女王の苦難
「あーもう! 何なのよあの国!」
私は送りつけられてきた書簡を机に叩きつけると、送り返されてきた書簡と混ざって宙に舞った。
「ノエ、怒っても仕方ないぞ?」
「黙って下さいお兄様!」
長椅子に腰掛けてお茶をすすっているお兄様を睨み付けると、お兄様は肩をすくめた、分かってる、怒っても事態は動かないし解決もしない。それはよーく分かってるんだけど。
「『貴国は悪しきドラゴンを神聖視する俗物国である、我が国は貴国の提案および交渉は受け付けない』か、ノエが怒るのも分かる、俺だってこんなに馬鹿にされたのは初めてだよ」
「何が俗物国よ!? 内乱で勝利したからって調子に乗ってんじゃないの?!」
「だが、世間一般にドラゴンは『悪』『恐ろしい』というのが常識、否定はできんな」
ゲンシュお兄様が座りながらひらひらと舞い降りてきた書簡を手に取りながら苦い顔をしていた。冷静な顔してるお兄様だけど内心ははらわたが煮えくりかえっていそうね......
「だが、叔母上をその部類に分類するというのはいささか......いや、めちゃくちゃ腹立たしい」
持っていた書簡をグシャっと握りつぶして眉間に皺を寄せるお兄様、久々に見たわね、お兄様の怒った表情。
「どうするのお兄様? 戦争でもする?」
「馬鹿言え、内乱で傷ついているとはいえ兵力は向こうが上だ、いや、今じゃ軍事国家並か? 市民まで剣を手に取っていると俺も部下から報告を受けた」
「あぁ......お兄様の変な部隊?」
「変とは失礼な、あの子達は叔母上の教練を受けた身だぞ? そこら辺の手練れよりは強い......だが、妙な報告も流れて来ている」
「妙?」
腕を組んで執務室の天井をジーッと眺めるお兄様、数秒天井を眺めた後に私の方に視線だけを向けてきた。
「魔王崇拝派が動いているらしい」
「それって、『魔王が神で世界は魔王に統治されるべきだ』とか言ってる多種族組織?」
「ソレだ、今回のエメル公国での内乱、火種は王が強いた圧政、一件平和そうに見えたあの国は重税、奴隷推進、国民の不満は溜まる一方、殺し、奪い、奪われ、殺し、そんな負の温床の上に外面だけは獣人と他族の共存をアピールしていた、前王は良識人だったと聞く......あぁ今は前々王か」
お兄様はゆっくりと立ち上がって皺になった書簡に目を向ける、高級紙と金を惜しみなく使った装飾が縁取られた紙、たかが紙にいくら使ってるんだろう? まぁ、うちの国は裕福です-ってアピールするにはそういうのが大切なんだよね。
でも、内乱の後にしては大した混乱も無く統治されてるとか? お兄様情報だから信憑性に欠けるけどね。
「前々王が死去されてからあの国はおかしくなったとお父様から聞いた事がある」
「死去って、寿命を迎えられたのかしら?」
「率直に言えば暗殺だな。公式には服毒死と発表はされているが」
お兄様がグシャっとまた紙を握りつぶすと、今度は両手で丸めてゴミ箱に投げ入れた。
「兎にも角にも、出来たての国がウチに喧嘩を売りに来てる、魔王崇拝派が動いている、そして―――」
「......」
はぁっと大きな溜息を吐いたお兄様。
「お前と一戦交えたキツネ族の女の子、その子を引き渡せという謎の要求と来た、正直訳が分からん」
「はぁ、お兄様にも分からないとなれば、スミカ様に助力を願うしかないわ」
「叔母上に? 確かにそれが一番手っ取り早いし叔母上ならこの問題を解決できるかもしれんが......」
「失礼は承知よ、ついさっき私の騎士達を向かわせたし」
「何?! まだ夜中だぞ!? 一番の稼ぎ時に私兵を向かわせるのは『規定』違反だぞ?!」
冷や汗をダラダラ流すお兄様を私は睨み付けた。
「その、『規定』を破って、自分の近衛を完全重武装させてでスミカ様の所に行ったのは、何処の誰だったかしらね?」
「ぐぅ......」
悔しそうに拳を握るお兄様を見て、私はニヤッと笑った。
勝ったわ。
「それに今回はお兄様みたいな私的な行動じゃないわ、国の存亡に関わる事よ? スミカ様だって分かって下さるわ」
ふと時計を見ると夜の十時を少し回っていた。あら? 騎士長を向かわせたのは二時間くらい前だったかしら? 遅いわね......?
私が疑問に思った時、執務室のドア少し荒くノックされた。
「誰だ?」
お兄様が扉に向かって問いかける。
「近衛騎士所属の者です! 至急連絡せよと騎士長から仰せつかりました!」
「何? 入れ」
ドアを開けて入ってきたのは確かに私の私兵、近衛騎士の黒い甲冑を身につけた人物だった。厳しい訓練をしている屈強な兵士であるハズなのに、その騎士の呼吸は激しく乱れており、肩が上下しているのがわかる。
「し、失礼します!」
「落ち着いて? どうかしたのかしら?」
「は、はい! す、スミカ様が! 龍熱でお倒れになられました!」
「......っえ?」
「!? なん......だと?!」
私は掛けていた眼鏡がずり落ちるのを肌で感じた、お兄様は開いた口が塞がらないのか、大きな口を開けたまま、滝のような汗をかいていた。
最悪の展開だわ......




