなる。

自由とは不便なものだという事に気がついた。なんでも自分で考えなければならない。

親の元にいた時は楽だった、親の言う通りにやっていれば何も考える必要がないからだ。

縛られていると感じる事もあったけれど、それは依存しているのと同じ事なのだ。

自由の代わりに楽を享受していたのだろう。

家に飛んで帰りたかった。だが、今まで、絆だと思っていた両親の教えが、今度は鉄の壁となって美姫の前に立ち塞がる。

強くなれ、人に負けるな、弱みを見せるな!

頼れる人が欲しかった。


「何か悩みでもあるのかな?」

バイト先の居酒屋で、一人で酒を呑んでいる背の高いお爺さんに声を掛けられた。

「いえ、別に・・・」

「隠さずとも良い。顔にちゃんと書いてあるぞ」

「お爺さん、占い師?」

「霊能師じゃ。まあ、似たようなもんじゃがな」

「じゃあ、ちょっと見てもらおうかな。お店も暇だし」

美姫は店長を気にしながら、カウンターの中をお爺さんの前まで移動した。

お店の人達も、手持ち無沙汰にタバコなんか吸っている。

「あんた、ひよっとして家出でもしてきたんじゃないのかな?」

「いえそんな事は・・・でも、家出みたいなもんか」

「じゃろ、親御さんと馬が合わんかったのかい?」

「まあ、そんなとこかな・・・」

「ご両親は、あんたを自分の持ち物みたいに扱ったのじゃろ?」

「えっ!何で分かるの?」

「言ったじゃろ、儂は霊能師じゃ。お前さんの過去も未来も現在も、すべてお見通しじゃよ」

「へ〜凄い!」

「あんた、人に褒められることが多かったじゃろ?」

「ええ、まあ・・・」

「じゃが、あんたは自分を批判する傾向を持っておる」

「そ、そういえば・・・」

「あんたは弱みを人に見せず、自分で克服できる力も持っておるな?」

「そんなことまで分かるんですか?」

「当たり前じゃ、儂を侮ってはいかん」

「いえ、そんなつもりじゃ・・・」

「じゃが、あんたは他人に自分をさらけ出すのは賢明ではない事も知っておる」

「・・・」

「自分の弱さを、儂にさらけ出すのじゃ。そうすれば自由になれるぞよ」


それから三十分、美姫は自分の悩みをお爺さんに聞いてもらった。

話終えた時には、スッキリと気分が晴れていた。

「儂の名は東雲院(しののめいん)という。悩みがあればいつでも聞くでここに来れば良い」

そう言っておじいさんは名刺をくれた。

「はい、そうします!」美姫は救われたような気分になった。

じゃあ、と言っておじいさんは帰って行った。

「なんか、怪しく無い?」アルバイトの先輩が言った。

「い〜え、怪しくなんかありません、本物だわ、あのお爺さん!」

美姫はすっかり東雲院の虜になってしまっていた。



それから美姫は、薄野にある雑居ビルの三階に足繁く通うようになった。

美姫の生活は一変した。何事にも積極的に行動できるようになり、自信もついた。

周りにも認められ友達も増えた。

美姫は東雲院のお陰だと思っているがなんの事は無い、今まで両親が決めていたことを東雲院が決めるようになっただけの事である。美姫はそれに気づかない。

無事大学も卒業し、札幌のアパレル会社に就職して二年が過ぎた頃、東雲院から九州に行かないかと打診があった。

祈祷所のあるビルの一室で、「新しい宗教を始めるつもりでいる」と打ち明けられ、一も二もなく賛同したのであった。

「一人でも多く、私のように救われる人が増えればいい」と、その時美姫は思った。

金角と銀角は、祈祷所で時折見かけたが話をするのは初めてだった。

彼らは相談者との接触を極力避けているようだった。

今思えば、九州行きは詐欺紛いの霊感占いが札幌で行き詰った為の転地だったのだろう。


「俺は金角」

「俺は銀角」

屈強な男達が言った。

「私は織田美姫。美しい姫と書くの」

「じゃあ、織姫(おりひめ)だな」金角が言った。

「俺達は東雲院様の弟子兼ボディガードだ」銀角が言う。「東雲院様の霊感占いのサポートをしている」

「霊感占いにサポートがいるの?」

「ああ、補助的な調査をするんだ」

「相談者は根本的な解決を望んでいる。いい加減なことは言えん」

「私は巫女になればいいのね?」

「そうだ、信じたいのだ。彼らは」

「その為には、舞台装置も大切だからな」



英彦山の寺は荒れていた。東雲院と書いた扁額だけが新しい。

「これから信者が増えれば、おいおい修復して行く」と東雲院は言った。

ようやく信者が集まりだした頃、美姫は巫女をしながら金角銀角の調査の手伝いをするようになった。

最初は、信者の家の近所の人達と世間話をしながら、信者の噂を聴き込む仕事だった。

これは思いの外情報が集まる。それを東雲院に報告して占いの結果を補強するのだ。

この時点では、まだ美姫は何の疑いも持っていなかった。

東雲院のやり方に疑問を持ち始めたのは、信者の家のゴミ箱を漁るようになってからだった。

「何故こんなことをするのだろう、そんな必要があるのだろうか?」

美姫は、恩人である東雲院にその事を訊く事を躊躇(ためら)った。

後から金閣に聞いた話では、薬の袋はその人の体調を、レシートは金銭感覚を知るための大切な情報源になる、と言う事だった。

悶々とした日々を送っていたある日、その事件は起きた。



「この本を見よ。この本の中には神を冒涜する言葉が連綿と綴られている」

東雲院の差し出した本には、『幻想小説短編集』という文字が書かれていた。

作家は秦太一。聞いたことのない名である。

「この本が売れれば、我々の活動の障りになる事は間違いない」

「東雲院様、どういたしましょう?」金角が訊いた。

「この、秦と云う作家に、神罰を与える。早々に拉致して参れ」

「はっ、早速!」銀角が答えた。

「待って下さい東雲院様。それでは誘拐ではありませんか?警察に知れたら罪を被る事にもなりかねません!」

「織姫よ、心配ない。ただ謝罪をさせるだけじゃ」

「でも!」

「織姫、東雲院様に逆らうつもりか?」

「今まで受けた御恩を忘れたか!」

金角銀角が口々に美姫を罵った。

「そんなつもりは無いけど・・・」

「お前はここで待っていろ!」二人は部屋を出て行った。

「儂は庫裏におる。お前も部屋で二人の帰りを待て」そう言って東雲院も出て行った。

後には、秦太一の書いた本が残されていた。

美姫は、その本を手にとって最初のページを開いた。




                     4



「おじさん、最近よく来るわね」

カナちゃんは僕を、おじさんと呼ぶことに決めたみたいだ。

「カナちゃん、上達したね。見違えたよ」

「本当!ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいです」

「秦さん、小説読みました。とても面白かった」

メイメイさんがそう言ってくれたので、僕も素直に嬉しかった。

「私は不満だけど、活躍したから許してあげます」

「ありがとう。今度はもっといい役にするよ」

「お願いします」

カナちゃんが僕に向かって頭を下げた。

「ところでメイメイさん、お願いがあるのですが・・・」

「なんですか、改まって?」

「実は、僕の小説のファンが、どうしてもあの小説の主人公のモデルになった人に会いたいと言うのです」

「女の方ですか?」

「はい、僕のアパートの向かいの部屋に住んでいます」

「おじさんの彼女?」カナちゃんが訊いた。

「ち、違うよ、ただのお向かいさんだよ!」

「慌てちゃって、怪しいわ」

「違う違う違う・・・」僕は必死になって否定した。

「カナちゃん、失礼よ・・・いいですわ、私で良ければお会いしましょう」

「あ、ありがとうメイメイさん。恩に着ます!」僕は両手を合わせて、メイメイさんを拝んだ。

「まぁ、そんなにしなくっても・・・」

「では、時間と場所は追ってご連絡します!」僕は急いでではるみ荘に取って返した。


「先生、おじさんなんだか慌てていませんでした?」

「そのようね・・・」

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