トッド村
「そっちはどうだ!?」
「此方もおなじです!」
「遺体には絶対に触れるなよ! 勿論体液にもだ!」
「了解しました!」
口元に白い布を巻いた兵士が目の前を通り過ぎて行く、私も口元に白い布を巻いている。まさか非常時で使う『滅菌』の魔法が掛けられた布を使うことになるとはな。
「痛い出費だが持っていて良かったな......」
私が布越しに発した言葉に隣に居た兵長が私の方に顔を向けた。
「常備はしていますが滅多には使わない代物ですからね。一枚アインス金貨六枚もしますから」
「だが伝染病で兵が数百人死ぬか金貨数百枚が消えるか、兵の命は金より重い、失えば失うほど国は傾く」
「そうですね、念のため兵士達の靴や甲冑も熱湯で洗いましょう」
「兵達にも帰ったら風呂に入るように伝えろ、もし具合が悪い者がいる場合はあの人を呼ばねばならん」
「そうします。では私も行って参りますサマック軍務卿」
「ああ」
兵長は一礼して村に入っていった。トッド村、暮らしていた人々は約三百人、その村人全員がゾル病に犯され全滅していた。話によると、死体の外見、飛び散った体液の具合を見る限りだと死後五日だという、スミカ様が『死者の祭壇』に向かわれた日が五日前、あの人が病に倒れるのは考えられないから大丈夫だとは思うが念のため今現在、連れてきた兵士約二百人で村を調べさせている。
上に立つ者はただ見ているだけで良いとよく言うが、それは私には合わないので私も村に入ろうとした時にそれに気づいた兵士が私を止めた。
「お待ち下さいサマック軍務卿! これより先は汚染されております。貴方に何かあっては取り返しが―――」
「わかってはいるが私の性格は皆知っているだろう? 自分自身の目で見て確かめないと気が済まないのだ」
「ですが......」
「大丈夫だ、家屋には入らん」
「わかりました、くれぐれもお気を付けよ」
「ああ、君も早く仕事に戻りたまえ」
「はっ!」
元気よく返事をした若い兵士が駆けていった。兵が元気なのは良いことだ。私は頷きながら村の中央にある広場に向けて歩みを向けた。時々泣き崩れている兵士の姿をちらほら見かける、この村の出身の兵の様だ。そしてある一件の崩れた家屋のところで一人の兵士が暴れており、数人の兵に止められていた。
「離せ! 離してくれ! あの下にはシナが居るんだ!」
「やめろハス! 瓦礫の下には生きている者は誰も居ない!」
「生きてる! 絶対に生きてる! シナ! シナァアアア!」
「いい加減にしろハス!」
私はその騒ぎを見て近づいて未だに暴れ続けている若者を押さえつけている兵達より少し引いた位置に居た兵の肩を叩いた。
「ッ!? サマック軍務卿?! 何故ここに?」
「私は自分で見て、聴いたものしか信じない性格なのだよ。それで? あの若い兵はどうしたのだ?」
「え? あーハスの事ですね......ひどい話ですよ。今月に結婚するはずだった恋人が居たそうです」
「なんと......」
「五日前にこの村に帰る予定だったんですよあいつ、でも緊急の夜警が入りましてね、帰れなかったらしいんです。幸か不幸か、ハスは助かりましたけどあいつは親族、そして恋人も失いました」
「......そうか」
私がそう小さく言うとハスと呼ばれていた若者が私に気付き、さっきよりも強い力で兵士達を振りほどき私の前に崩れるように両膝と両手を地面に着けて頭を下げた。
「何のつもりだ?」
「サマック軍務卿殿! お願いがございます!」
「願いだと?」
「はい! サマック軍務卿殿は背中に羽が生えた女性と知り合いと聴きました。そしてその女性が奇跡のような魔法を使えると聴きました! どうか、どうかお願いします! その女性にシナの蘇生を―――」
「......貴様、もう一度言ってみろ」
「ッツ!?」
私は頭に血が上るのを感じていた。気がつけばハスの襟を掴んでいた。
「確かに私はあのお人、スミカ様の知人だ。あの人が奇跡のような魔法が使えることも知っている、この機会だから教えてやる。死者を蘇生させる魔法など存在しない! 一度死んだ者を蘇らせる? ふざけるな! あのお人がどれだけの年月を生きているかわかるか?! どれだけ死を見て来たかわかるのか?! 確かに貴様は肉親を亡くし、恋人を亡くした。気持ちは痛いほど分かる、私だって両親を亡くしているからな」
「えっ......」
「私だって願ったさ、だがそれは死者を弄び、冒涜するだけだ。良いか若者、生きている者が死者に対して出来ることは弔うことだ、今は泣け、泣き続けろ、そしていつしか笑って恋人だった者の話が出来ると......私は願っているぞ」
「っく......は、はい」
ハスは顔を伏せ嗚咽を漏らしながら泣き出した。私はハスの襟から手を離すと周りの兵に視線を巡らすと数人が泣いているハスを慰めながら立たせ村の外に向けて歩き出した。それを見送ると同時に息を切らした兵士が走ってきた。
「伝令-! 『死者の祭壇』前に黒い渦を確認ー! 動ける者は直ちに武器を携行しー! 現地に集合せよ-!」
大声を出しながら走り去っていくのを見て私は『死者の祭壇』に向けて走り出した。




