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梅見坂奇譚  作者: 真桑瓜
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パラレルワールド

パラレルワールド               



次の瞬間、私が何を書くかによってこの世界は見事に分裂し、こう書いた世界を歩むことになった私は、こう書かなかった世界を永久に見ることは出来ないのだ。

売れない幻想作家、秦太一は頭を掻きむしって机に突っ伏した。


月刊幻想小説五月号の締め切りを数日後に控え、どうしても最後の着地点が見つからない。

昨夜はとうとう徹夜をしてしまった。小説の出来はどう終わらせるかで決まるのだ。

ペンを原稿用紙の上に放り投げ、秦は表に出た。こんな時は気分を変える為、散歩するに限る。

外界の時間は、僕の苦悩など知る由もなく平和に流れていた。

ベージュのズボンに白い開襟シャツ、丸眼鏡にボサボサの髪を伸び放題に伸ばした僕は、どう見ても冴えない小市民である。

「確かこの辺りだったな」

一月ほど前、僕は衝撃的な出来事を目撃している。

バサッ、バサッと音がして何気なく振り向くと、男が出刃包丁で立木に切りつけている。

顔には薄い笑いが貼り付いており狂気を感じさせた。

キャッ!と言って、子供を抱えた女の人が蹲る。それに反応したように男は振り向いた。

男が母子に向かって歩き始めた。

突然、男と母子の間に人影が割り込んで来た・・・およそこの状況に似つかわしくない美女が、そこに立っていた。

僕は、危ないっ!と、思わず叫んでいた。

男が出刃包丁を振り回して彼女に迫ったからだ。が、彼女は難なく男の攻撃を躱し男の懐に飛び込んだ。

ギャッ!と言って男が蹲る。間髪を入れず回し蹴りが男の頭部に決まり、男は歩道に沈んだ。

僕は公衆電話から、警察に通報した。

パトカーのサイレンが聞こえ始めた時、自宅に飛んで帰って小説を書き始めたのだった。

あの時も、題材が浮かばず気分転換に散歩に出ていた時だった。


そんなことを考えながら、散歩していると公園の片隅にジャージ姿の女性を発見し、僕は我が眼を疑った。

間違いない彼女だ。僕の眼は黒いジャージ姿に釘付けになった。

ここで、彼女に声を掛けるか、このまま行き過ぎるか。選択をした途端その後の世界が決まる。そして選択しなかった世界は永久に知ることはできないのだ。「僕はこっちの世界が見たい!」

僕は一瞬の躊躇の後、彼女の方へ足を運んだ。


「あ、あの・・・」

「はい、なんですか?」返事をしたのは彼女ではなかった。今まで気が付かなかったのだが、ピンクのジャージを着た背の高い女の子が一緒に居たのだ。高校生だろうか?

こんなに図体のでかい女の子なのに、気が付かなかった僕はどうかしている。

「あ、あの。ぼ、僕は怪しい者ではありません」

「十分怪しいと思いますけど」女の子が言った。

「カナちゃん、失礼よ」そう言って彼女は僕を見た。「御用を伺いましょうか?」

「ぼ、僕は小説家で、しゅ、取材をですね・・・その」

「まあ、小説を書かれるのですか?」

「先生、信じてはいけませんよ。この卑屈な態度、どう見ても怪しいです」

「そ、そんな。僕は決して・・・」

「そうよカナちゃん、お話だけでも聞いてあげましょう」

「う〜ん、先生がそう言うのなら」

僕は彼女に話を聞きたいのであって、この子に聞きたいのではないのだが・・・

「今、稽古中なので手短にお願いしますね」と、女の子が言った。

僕は、散歩するときにいつも持ち歩いている、アイデアノートを取り出しながら訊いた。

「稽古?」

「中国拳法ですよ」

「ああ、それで・・・」太一は得心した。

「それでって?」

「僕は一月ほど前に、そこで・・・」そう言って郵便局の方を指差した。

「あっ、あれを見ていらしたのですね?」

「はい、とても衝撃的でした」

「あっ、オジさんもあれを見ていたの?私もあれを見て弟子入りしたのよ」

「お、オジさん・・・」まだ、二十五なのに。「僕は、秦太一と言います」

「私、葛城カナ。先生はメイメイさん」

「あ、中国の方でしたか?」

「台湾です」

「なるほど、それで中国拳法を」

何がなるほどなのかわからないが・・・

それからは、ほとんどカナと言う女の子が喋った。メイメイさんは時々頷いたり微笑んだりするだけだった。

「ほう、そんな大立ち回りを・・・」あれ以外にまだ何かあったのか。

「凄かったんだから。オジさんにも見せてあげたかったわ」

それからカナが、また一頻り喋った。

やっとカナが口を閉じたので、慌てて太一が言った。

「・・・どうも有難うございました。宜しければ今日の取材を元にして小説を書いてもよろしいでしょうか?」

「それは構いませんが、絶対に実名が出ないようにお願いします」

「はい、それはもう・・・」

「私も出るの?」カナが勇んで訊いてきた。

「ま、まあ。出る・・・かな?」

「わぁ、よろしくお願いしまーす!」カナがペコリと頭を下げた。

「じゃ、じゃあ僕はこれで失礼します」

「オジさん、小説出たら教えてね」カナが明るく手を振った。

結局最後までオジさんだった・・・


僕は、今書いている小説を諦め、締め切りを延ばしてもらう事にした。

一週間で新しい小説を書き上げる・・・





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