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梅見坂奇譚  作者: 真桑瓜
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織姫

織姫



                  1


「何これ、面白いじゃない!」織姫こと織田美姫は、差し入れてもらった月刊幻想小説五月号を閉じて、大きな声で独り言を言った。「よし、決めた!ここを出て最初にやる事。この人に会いに行く」



「もう、悪い事して捕まるんじゃないぞ」

「は〜い」

織姫は看守に軽い返事をして拘置所を出た。


あの事件の後、織姫は詐欺と誘拐監禁の罪で逮捕された。

然し、詐欺の手口を洗いざらい自白した事と、被害者を逃がそうとした事を、当の被害者が強く証言した為、情状を酌量されて本日の釈放となったのである。

「先ず、あの作家さんに会いに行かなくっちゃ」そう呟いて、織姫は列車に乗った。


織姫は、出版社に電話を掛けて作家の住所を確かめた。

郷里から出て来た妹だ、と言ったらあっさり教えてくれた。これだから皆詐欺に引っかかるのだ。

住所を尋ねながらアパートの前までやって来た。

「はるみ荘、此処だわね」

汚い木造の二階建てアパートである。一階は家主の住居、二階が賃貸の部分である。

目的の部屋は二階の一番奥の部屋だ。

アパートの玄関には住民の靴が乱雑に脱ぎ散らかしてあった。家主の玄関は建物の反対側だ。

「此処はアパートというより昔の下宿ね」

黒光りする木の階段を上ると、真ん中に廊下があって左右に部屋が三つずつ並んでいる。奥の右側がその部屋だ。

部屋の前に立つと、ドアの右側に、几帳面な文字で『秦』と書いた紙切れが、表札がわりに貼ってあった。

織姫がドアを二回ノックすると、すぐに返事があった。

「は〜い、どなたです?」

「町内会長の代理の者です、会費を徴収に来ました」

ギィ、と軋んだ音を立ててドアが開いて、丸眼鏡に蓬髪の秦の顔があった。

「あっ!君は・・・」

「先生、ダメじゃない簡単に開けちゃ。また、誘拐されちゃうわよ」

秦は呆然と立っている。

「何故、此処に・・・?」

「その節は有難う。おかげでこんなに早く出て来られたわ」

「い、いや・・」

「私、先生にどうしても聞きたい事があったのね」

「な、何ですか?」

「中に入れてくれないかなぁ。こんなところで立ち話もなんだから」

「で、でも・・・」

「失礼しま〜す!」秦を押しのけて、半ば強引に織姫は部屋に入った。「あら、思いの外綺麗に片付いているのね、作家の部屋ってもっと汚いかと思ったわ」

部屋は六畳一間に台所と押入れが付いている。トイレは共同のようだ。

隣との境の壁際には、五段の抽斗(ひきだし)のついた箪笥(たんす)が置いてあり、その上に場違いな黒い電話が乗っている。部屋の真ん中には丸い卓袱台、道路に面した低い窓の下には文机が置いてあり、書きかけの原稿用紙の上には万年筆が転がっていた。

秦は、文机の前に置いてあった薄い座布団を裏返して卓袱台の前に置いた。

「ど、どうぞ座って・・・」

「どうも」織姫は遠慮なく座る。

「で、聞きたい事って何ですか?」

「あの時、なぜ私を助けたの?」

「だって、君は僕を逃がそうとしてくれたじゃないか。それを正直に警察に話しただけだよ」

「あんなにひどい目にあったのに?」

「君のせいじゃないさ」

「普通そうは思わないんじゃない?」

「そうかなぁ。僕には分からない」

「・・・」織姫は、顎に人差し指を当てて宙を睨んだ。

「ん、どうしたんですか、急に無口になって?」

「決めた、私ここに住むわ!」

「えっ!ここに?」

「この部屋じゃ無いわよ。来る時に郵便受けを見たけど、お向かいの部屋、空き部屋でしょ?」

「ああ、びっくりした。確かに空いているけど、このアパートは男ばっかりだよ」

「大丈夫、私に勝てる男なんてそうそう居ないもの」

「そりゃそうなんだろうけど・・・」秦は、なんとも複雑な顔をした。



                  2




三日後、織姫は本当に越して来てしまった。行き掛かり上僕が保証人になったのである。

荷物は大きめのトランクが一つだけだった。

「必要な物はおいおい買い揃えていけばいいもの」そう言って織姫は屈託なく笑った。

その三日後には、自分で仕事を見つけて来て働き出した。内容は僕にも教えてくれなかった。

「心配しなくても、ヤバイ仕事じゃないから」と、織姫は言った。

それからと云うもの、僕の生活は一変した。アパートの住人には妹だと嘘をついた。名前が違うのは、小さい頃両親が離婚してそれぞれに引き取られたからだと言った。

そんな嘘、バレるのは時間の問題だ。だって容姿が全く違う、織姫は誰が見ても美人なのである。案の定、住人たちは疑惑の眼差しで僕を見た。

朝は、織姫が仕事に行く前に必ず僕を起こしに来た。僕は昼まで寝ているのが普通の生活をしていたので当初はとても困ったが、早起きに慣れると、これはこれで気持ちのいいものである。

小説を書くスピードが俄然上がった。

朝の散歩が日課になり、メイメイさんとカナちゃんが拳法の稽古をしている公園にも時々出掛けるようになった。



                    3


「あの小説、とっても面白かった」

ある日、織姫が僕に言った。

「どの小説かなぁ?」

「月刊幻想小説五月号に載ってたやつ」

「ああ、梅見坂奇譚の事か。実はあの小説にはモデルがいるんだ」

「え、あの小説の主人公にモデルがいるの?」

「いるよ、とっても強くて綺麗な人なんだよ」

「私よりも?」

「・・・」

「ふ〜ん」

織姫は暫く考えていたが、突然僕の襟首を掴んで言った。

「その人に合わせて!」



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