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梅見坂奇譚  作者: 真桑瓜
12/13

梅見坂奇譚第五部〜転校生

梅見坂奇譚第五部〜転校生


                    1


関西から、三年四組に女の子が転校して来た。名前は野副晶、女の子なのにアキラという名前は珍しいと思った。

いっ君はその女の子がとても気になった。好きになったとかそんなんじゃ無い。ただ、他の女の子とは全然違っていたからだ。

晶はいつも凛としていた。長く真っ直ぐな髪は、引っ詰めて頭の上でお団子に結ってある。

背筋はピンと伸びて、歩く姿はモデルのようだった。

顔は人形のように小さく美しく嫉妬の対象になり易かったが、他の女子生徒が嫌味を言っても、毅然として取り合わない。当然の事ながら、晶は孤立した。

ある日の昼休み、いっ君は、思い切って晶に質問してみた。

「野副さんは、何故そんなに姿勢がいいの?」

「私、バレエをやっているの」晶は毅然として答えた。

「ふ〜ん、何故バレエを習ってるの?」

「私、宝塚に入るの。お母さんが言っていたわ」

いっ君は、晶の言い方に違和感を覚えた。「お母さんが?野副さんが入りたいんじゃないの?」

「わからない。でも、親の言う事を聞くのは親孝行なのじゃ無いかしら?って言うか、あなた、何故私にそんな事を聞くの?」

「う〜ん、わからない。でも、見ててとても窮屈そうだったから。熊先生なら、『もっと力ば抜かんね』って言うよ」

「熊先生って誰?」

「僕の武術の先生」

「武術?古めかしい言い方ね。今は武道って言うんじゃ無い?」

「道を行くには、まず術が必要なんだって」

「なぜ?」

「道は海で、術は船なんだって。海を渡るには船がなきゃ渡れないじゃん」

「変な喩え」

「僕もそう思う」

ふふふ・・・と晶が笑った。

「僕、何か変な事言った?」

「ううん、でも、あなたって面白い人ね」

「そうかなぁ?あ、でも時々皆んなから鈍臭いって言われる」

「どうして?」

「運動場で虫を見てて、昼休みが終わったのに気付かない事があるんだ」

「虫が好きなの?」

「だ〜い好き!」

「そう、いいわね・・・」晶はちょっと寂しげな顔をした。

その時、授業開始のチャイムが鳴った。

「あ、じゃあ、またね」いっ君は、急いで自分の席に戻ろうとした。

「待って、あなたのお名前は?」

「板井一郎。みんな、いっ君て呼ぶよ」

「私も、そう呼んでいい?」

「もちろん」

晶は転校して初めて、少しだけクラスに溶け込めた気がして嬉しかった。


次の日、いっ君は同じクラスの女子、木下雅子から呼び出された。

「いっ君、あなた野副さんに気があるんじゃない?」

「えっ!そんな事ないけど」

「だって昨日、楽しそうに話していたじゃない。野副さんも笑ってたわ」

「転校して来たばっかりで寂しそうだったから友達になろうと思って話しかけたんだ。そうだ、木下さん友達になってあげたら?」

「嫌よ、だって彼女お高くとまっているじゃない。それに、何だか私たちを見下してるわ」

「そうかなぁ、そんな風には見えないけど」

「彼女、私ん家のすぐ近くに引っ越して来たんだけど、すっごい豪邸なの。きっと、お金持ちのお嬢様なんだわ」

「そういえば、バレエを習ってるって言ってた」

「ほら、やっぱり。バレエを習うなんてお金持ちでなきゃ出来ないわよ」

「宝塚に入る為なんだって、それが親孝行だって」

「何それ?そんな事が親孝行になるの?」

「さあ?でも、親が望むんなら叶えてあげるのはいい事なんじゃないかなぁ」

「私、彼女のお母さん見た事あるわ。髪はストレートで茶色に染めてて、サングラスまでかけてんのよ。何だかスター気取りじゃない?」

「髪を染めてたらスターなの?」

「だってこの辺のお母さんは、みんなサザエさんみたいなパーマをかけてるのよ。とても目立つわ」

「大阪って大都会だもの、向こうじゃ普通なんだよきっと」

「いっ君、嫌に彼女の肩を持つわね。やっぱり好きなんじゃない?」

「それじゃ、堂々巡りだよ。話が元に戻っちゃった」

「いいわよ、もう。勝手にすれば!」

木下は怒って行ってしまった。自分から呼び出しておいて勝手だな、といっ君は思った。



                    2



いっ君のクラスの担任は、百武先生という中年の女性だった。

百武先生は、どちらかと言うと依怙贔屓(えこひいき)が強く、成績の良い子には優しく悪い子には厳しかった。まあ、先生の立場としては当然なのかも知れないけれど。

晶は成績も良くもちろん家柄も文句のつけようがなかったので、百武先生のお気に入りになった。その事も、木下達クラスの女の子には気に食わない理由だったのだ。

木下には二つ年上の航(わたる)という兄がいる。躰も大きく乱暴なので男の先生からはいつも叱られていた。

ある日百武先生が、友達に悪ふざけしている航を目撃して担任の体育教師に告げ口した。航はこっ酷く叱られ、嫌という程竹刀で尻を叩かれた。

航は家に帰っても誰にもその事を話さなかった。言えば返って両親に叱られる事が目に見えていたからである。

晩御飯の時、上手く椅子に座れず顔を顰めていると、母親がジッと自分を見ていたので我慢して何食わぬ顔で食事をしたが、後で風呂に入った時、ミミズ腫れになった尻がヒリヒリと痛んだ。


「くっそう!百武め」航は歯軋りをした。「ん?待てよ。百武は雅子の担任じゃないか」

「よ〜し、いい事考えた。覚えてろよ、百武のババア・・・」航は、湯船の中でほくそ笑んだ。






                    3



「板井君、ちょっと職員室にいらっしゃい」

二時間目の授業が終わった時、いっ君は百武先生に呼ばれた。

「貴方、近頃野副さんと仲良くしているらしいわね?」

「え、あの、ちょっと話をしただけですけど・・・」

「あのね、野副さんのお父様は大阪の会社の重役さんなの。大事なお仕事で一年間だけ福岡に来ておられるのよ。それでね、あまり晶さんの勉強の邪魔をして欲しくないの。分かるでしょ?」

いっ君には、何の事だかさっぱりわからなかった。でも、百武先生にキッと睨まれると口答えが出来なくて、つい『はい』と答えてしまった。教室に戻る時、なぜか涙がこぼれていた。


「いっ君、どうしたの?」席に着くと親友の洋ちゃんが訊いて来た。

「何でもない・・・」

「だって、泣いてるじゃん」

「うるさいな、ほっといてよ!」いっ君は親友に涙を見られたのが恥ずかしくて、つい大声を出してしまった。

「ゴメン、もう訊かない」洋ちゃんはスゴスゴと自分の席に戻って行った。

この様子を、晶がジッと見詰めていた。


放課後、晶がいっ君の所にやって来た。

「私の事で、先生に何か言われたんじゃない?」

いっ君は、一瞬だけ晶を見たが、ハッとして目を逸らした。

「そんなんじゃないよ・・・」

「嘘、きっと私に関わるなって言われたんでしょ?」

「そんな事言われてないって!」

「私には分かるの、いつだってそうだったんだから。きっとお父さんかお母さんが先生に釘を刺したのよ。私を遊ばせない為に」

「そんな・・・酷い」

「私だって酷いと思ってるわ。でも、まだ一人じゃ生きて行けないもの。だから早く大人にならないかなっていつも思ってる」

いっ君は、そっと晶を見た。晶の顔は、とても同級生とは思えないほど大人びていた。

「私、あなたと話せて良かった。でも、もう話さないわ、あなたに迷惑掛けるの嫌だから」

そう言って晶は早足で教室を出て行った。


「いっ君、帰ろ」洋ちゃんがランドセルを持っていっ君の横に立った。

「洋ちゃん、さっきはゴメン。僕・・・」

「いいよ、さっ行こう」

「うん」いっ君は、ランドセルを担いで立ち上がった。





                    4



航は、縁日で買った月光仮面のお面を被って竹藪の中に身を潜めた。右手に爆竹、左手に百円ライターを握っている。

昨日、妹の雅子から、百武のお気に入りの生徒を聞き出した。

雅子は最初訝しげな顔をしていたが、以外とすんなり教えてくれた。

雅子にも何か思惑があったようだが、そんなこと知ったこっちゃない。

俺は、百武のお気に入りの生徒を虐めて、百武の困った顔が見たいだけなんだ。

標的は、最近家の近所に引っ越して来た野副晶という女の子だった。帰りは必ずこの道を通る筈だ。

そんなことを考えていると、道の向こうから、赤いランドセルを背負った女の子がやって来た。

「来た!」航はニヤリと笑って晶が来るのを待ち構えた。



                   5



「ふ〜ん、野副さんそんなことを言ったの?」洋ちゃんが難しい顔で訊いた。

「うん、ちょっと悲しい顔をしてた」

「野副さん、もっといっ君と話がしたかったんじゃないの?」

「そんなことないと思うけど?」

「いや、そうだよ、きっとそうだ。野副さん頑張って強がってるんだよ、きっと苦しんでるよ」

洋ちゃんは自信たっぷりに言った。

「そんなぁ、だったらどうしたらいいんだよ」

「いっ君、男だろう?今から追いかけて行って、話を聞いてあげなよ」

「だ、だって・・・」

「熊先生だって、きっとそう言うよ」

「そ、そうかなぁ?」

「うん、間違いない!『人には親切にせんばいかん』って、いつも言ってるじゃないか」

「じ、じゃあ、ちょっと行ってみようかな?」

「急がなくちゃ、野副さん家に着いちゃうよ!」

「分かった!」

いっ君は、黒いランドセルの蓋を靡かせて全力で駆け出した。


                   6


晶が徐々に近づいて来て顔がはっきり見えるようになった時、航は爆竹の導火線に火を付けた。

シューっと白煙が上がり、煙に気づいた晶が立ち止まってこっちを見た。晶の顔が凍りついた。

航は急に立ち上がると晶に向かって思い切り爆竹を投げた。

晶はキャッ!と言って、耳を塞いでしゃがみ込む。途端に晶の足元で爆竹が破裂した。

航は次々と爆竹を投げ、その度に晶の周りで爆発が起きた。

晶は手で顔を覆って、とうとう泣き出してしまった。


                    7


いっ君は、学校の裏門を出ると文房具屋さんの前を通り、坂道を下ってバス通りに出た。

通りを渡ると向こう側は分譲地が疎らに点在する新興住宅街だ。晶は転校の挨拶の時、そこに越して来たと言っていた。

その手前に、まだ伐採されていない竹林が残っており、それを突っ切って細い道が通っていた。小学校へ通う子供達は大抵この近道を通る。住宅街への正式な入り口は、まだずっと北に下った所にあったからだ。

いっ君は、左右を見て道路を渡った。先生に見られたらどやされる所だが、いまはそんなことに構ってはいられない。目の前の、竹林に続く小道に足を踏み入れた時、近くで爆竹の破裂する音が聞こえた。

いっ君は胸騒ぎがして足を早めた。


                    8


「もっと泣け、もっと泣け!今度はお前のランドセルに爆竹を入れてやろうか!」

月光仮面がそう喚きながら晶に近づいて来た。晶は怖くて動く事が出来ない。

「それ、もう一発お見舞いしてやるぞ!」

月光仮面が爆竹を投げようと右手を振り上げた時、何かが犬っころのように月光仮面にぶつかって行った。


航が不意を喰らって尻餅をついた拍子に、手に持った爆竹がそいつの頭のすぐ横に落ちた。

「な、なんだ!こいつ!」

よく見ると、躰の小さな下級生だった。下級生は必死で航の腰にしがみついている。

「ば、馬鹿!離せ!爆竹が破裂する!」言った途端爆竹がパン!と弾けた。

腰にしがみついていた下級生の手が緩んだ、その手が左の耳を押さえている。

「ううん・・・ううん」下級生が呻いていた。

航は怖くなって下級生を押し退けて立ち上がった。

「お前が悪いんだからな!俺は何もしてないぞ!」そう言いながら航は二、三歩後退り一目散に逃げ出した。


いっ君は、左の耳を強く押さえた。耳鳴りがして何も聞こえない。

その後で痛みが来た。

「痛い!痛い!」いっ君は蹲って声を上げた。


晶がようやく立ち上がった時、いっ君が地面に這いつくばっていた。

「いっ君!いっ君!大丈夫!」晶はオロオロするばかりだ。

「痛い!痛いよぅ!」いっ君は叫び続けていた。






分譲地の方から歩いて来た人が、いっ君の声を聞き付けて駆けて来た。

「どうしたんだ!」

おじさんは持っていた工具箱を下ろして、いっ君に歩み寄った。

「あの、あの、月光仮面が爆竹を・・・」晶は自分が何を口走っているのか分からなかった。

「何、月光仮面?・・・そう言えばさっき擦れ違った子供、月光仮面の面を被っていたが」

「そ、それよりもいっ君が!」

「おお、そうだった。ちょっと見せてみろ」おじさんはいっ君を抱き抱えて耳を見ようとしたが、いっ君が耳から手を離そうとしないので諦めて言った。「耳を怪我したんだな、おじさんが連れてってやるから耳鼻科へ行こう」

おじさんは、いっ君を抱えて歩き出す。晶はその後を、おじさんの工具箱を持ってついて行った。


バス通りを渡り、坂道を登って文房具屋の前まで来た。さっきいっ君が通った道だ。

「もう直ぐだからな」おじさんはそう言って、文房具屋の角を右に曲がる。

すると、直ぐ先に看板が見えて来た。『山下耳鼻咽喉科医院』古臭い一軒家の建物だ。

「おい、玄関を開けろ」おじさんが晶に命じた。

「はい!」晶は重い工具箱を置いて、玄関のドアを開けた。



                    9



「相変わらず、客のいねぇ病院だなぁ」玄関を入るとおじさんが呟いた。スリッパに履き替え待合室に入る。

「ちぇっ、受付までいねぇや」いっ君を、緑のビニール張りのソファーに座らせると、おじさんは奥に向かって叫んだ。「誰かいねぇかい、急患だぁ!」

「は〜い」奥から声がして若い女の人が出て来た。

「あら、源さんどうしたの?また、耳垢が固まったんじゃない?」

「ちげぇよ朋ちゃん、それより先生居るかい?この子を診てやってほしいんだ」

「どうした?」

おじさんがいっ君を指差した時、診察室から白衣を着た男の人がのっそりと現れた。髪を五分に刈り上げたプロレスラーみたいな巨漢だ。

「あっ先生、この子が耳を痛がってるんだ、俺には見せてくれねぇんだよ」

「どうれ・・・」先生はしゃがんでいっ君の表情を見た。

「直ぐ診察室に入れろ!」


診察室は、畳十畳ほどの広さだった。真ん中に散髪屋さんのような黒い椅子が置いてあり、周りに金属の診察道具が整然と並んで居る。

「見せてみろ」先生は、ドーナツ型の反射鏡のついた道具を頭に被り、いっ君に言った。

いっ君は、恐る恐る左手を下ろす。

額の反射鏡を顔の前に下ろすと、先生はいっ君の耳の穴を覗き込んだ。

「こりゃ、鼓膜が破れてるな」

先生は手早く耳の中を消毒してから、綿球とガーゼで蓋をした。

「よし、終わりだ」

「えっ、先生。鼓膜が破れていて治療はそれだけかい?」おじさんが言った。

「ふん、これだから素人は困る。鼓膜の破れは、酷いもので無い限りそのうち塞がる。ただ、雑菌が入らないようにしなけりゃならんがな」

「ふ〜ん、そんなもんかい」

「先生、いっ君治りますか・・・」心配そうな顔で晶が訊いた。

「お嬢ちゃん、大丈夫だよ。痛みは直ぐに収まる。ただ、さっきも言ったように感染には注意が必要だ。この時期だからプールには行かないだろうが、お風呂に入る時はお湯が入らないように気をつけなくちゃならない」

「良かったな、大事にならなくて」おじさんがいっ君と晶に言った。

「ところで源さん、どうしてこんな事になったんだい?」

「さあ、俺にもよくわからねぇ。竹林を歩いてたら爆竹の音がして、そしたら月光仮面の面を被った子供が俺にぶつかるように駆けて来たんだ。痛い痛いって声がしたんで急いで行ってみたら、この子が耳を抑えて倒れていた」

「ふむ」先生は腕を組んで考えていた。「月光仮面が誰だかわかるかな?」

「わかりません」いっ君と晶が同時に答える。

「朋ちゃん」先生が受付の女の人を呼んだ。「二人の電話番号を聞いて親御さんを呼びなさい、それから学校の先生にも連絡するんだ」

「は〜い、先生」朋ちゃんは二人に聞き取りをして、電話を掛けに受付に戻った。


「先生、俺は仕事があるんで後は頼んでいいかい?」

「ああ、良いよ、また連絡する。この前の続きをやらなくっちゃな」

「将棋の話かい?先生ヘボだからなぁ」

「ふん、お前さんの尻尾は見えたよ、その内俺が勝つさ」

「楽しみに待ってるよ。じゃあな」おじさんはみんなに手を挙げて出診察室を出ていった。

いっ君と晶はお礼を言って、深々と頭を下げた。



                    10



一時間後、山下耳鼻咽喉科医院に、いっ君と晶のお母さん、それに百武先生が集まった。

「・・・という訳なんだ。あんたがた、心当たりはないかい?」先生が三人に訊いた。

「宅の娘にそんな事をするなんて。大阪じゃ考えられない事ですわ、だから田舎の学校は・・・」

「そうじゃない、心当たりを訊いているんだ」

「山下先生、うちの学校の生徒にそんな事をする子、いる訳がないじゃないですか。野副さんのお母さん、決してうちの生徒じゃありません」百武先生が必死で言い訳をしている。

「犯人が誰かは別として、これはただの悪戯だとは思えませんが」いっ君の母、歩美が言った。

「そうだ、ちょっとタチが悪いな」

「そう言えば板井君、あなたなぜその場に居合わせたの?あなたのお家反対側でしょう?」

百武先生がいっ君を睨んだ。

「ちょっと待ってください、一郎がいなければそのお嬢さんはもっと大変な目に遭わされていたかも知れないのですよ」

「それは、そうですけれど・・・」百武先生が口籠った。

「そうね、まずお礼を言わなくちゃいけなかったわね。板井君、ありがとう」晶のお母さんがいっ君に言った。案外話のわかる人なのかも知れない。

「い、いえ。僕はただ、野副さんが心配になって・・・」

「どうして?」

「いつも独りぼっちで寂しそうだったから、僕でよければ話し相手になろうかと思って後を追いかけたんです」

「まあ、後を追いかけたの?あれほど言ったのに・・・それって親切ごかしの偽善じゃないの!」百武先生が強い口調で言った。

「偽善って・・・」歩美が百武先生に抗議しようと口を開いた時、山下先生が言った。

「偽善の何が悪い!」

「え?」

「偽善は悪い事じゃない」

「まあ、何を仰るかと思ったら。良い事は誠心誠意心を込めてやるべきでしょうに!」

「それは独善だ。『あなたの為を思ってやってるのよ』なんて言われたら、言われた方は重くて気持ち悪いよ。大迷惑だ」

「そんな!だったら偽善のほうが良いと仰るの?」

「偽善のほうがナンボかマシだと言ってるんだ。悪意のない偽善なら、やる方も気持ちが良くってやられる方も助かる、一石二鳥だ。だが、独善はやる方もやられる方も苦しくなるだけだ」

「そんな道徳はありません!」

「学校で教える道徳なんて、ただのルールじゃないか。だったら守れるように教えてやるべきだ。お年寄りに席も譲らず寝たふりをするより偽善のほうが余程良い。心を込めてやれなんて言われたら、出来ることも出来なくなるだろうよ」

「それは・・・私に対する当てつけですか?」晶のお母さんが口を挟んだ。

「そう思うんなら、あんたにも後ろめたいことがある証拠だな」

「私は今まで全て娘の為を思ってやって来ました。主人も娘の教育は私に一任しています」

「親の愛情は時に子供を死の淵まで追い詰める。子供は親を疑わないし、親は自分が正しいことを疑わないからな。偽善ならそんな心配は無いだろう」

「何故そんなことが言えるんです!」

「俺が・・・娘の事で後悔しているからだよ」

「・・・」

「アメリカのカート・ボネガットという小説家の言葉に、こんなのがある」

「どんな言葉ですの?」晶の母が強い口調で訊いた。

「愛は負けても親切は勝つ!」


結局その日は、百武先生が校長に報告をするという事でお開きになった。

いっ君は、暫くの間山下先生のところに治療に通う。

「先生、本当に後悔しているんですか?」受付の朋ちゃんが訊いた。

「ん、何の事だ?」

「先生の娘さんの事」

「ふん、あいつはそんな玉じゃないよ。俺の言う事なんか最初から一切聞かなかった。家内が死んでからは尚更だ。今頃チリの山奥で天体観測をやってるよ」

「頑固なところは、先生にそっくりですね」

「まあな・・・あ、そうだ、後で源さんに電話をしておいてくれ」

「なんて伝えますか?」

「今日の顛末と、今度こそ俺が勝つ・・・とな」



                     11



「あいつ、どうなっただろう?」

航はその夜、一睡も出来なかった。妄想が妄想を呼び怖くなったのだ。

月光仮面のお面は途中の川に投げ捨てた。爆竹で穴の空いた上着は、わからないように押し入れに隠した。

「きっと、誰にもわかりゃしないさ・・・」そう思って眠ろうとすればするほど目が冴えてくるのだった。

朝方、少しだけウトウトと眠った。母に起こされて洗面所で鏡を見ると目が真っ赤だった。

「お兄ちゃんどうしたの?目が赤いわよ」朝食の時、雅子が訊いて来た。

「うるせえな、何でもないよ」

「そう、ならいいけど・・・」


学校へ行くと緊急の全校集会があり、生徒は全員運動場に集められた。

校長先生から、昨日自分のやった事について詳しい報告があり、男子生徒の耳の鼓膜が破れていたことを知った。妹のクラスを見ると、左の耳にガーゼを貼り付けた奴がいる。航はまともに見る事が出来なかった。

急に気分が悪くなり、航は目を瞑った。頭がぐるぐると回転し、意識が徐々に遠退いていった。


目を覚ますと、航は保健室のベッドに寝かされていた。

「軽い貧血ね。昨日寝てないでしょう?」保健室の先生が言った。

「僕が・・・やりました」

「え?なあに、なんて言ったの?」

「僕がやりました」

「何を?」

「さっき校長先生が言った事」

「え、それ本当?」

「本当です・・・」


それから航は校長室に連れて行かれ、親も呼び出されて厳重に注意を受けた。

幸い、いっ君のお母さんも晶の両親も、事を荒立てる事を望まず、航は教室に戻ることを許された。

「ごめんなさい、お兄ちゃんにあなたの事教えたの私なの」雅子は晶に謝った。

「いっ君も、ごめんなさい。私・・・私」雅子は両手で顔を覆ってシクシク泣き出した。

「もういいよ、それよりも今日学校が終わったら三人で山下先生のとこに行ってみないか?」

「え、でも・・・」

「平気だよ、きっと面白い話がいっぱい聞けると思うよ」

「雅子さん、行きましょう。私、先生の娘さんの話が聞きたいの」

「私も行っていいの?」

「もちろんよ、愛は負けても親切は勝つのよ」

「何、それ?」

「私にもよくわからないわ。でも、何と無く納得出来るじゃない」

「ふ〜ん、じゃあ行ってみようかな」

「放課後、裏門の所で待ち合わせよ」晶はニッコリと雅子に笑って見せた。



                   12



「俺は、美咲を医者にしたかったんだ」

いっ君のガーゼを取り替えてから、山下先生は徐に語り出した。

「将来食うに困らぬ職に就かせるのが、親の務めだと思ったんだ。その考えは今でもそう間違っているとは思わない。近頃流行りの親のように、子供に『自由にやりなさい、好きなことをやりなさい』っていうのはちょっと違うと思うんだ。自由な事、好きなことをやるにはそれ相当の覚悟と実行力がいる。全ての子供にそれがある訳ではないからな。糸の切れた風船みたいに、ただふらふらと生きていくのが自由なら、いずれは風に流されて、吹き溜まりでしぼんでいくしかないじゃないか。

しかし美咲は俺の勧めを断固として拒んだ。顔を見るたびに衝突していたよ、家内は美咲の味方だったから俺は家庭内で孤立した。

だから、俺は最後に一つだけ言ったんだ。勉強をしろ、と。ただ、闇雲に言った訳じゃないぞ、いまの日本の教育制度じゃ自分の本当にやりたい学問がやれるのは大学院からだ。それまでは勉強というのはただただ嫌で苦しいもんだ、と。これだけは、美咲も妻も納得してくれた。

今、世間では夢や希望を持つ事は絶対的に良いこととされている。マスコミも甘い言葉で夢や希望を持つ事を奨励するから親もそのまんまを子どもに言っちまう。だが、それでは将来子供が夢と現実のギャップに悩むだけだ。夢と希望の区別さえ付いていないんだからな。

ん、夢と希望の違いか?そりゃな、夢は叶わぬもの、希望は叶えるものだ。

親は最低限これくらいの事は子どもに教えるべきだ。子供はちゃんと知っている、親の言う事を聞いていても、親を超えられない事を。だって、大抵の親が希望を叶えられてないんだからな。自分ができなかった事を、子供を使って叶えようとするのは、親のエゴに他ならない。愛や絆というものは大切だけど、同時に人を縛るものだという事も知っておかなければ百害あって一利なしだ。仏教では愛は欲だと言い切っているくらいだからな。

美咲は今、自分の希望を叶えようとしている。母親が死んだことはショックだったには違いないが、それはそれ、これはこれだ。そういや美咲が言ってたな、人の役に立たない事が一番面白いんだって。美咲は強い人間になった、もう俺は何も言う事はない。

後は、子供の邪魔にならないように、自分の始末は自分でつけるだけだ。

これは俺の人生だからな。孤独だって悪かぁない、自分の尊厳を守るためには孤独に限る。

どうせ人は一人で死んでいくのだからな。

おっと、子供にここまでいう事は無かったか。今のは俺の失言だ、忘れてくれ。

なに?俺が娘の事で後悔してるって?そんなこと言ったっけか。

俺が後悔しているとしたら、娘と酒を飲めなかった事くらいだろうな。もしかしたら、奴はもう日本には帰ってこないかもしれない。それはそれで良いのだ、奴の人生なんだから。

悪かったな、こんな話しか出来なくて。今度来た時にはもっと為になる話をしてやろう。

ん、何だって?十分為になったって?ありがとよ、年寄りに気ぃ使ってくれて。

じゃあ、今日は遅いから。また、いつでも遊びにおいで。見ての通りこの医院は閑古鳥が鳴いているから遠慮はしなくて良いぞ。さよなら、気をつけてお帰り・・・」


「先生、源さんが来ましたよ」朋ちゃんが受付から声をかけて来た。

「よ〜し、リベンジだ!朋ちゃん今日はもう閉店だ、玄関に本日終了の札を掛けといてくれ」

山下先生は、白衣を脱いで診療椅子の背もたれに掛けた。そして、源さんの待つ待合室にいそいそと出て行った。



                   13



「ただいま!」

診察室のドアを開けて、美咲は父に声を掛けた。

「み、美咲・・・」

ちょうど、いっ君の診察を終えたところだった山下医師は、目を丸くして驚いた。

「いつ戻った?」

「今よ」

「いや、そうじゃなくって・・・」

「日本に戻ったのは一週間前。それから東京の国立天文台に詰めて、さっき福岡空港に着いたところ」

「あの、先生・・・」

「おぉ、すまんすまん。これがこの間話していた娘の美咲だ」

「あら、珍しいわね。小学生に私の話をするなんて」

「事の成り行きだ」

「一ヶ月ほど厄介になるわ。その後、アメリカに行くから宜しくね」

「アメリカぁ!」

「これからは電波望遠鏡の時代よ、日本もいずれ参入する事になるわ。そのためのプロジェクトに参加しないかって誘われたの」

「ふ〜ん」

「あ、君、ごめんね。治療の邪魔しちゃった?」

「い、いえ、もう終わりましたから」

「彼は、同級生の女の子を救うために名誉の負傷をしたんだ」

「まあ、素敵な王子様だこと」

「いえ、違います。そんなんじゃありません!」

「いいのよ、謙遜しなくても。ウチの親父と大違いだわ」

「ふん、言ってろ!」

「じゃ、またね!」美咲はいっ君に手を振った。「さて、お母さんに挨拶して来なくっちゃ」

美咲の背中を見送ってから、山下はいっ君を振り返った。「な、言ったとおりだろ。気の強い娘だ」



                      14



「板井一郎く〜ん」

受付の朋ちゃんがいっ君を呼んだ。

三日に一度の診察日だ、今日で三度目になる。

いっ君は診療椅子に座ってじっとしている。山下がいっ君の左から耳を覗き込んだ。

「よし、順調だ」山下は顔の前の反射鏡を額に上げた。

「また、三日後だな」新しいガーゼをいっ君の耳に固定しながら山下が言った。

「あのぅ、先生・・・」

「何だ」

「お姉さんとは、お酒飲めたの?」

「お姉さん?ああ、美咲の事か。いや、まだだ。奴は毎日大学に入り浸ってる」

「大学の先生なの?」

「いや、卒業して研究者になった。お世話になった教授の所にお礼奉公に行っている。律儀な事だ」

「アメリカに行っちゃうんでしょう?」

「そのようだな。やりたい事があるんだろうが・・・」

「また、寂しくなっちゃうね」

「そうだな。まぁ仕方ないさ、奴の人生だ」

「お姉さんは幸せなのかなぁ?」

「まあ、幸せだろうよ。自分のやりたい事ができる人間はそう多くは無い」

「そうなんだ・・・」

「君は何がやりたいんだ?」

「う〜ん、まだ分かんない。でも、ずっと虫が見ていられたらいいな」

「虫が好きか?」

「だ〜いすき!」

「そうか、なら勉強を嫌いになるな。別に好きにならなくていい、だが嫌いにはなるな。嫌いになったら将来後悔するぞ」

「後悔?」

「後悔するような人生だけは歩むなよ」

「う〜ん、よくわからないけど覚えておきます」

「そうしろ。じゃ、三日後にな」

山下はいっ君の頭を軽く撫でた。






                   15



三日後、いっ君が待合室で待っていると玄関のドアが開いて美咲が入ってきた。

「あら、美咲お嬢さん、今日はお早いお帰りですね?」受付の椅子に座っていた朋ちゃんが言った。

「そうなの、教授が学会出張でやる事ないから帰って来ちゃった。D3の学生も付いて行っちゃったし」

「そうだったんですか」

「あら、君はこの前の・・・」

「こんにちは、板井一郎です」

「こんにちは。どう、耳の具合は?」

「はい、もう大分良いです。音も聞こえるし」

「そう、良かったわ」

美咲はいっ君の横に座った。「親父に聞いたわよ。上級生に向かって行ったんだって?」

「無我夢中でした、躰が勝手に動いたんです」

「えらいわねぇ、それでこそ男の子よ」

「弱かもんば守ってこそ男たいって、いつも熊先生が言ってる」

「だぁれ、その熊先生って?」

「僕の武術の先生です」

「あら、君武術やってるんだ。それじゃ強いはずだね」

「ちっとも強く無いです」

「でも、武術やってるんでしょ?」

「熊先生、あんまり武術を教えてくれない」

「じゃあ、何やってるの?」

「木登りや虫捕り、それと魚釣とか」

「へ〜!」

「武術ん稽古はいつでん出来る。子供んうちはもっと他にやる事がある、って」

「変わった先生ね」

「でも、僕、大好きです!」

「ごめんごめん、変な意味じゃ無いのよ。良い先生だわ」

「この前は、オサムシの捕り方を教えてくれたよ。もうすぐ虫達は土の中に潜ってしまうから、捕るなら今のうちだって」

「ふ〜ん、虫が好きなの?」

「だ〜いすき!」

「どの虫が一番好き?」

「蟻」

「アリ?」

「何時間見ていても飽きない。この前は熊先生が『そろそろ帰らんと、お母さんが心配する』って教えてくれた」

「へ〜、あなた研究者向きね」

「お姉さんも研究者なんでしょ?」

「そんな良いもんじゃ無いわよ、ただの観測屋」

「観測屋?」

「望遠鏡で観測して処理したデータや画像を天文学者に渡すのよ。後は学者の仕事」

「それで何がわかるの?」

「惑星や太陽の成り立ちね。宇宙がいつ出来たかとか、あ、ブラックホールも発見できるかも」

「知ってる、ブラックホールってなんでも吸い込む真っ黒い穴なんでしょう?」

「そうとは限らないわ。光も出てこられないから観測出来ないだけ。中はとっても明るいかも知れないんだ」

「そうなんだ・・・」

「でも、これからは電波望遠鏡を使ってブラックホールを発見できる可能性がある」

「その為にアメリカに行くんだね?」

「そう、ワクワクするわ」

「僕もコスタリカに行きたいんだ」

「コスタリカって、中央アメリカね。珍しいアリがいるの?」

「蟻もだけど、プラチナコガネムシが見たい。図鑑で見たんだけど、金色や銀色に光ってとっても綺麗なんだ」

「わかるわ、その気持ち。いい、いつまでもその気持ちを忘れちゃダメよ・・・」

「板井一郎く〜ん」受付から声がした。

「は〜い。じゃあ、お姉さん僕呼ばれたから行くね。また、星の話を聞かせてください」

「うん、約束」

いっ君は美咲に手を振って診察室へ入って行った。



                    16



「じゃあ先生、今日はお先に失礼します。お疲れ様でしたぁ!」

受付の朋ちゃんがピンクのコートを羽織りながら言った。

「ああ、お疲れ。本日終了の札、掛け忘れないようにな」

「は〜い」

朋ちゃんが出て行くと、山下は階段を上って二階へ向かった。

廊下の突き当たりが美咲の部屋だ。左手で軽くノックをした。

「どうぞ」すぐに返事があった。

山下はドアを開け顔だけ部屋に突っ込んだ。「ちょっと付き合わんか?」

「どこに?」

「晩飯だ、焼き鳥でも食いに行こう」

「そうね、お腹も空いちゃったし・・・いいわ、でもあと三十分待って、論文きりのいいところまで仕上げて行くから」

「わかった、下で待ってるぞ」


三十分後、美咲がアウトドア用のパーカーを羽織って降りてきた。

「もっとおしゃれなコートは持たんのか?」

「観測所は山の上にあるのよ、そんなコート着る場所ないじゃん」

「まぁ、それもそうなんだが・・・」

「それに、焼き鳥なんでしょ?臭いが移るじゃない」

「そうだな・・・」

診療所の玄関に鍵を掛けると、歩いて十分程の処にある『木鶏』という焼き鳥屋へ入った。

「何にする?」奥の小上がりの座敷に座を占めると、山下が訊いた。

「そうね、取り敢えずビール」

「うん。大将、生二つ、それから枝豆と馬刺しも頼む!」

寡黙な店の主人が軽く頷いた。

「串は何にする?」

「父さんに任せるわ、私、嫌いなもの無いから」

「う〜ん、そうだな。鶏皮にレバー、砂ズリに豚バラを10本づつ頼もう」

「そんなに食べきれないわよ」

「な〜に、余ったら持って帰ればいい、明日の朝飯のおかずになる。あと、スズメを二本追加しよう」

ビールが来ると、二人は軽くジョッキを合わせた。山下は軽い緊張で喉が渇いていたので、一気に飲み干し二杯目を注文した。

「大丈夫?」

「大丈夫さ・・・初めてだな、二人で飲むのは」

「そうだっけ?」

「ああ、お前が出て行ったのは大学に入ってすぐだ。母さんが死んでからはあまり家に寄り付かなくなったからな」

「忙しかったからね」

「そうだな、そうだよな・・・ところで、いまお前のやっている仕事は何だ?」

「この前も言ったけど、電波望遠鏡のプロジェクトなの」

「ふ〜ん、今までの望遠鏡とどう違うんだ?」

「簡単に言うと、今までの光学望遠鏡じゃ限度があるの。物質は光を出しているけど宇宙の塵の向こうは観測するのが難しいし、冷たい物質は光を出さないわ。でも、どんな物質も電磁波は出してるし塵の影響も受けない。それを観測することができれば、私達の躰を作っている物質がどこから来たかわかるし宇宙の成り立ちもわかる。人はどこから来てどこへ行くのか、と言う永遠の命題も解けるかもしれない」

「壮大な計画だな。だが、それを知って何になるんだ?」

「さあ、何になるんだろう?」

「なんだ、わからないのか?」

「そうね、敢えて言えばただ知りたいだけ・・・かな?」

「その為に、お前の人生を賭ける意味は?」

「人生なんて元々意味なんか無いでしょう?意味は後から他人がつけるのよ、宇宙を観てるとつくづくそう思うわ」

「そうか、それがわかっていれば俺はもう何も言う事は無い」

「ごめんなさい、生意気な事を言いました」

「構わねえよ。さ、飲め、今夜はとことん付き合ってもらうぞ」

「お父さんが潰れても、私、おぶって帰れないからね」

「なにを生意気な。俺がおぶって帰ってやるさ」

「ふふ、それもいいかも・・・」


冷たい夜風が頬に心地よく当たっている。

ブラブラと診療所に帰る道すがら、思い出したように美咲が口を開いた。

「ところでお父さん、あの王子様のことなんだけど・・・」

「ん?ああ、いっ君のことか?」

「私と同じ匂いがすると思わない?」

「するなぁ」

「あの才能を潰したく無いわぁ」

「あのお母さんなら大丈夫だ、一度会っただけだだからハッキリとは言えないが、賢い人だよ。それに熊さんとか言う武術の先生がいるそうじゃないか、会った事は無いがな」

「変わった先生らしいわよ。でも、あの子の口ぶりじゃ信頼できる人みたいね」

「そのようだな」

「お父さんも応援してあげてね」

「珍しいな、お前がそんなに肩入れするなんて」

「だって、多分これからの日本には、ああいう子が必要なんだと思う」

「よし、俺に任せろ。俺に出来ることなら何でもする!」

「良かった、これで安心してアメリカに行ける」

「だが必ず帰って来い、いっ君の成長を見届けるのもお前の役目だぞ」

「ありゃ、藪蛇だったかしら?」

「ふはははははは・・・!」

帰ったらもう少し、この余った焼き鳥で呑み直そう、と山下は思った。




誘拐


                         1                       



仕事帰り、洒落た建物の前のバス停で、織姫はいつも自分の姿を見ていた。

『鷺山バレエスタジオ』の出窓の中で、一人でバーレッスンをやっている引っ詰め髪の少女は、あの時の自分だ。

この日本が将来どうなって行くのか想像もつかないが、いま現在このような習い事ができる彼女は、間違いなく裕福な家庭のお嬢様である。

彼女に教えてあげたい衝動に駆られる。

『そんなに頑張らなくても良いのよ、努力は尊いけれど、人と競うことに意味は無いのよ』と。

窓の中の少女が織姫を見た。織姫は軽く微笑んで窓際を離れた。

余計なお世話なのだ、あの子はもうそんな事はとっくに知っているのかも知れない。

彼女は私では無いのだ。

いつも、そんなことを考えているとバスが来る。その日も、いつものようにバスを待っていた。


猛スピードで走って来た黒い車が、織姫の前で急停車した。

助手席から降りて来た男に、運転席の男が短く言った。

「上手くやれ!」


助手席の男がスタジオのドアを開けた途端、少女が血相を変えて飛び出して来た。

レオタードにコートを羽織っただけに違いない、白いタイツが寒々しい。

「どこの病院ですか!」

「今から連れて行ってあげるから早く車に乗りなさい!」

助手席から降りた男が後部座席のドアを開けた。

「待ちなさい!」少女が乗り込む寸前に織姫が止めた。

「その子を、どこに連れて行くの!」

「あんた誰だ!」

男を無視して織姫が少女に訊いた。

「あなた、その人たちを知っているの?」

「邪魔をしないで、病院から電話があったの母が交通事故で重体なんです!」

「だから、あんた誰だって訊いてるんだ!」男が織姫の前に立って怒鳴った。

「何をぐずぐずしている!早く乗せろ!」運転席の男が叫んだ。

「煩いわね、あんた達どう見たって怪しいわよ!」

「こ、この子の母親が大怪我をしているんだ。早く行かなきゃ死ぬかも知れないんだぞ!」

「い、いやぁ!」少女が動転して叫んだ。

「なら、私も行く!」

「何を言っているんだ、お前は・・・」

「やましいことがなければいいじゃない、それとも私が怖いの!」

織姫は男と睨み合った。野次馬が集まり始めている。

「チッ、覚えてろ!」

慌てて男が助手席に乗り込むと、運転席の男が車を急発進させた。

黒い車は、あっという間に見えなくなってしまった。


スタジオに戻って晶から事情を訊いていると、母親が慌ててやって来た。

「晶、何があったの!言いなさい!」

「スタジオに病院から電話があったの。鷺山先生が慌てて私に取り次いでくれたわ」

「わ、私、こんなことになるとは思わなくって・・・」鷺山が両手で顔を覆って泣き出した。

「迎えを寄越したからすぐに来なさいってドクターが・・・」

「自分で医者だって言ったの?」織姫が訊いた。

「はい」

「晶はそこで信じたのね、あれほど知らない人について行っちゃいけないって言ったのに!」

「だって、お母さんが・・・」

「だってじゃ無い、もしこの方がいなかったら今頃どうなっていたか!」

「お母さん、私はたまたま居合わせただけです。それよりもお嬢さんは本当にお母さんのことが心配だったんじゃ無いでしょうか?」織姫は、少女の母親の態度に、無性に腹が立った。

「ああ、これは失礼しました、まだお礼も言っておりませんでしたわね。私、晶の母の野副貴子と申します。娘が危ない所を、本当に有難うございました。でも、この子の不注意は咎められるべきですわ。で無いと、また同じような目に遭ってしまう」

「それはそうかも知れませんが・・・」

「助けていただいた事には感謝をいたします。でも、私の教育方針に口を挟むのはご遠慮下さい」少女の母は、毅然とした態度でそう言った。

織姫は、それ以上何も言えなかった。晶の母親が自分の母親とダブって見えた。

「このお礼は改めてさせて頂きます」警察の事情聴取の後、貴子が言った。

「いえ、お礼なんて必要ありません。それよりも晶さんを責めないでくださいね」

「心に留めておきましょう」

「小さな子供にとって、お母さんは何よりも大切なものですから」

「わかっております・・・では、御機嫌よう」

晶は、母親に連れられて帰って行った。

「あの子可哀想・・・」



                          2




数日後の仕事帰り。織姫がバス停に向かっていると、貴子がスタジオ前に立っていた。

「出窓から、あなたの姿が見えたものですから」そう言って貴子は頭を下げた。

「先日は大変有難うございました」

「いいえ、大したことはしておりません、それよりも晶ちゃん大丈夫でした?」

「大丈夫です、しかし念の為今日から私が付き添うことにしました」

「それは良かった・・あの、レッスンを見学してもよろしいでしょうか?いえ、私も昔バレエを習っていたものですから」

「どうぞ」

貴子は織姫を建物の中へと誘った。

二人はスタジオの隅に置いてある椅子に座って暫くレッスンの様子を眺めていた。

前を向いたまま貴子が言った。

「あなたは子供に『どうして人を殺しちゃいけないの?』と聞かれて、ちゃんと答えることができますか?」

「えっ?」

「子供は、知識と経験不足のただの馬鹿な人間なのです。『純粋な心を持った子供』とはただの幻想に過ぎません。『どうして人を殺しちゃいけないの?』と言う問いには『ならぬものはならぬのです、そんなことは大人になってから考えなさい!』と答えるべきです」

貴子は織姫の方に向き直った。

「晶は躰の弱い子でした、私は晶にはバレエが必要だと判断したのです。宝塚に入れと言ったのも目標を持たせる為でした。自分でものを考えられるようになったら、バレエを続けるかどうかは晶が決めれば良い事です」

「それでは・・・」

「晶は自由です、しかし、その自由を手に入れるには不自由を知らなければならないのです」

「・・・」

「ごめんなさい、余計な事を言いました、気にしないでね」

織姫は、晶のレッスンを見ながら、複雑な思いに囚われていた。


「お姉さん、この前はどうも有難うございました」晶がやって来てペコリと頭を下げた。

「いいえ、どういたしまして。どう、レッスンは楽しい?」

「う〜ん、楽しいかどうかは微妙なところです。でも、今まで出来なかったことが出来るようになるのは楽しいです」

「そう」

「そうだ、お姉さん、今度家に遊びに来てくれませんか?ね、お母さん、いいでしょ?」

「そうね、改めてお礼もしたいし」

「いえ、そんなご心配はいりません」

「いえ、是非おいでください、心ばかりですがお食事を用意してお待ちしておりますわ」

織姫に断る理由は見つからなかった。

「では、お言葉に甘えてお邪魔させて頂きます」

「良かった、楽しみにしています!」晶が目を輝かせて言った。

「またご連絡いたしますわ、都合の良い日を教えてくださいね」

「はい、よろしくお願いいたします」


晶は優雅にお辞儀をして、レッスンに戻って行った。


                           3


次の週の日曜日、織姫は晶の家のリビングに居た。

古い造りの洋館だが、手入れが行き届いており侘びた印象はない。

テラスの外に見える庭には薔薇園が広がっていた。

「薔薇はどなたが?」

「前の持ち主です」食後のコーヒーを飲みながら晶の父野副健吾が答えた。「私はこの薔薇園が気に入ってここを購入しました。平日はほとんど午前様なので休日は終日薔薇に掛り切りです、薔薇は私の唯一の趣味なのですよ」

健吾は若々しい表情をした、壮年の紳士だった。織姫の予想は裏切られた。

「主人は世に言う企業戦士などではありません。もっと崇高な目的の為に働いているのです。ですから家庭の事は全て私が切り盛りしています。晶には少し厳しすぎるかもしれませんけれど・・・」

「晶に寂しい思いをさせている事は分かっています、しかし、そうしなければ私の精神が持ちません、晶には申し訳ないのですが・・・」健吾が貴子の話を引き取った。

「お父さん、私は寂しくなんかありません。日曜日に一緒に夕飯を食べる事が出来ればそれで十分よ」晶は気丈にそう言った。

「今回の事について何か心当たりはありませんか?」織姫は先日の事件について訊いてみた。

「私が本社からこちらに派遣された理由は、大規模なリストラを断行する為です」

「リストラ?」

「はい、私は多くの社員の首を切らなければなりません。私を恨む者は一人や二人ではすまないのです」

「なぜリストラを?」

「詳しくは申せませんが、ある一部の幹部達は成長と肥満を取り違えているのです。ただ組織を拡大する事が成長だと思っている。企業の目的は利益ではありません、社会のために何が出来るかを考え実行しその結果として利益を享受すべきなのです。目先の利益の為に安易な方法を取る者達を、私は涙を飲んでリストラします。本当の成長というものは、不要なものを捨てた時に起こるものなのですから。ただ・・・」

「ただ、何ですか?」

「その煽りを食ってリストラされる現場の者達は気の毒だと思っていますが・・・」

「主人は自分の身を斬られるより辛いのだと思います。しかし、自分の損得よりも何をすべきかを優先する主人を、私は心から尊敬しております。それは晶も同じなのだと思います」

晶が無言で頷いた。

「私は何か考え違いをしていたようです、状況が似ているからといって感じていることは同じではないのですね」織姫は自分の思い違いを恥じた。

「同じものを見ていても感じ方が同じとは限りませんからね」そう言って健吾は笑った。


晶の家を辞したのは夜の十時を少し回った頃だった。

玄関前のロータリーを左に下った所に造成地があり、その一角だけがやけに暗い。

公衆電話ボックスの切れかけた蛍光灯だけが瞬いている。

織姫は資材置き場の人影に気がついた。影が蠢くのが見えた。

「待て、なぜお前がここにいる?」

黒い影が三つ、のっそりと出て来た。二人の顔に見覚えがある。黒塗りの車に乗っていた男だ。

助手席に乗っていた男が、織姫の前に立った。

「まだ諦めてなかったのね」

「俺たちの恨みはそんな浅いものではない」

「だからと言って幼い女の子を攫って良いわけ!」

「野副は俺たちの職を奪った、俺たちの家族は路頭に迷ったんだ!」

「だったら、復讐なんか考える前に新しい職を探したらどうなの。あなた達が犯罪者になったらそれこそ家族はどうなるのよ!」

「煩い!野副にリストラをやめさせなければ、俺たちみたいな不幸な人間が増えるだけだ。それが叶えば俺達は自首する!」

後ろに立っていた二人が織姫の背後に回った。

「手始めにお前を排除する」

一人がいきなり織姫に抱きついて口を塞ごうとした。運転していた奴だ。

織姫は身を沈めて、後ろも見もせずに肘を突き出した。

息を止めて男が蹲ると、慌てて正面の男が飛びかかって来た。女と思って侮っていたに違いない。

織姫の右脚が真上に跳ね上がって、男の顎を砕いた。



「何者だ、お前」初対面の男は腰を低く落し、両手を前に出して構えた。

前の二人は素人だったがこの男は違う、格闘技の心得がある。

構えから推して密着系に違いない。捕まったら危ない、距離をとって戦わなくちゃ。


織姫は右足を引き右拳を胸前に構えた。男が前に出た、織姫は反射的に前脚の膝を上げる。

「おっと!」男は一歩引き退った。「その蹴りの威力は、さっき見せて貰ったからな」

男が反時計回りに移動し始めた。織姫は摺足でその前を塞ぐように動く。

織姫の足が止まった瞬間、男が後ろ足で地を蹴って猛烈なタックルを掛けてきた。

織姫は男の下がった頭に両手を着き、男を飛び越え背後に降り立つ。

男は振り向きざま右手で織姫の肩を掴みに来た。その腕の下を掻い潜り織姫は再び男の背後に立った。

「ちょこまかとすばしこい奴だ!」男は反転して織姫の右袖を掴んだ。「今度は逃がさん!」

織姫は取られた右袖を後方に引き上げるようにしながら、左の拳を男の顔面に叩き込んだ。

男の顔が歪んで、鼻血が吹き出した。

次の瞬間、織姫は男の腕を巻き込んで手首を返した。

男は顔を顰めたまま地面に突っ伏し、歯を食いしばる。

「大人しくしないと、この手首を折るわよ!」

「す、好きにしろ、お前に俺たちの気持ちは分かるまい!」

「分からないわよ!分からないから・・・迷ってるんじゃない」


「お姉ぇさぁん!」坂の上から晶の声が聞こえた。

「来ちゃダメ!」

織姫の力が緩んだ瞬間、男が織姫の右足を取って肩に担ぎ上げたまま立ち上がる。

抵抗する間も無く地面に叩きつけられ、息が止まった。

「織田さぁん!」健吾の声が聞こえる。

「野副!」男の動きが止まった。

健吾が坂道を駆け下りて来た。

「お前は・・・」

「久し振りだな、野副」

「辻岡っ!」

辻岡と呼ばれた男が、健吾の前に立った。

「同期で入社して以来、俺とお前はライバルだった」

「それがどうしてこんなことをする!」

「お前が定永部長をクビにしたからだ」

「定永さんは不正な取引をしたのだ」

「そんな奴は他にもいる」

「だからと言って定永さんを見逃すわけには行かなかった」

「会社の為を思ってやった事だ」

「それが結果的に会社の信用を落としたのではなかったか?」

「・・・」

「辻岡!」倒れていた男達が立ち上がった。「逃げるぞ!」

「野副、俺を警察に売るか?売っても構わんぞ」辻岡が不敵に笑った。

「辻岡っ!行くぞ!」

三人の男が坂を下って駆け去った。


「織田さん、大丈夫ですか?」健吾が織姫を助け起こした。

「大丈夫です・・・」泥を払いながら織姫が立ち上がった。

「お姉さん、血が出てる・・・」

肘を見ると、うっすらと血が滲んでいた。

「かすり傷よ」

「家にお戻りになって、傷の手当てをします」声を聞いて駆けつけて来た貴子が言った。「あなた、警察を呼びましょうか?」

「その必要はない、奴は二度と私の前には現われんよ」



貴子に傷の手当てを受けながら、織姫は健吾に訊いた。

「なぜあの男達の事を警察に知らせないのですか?」

「辻岡は真っ直ぐな男です。真っ直ぐ過ぎて融通が利かんのですが・・・」

「でも、やった事は間違った事です」

「奴は正しいと信じてやったのです。奴には奴の正義がある、もちろんこちらにもこちらの正義はある。奴の正義はこちらには悪、こちらの正義は奴にとっては悪そのものなのですよ」

「どちらだ正しいとは言えないという事ですか?」

「今の日本の社会では、我々が正義でしょう。でも、他所の国では立場が逆転する事もある。だからと言ってどちらかの正義に偏るとどうなるか?きっと、上手くは行かないでしょうね。何故なら、世の中というのは善と悪が複雑に絡み合って回っているからです」

「悪も必要だと?」

「悪の定義が問題なのですよ。結局善も悪も主観なのです、誰の目で見たかで変わる。その伝でいけば、どちらも正しくどちらも間違っている。はっきりと色分けする事など出来ないのです」

「あなたはこれからどうなさるおつもりですか?」

「自分の信じる事をやるしか無いでしょう」

「でも、それでは・・・」

「悩んでも迷っても、行動する時には二つに一つ、どちらかに決めなくてはなりません。

私は相手の正義も十二分に考慮しつつリストラを断行するつもりです」

もう、織姫には何も言う事は出来なかった。

今夜は止まって行きなさい、と言う健吾の言葉に、織姫は従うことにした。晶が強く望んだからである。


「私の部屋で一緒に寝ましょ。ね、いいでしょ、お母さん」

「そうね、では晶の部屋にお布団を運びましょう」


二階の晶の部屋には大きな出窓があり、庭の薔薇園が真下に見える。

「本当に綺麗なお庭」織姫はカーテンを開けてウットリと庭を眺めた。

「お父さんが丹精込めて育てているから」

晶はベッドに座ってこちらを見ている。

「そうだ、晶ちゃん、さっきはどうしてあそこに来たの?」

「私、どうしてもお姉さんに聞きたい事があったんです」

「聞きたい事?」

「お姉さん、バレエは好きだった?」

「改めて考えた事も無かったけど・・・そうね、好きだったんじゃないかな」

「なぜやめちゃったの?」

「う〜ん、他に好きな事が出来たからかな」

「ぶじゅつの事?」

「え?」

「さっきのあれ、『けんぽう』って言うんでしょ?」

「そう、よく知っているわね」

「私のお友達にもやってる子がいるの、ぶじゅつ。私、この前その子に助けられちゃった」

「凄いじゃない、カッコいい子なのね?」

「ううん、すごくカッコ悪かった。でも、そこがすごくカッコ良かったの」

「分からないわねぇ?」

「そうなの、私にも分からないの、なんであんな冴えない子を好きになっちゃったのかな、って?」

「好きなの?ああ、でもなんだか分かる気もするわ。私の気になる人もてんで冴えないもの」

「お姉さんも?ねえ、それどんな人?」

「売れない小説家なんだけど・・・」って、なんで私こんな小さい子に告白しているんだろう。

「ね、その話もっと聞かせてくれない?」

小さくても女なのだ、恋話には興味があるらしい。

「ダメよ」

「なんで?」

「ダメなものはダメなのよ、そんなことはもうちょっと大人になってから考えなさい」

「ちぇっ、つまんないの」

「さ、もう寝ましょ。私明日は仕事なんだから、ちゃんと寝とかなくちゃ化粧のノリが悪くなるわ」恋話なんかしてたら朝になってしまう、と織姫は思った。

「は〜い、でも私が大きくなったら話してくれますか?」

「良いわよ、その時はいっぱい恋のお話をしましょうね」


母の夢を見た。夢の中の母は、織姫に優しく微笑みかけていた。


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