36泊目
薄暗い階段を俺達は降りていくと、少しだけ灯りが見え始めたと思った瞬間、視界には青白く輝人の頭より大く、透き通った結晶の塊が岩の壁から数個が顔を出しておりそれ以外の壁にも握り拳ほどの『純魔結晶』がいくつも見えた。
「す、すごい......!」
「すっげぇー!」
「......綺麗」
「ここでいいわ、おろしてちょうだいスミカ」
「分かった」
スミカ殿がディーネを下ろす、するとディーネは軽快な足取りで『純魔結晶』の生えている壁に近づいて品定めでもするように見回していた。
「んー......召喚で使うなら三百年か五百年物、勇者召喚とか言ってたから......これかしらね? よいしょっと!」
人の頭ほどある結晶を両手で持ち、かけ声と一緒に壁から軽々と引き抜いた。先の尖った六角形の長細い結晶だった。
「スミカ、このまま持ってく?」
「流石に大きいねー、どうしようかな、流石にこのままだとカルロスさん達が国に帰る前に山賊とかに襲われそうだし......圧縮しちゃう」
「そうね、その方が安全ね」
確かにあんな青白く光っていて人の頭ほどのある『純魔結晶』を持って帰路につくなど全身に金貨を貼り付けて歩いて居るようなものだ。というか圧縮?
ディーネが手に持っていた結晶をスミカ殿に手渡す、するとスミカ殿が結晶のを両手で持ったその瞬間、結晶を両手を合わせる動作で潰した。
「え! ちょっとなにしてんすか! スミカの姉さん!」
「ちょっと大きすぎるので圧縮しました。こちらをどうぞ」
「え?」
スミカ殿が差し出した右手には人差し指の第二関節ほどの大きさのさっきよりさらに青白く輝く結晶が握られていた。
「結晶と言いますけど要はマナの塊です凝縮とか圧縮系の錬金術が使えれば簡単にできますよ。はい、カルロスさん」
「あ、ああ。確かにもらい受けた」
俺はスミカ殿から圧縮された結晶を受け取っり無くさないように小さな革袋に入れて懐にしまった。これを国に帰り、王宮に届ければ任務完了だ。それを見ていたスミカ殿が小さく笑っていたのを後からケインズに聴いた。
「よーし終わったー、では帰りますか皆さん」
「あ、帰るならこれをあの子に渡してちょうだい」
スミカ殿が背伸びをしながら言っているとディーネがドレスのポケットから一つの便箋を取り出した。それをスミカ殿が受け取った。
「サテラにだね、わかった」
「お願いね? 取り合えず外に出ましょうか『送還』」
「ッツ!?」
「うお?!」
「......」
スミカ殿も使っていたが聞いた事も無い言葉の呪文を唱えたディーネを中心としていきなり視界が歪み暗転したかと思うと俺達三人とディーネ、スミカ殿が外に立っていた。するとサーシャがいきなり四つん這いになった、少し顔が青いな?
「......うっぷ」
「あーサーシャはこれ苦手だもんね」
「......気持ち悪い」
「え! 言ってくれれば別のものにしたのに! 大丈夫?」
ぎょっとしたディーネがサーシャに近づき背中をさすっていた。
「今のは転移魔法か?」
「少し違い違いますけど殆ど同じだと思いますよ? じゃ、行くね。ディーネ」
「ええ、サテラにもよろしくって言っておいて」
「わかったって」
「ディーネ殿も来れば良いのでは?」
「そうっすよ! 一緒に来ませんか?」
俺とケインズがそう言うと少し驚いた顔のディーネがふわっと笑った。
「ふふふ、そうですね。いつか私も」
「『ゲート』」
スミカ殿が呪文を唱えると俺達の後ろに黒い渦が現れた、転移魔法の一つ『ゲート』か、間近で見ると結構怖いものだな。
「......いく」
「おわ?!」
サーシャが『ゲート』を珍しげに覗き込んでいたケインズを蹴飛ばすとケインズが黒い渦に吸い込まれていった。その後を追うようにサーシャも渦に飛び込む。
「では、ディーネ殿。世話になった」
「世話って、何もしてないですよ?」
「純魔結晶に魔王と言う物を身近で見られた、私にとってはその体験、知識が何よりの土産だ。召喚された勇者の世話は代々騎士団長が勤めるからな」
「あらまあ! 貴方、騎士団長だったのね? と言う事はあの少し野生が滲み出てるのが副団長かしら?」
「え、ええ。残念なことに」
「ふふ、では騎士団長様。またお目にかかれる事を祈っておりますね?」
ディーネがドレスのスカートを摘まんで少し上げて会釈してきたので俺は踵を揃え、兜を左腕の脇に挟み、顎を引いて背筋を伸ばし左胸に右手のひらを相手に向けて軽く頭を下げた。聖王国式の礼だ。
それを見て、スミカ殿とディーネが同時に微笑んだ。それを見ながら俺は渦に飛び込むとまた視界が暗転した。
三人がゲートに飛び込んだのを確認して私はディーネに向き直った。綺麗な金髪がそよ風を受けてさらさらと波打っていた。
「早く行った方がいいんじゃない?」
「うん、寂しくない?」
「あら? 心配してくれるの?」
クスクスと笑うディーネ、その横顔はどこか悲しそうだった。
「大丈夫よ、魔王因子は殆ど消えたから。後は私次第かな」
「その時は」
「ええ、その時は」
私はディーネの両手を軽く握った。
「奴等を倒す」
「うん、でも一緒よ? その時は一緒にやりましょう」
「わかってるよ、じゃ行くね」
「いってらっしゃい」
「いってきます」
泣きそうになっているディーネを見て胸がチクりと痛んだ。でも止まるわけにはいかない、私......僕にはやることがある。ゲートに飛び込んだ。
―――――
スミカがゲートに飛び込むと、黒い渦が霧のように消えた。あーあ、行っちゃった。
「次は何年後かしらねー......起きてるんでしょ?」
私は手を後ろで組んでくるりとその場で一周回ると白いドレスがふわりと広がった。
『ククク、バレていたか』
頭に響くもう一人の私の声。
「知ってるもーん、寝てたんじゃないの? 嘘つきだね」
『お前に言われたくない、それにしても何やつだ? 我を引きずり出したのは』
「私は気づいたときにはスミカに殴られてたよ?」
『我が目覚めたときには人間らしき生き物がいたぞ? 殺し損ねたが』
「まーいっか、お腹空いた」
『血はいらんぞ?』
「そうだね、果物あったかなー?」
『クスの実が食べ頃じゃないか?』
「あー、それにしよう。甘酸っぱいのが良いんだよねー」
『それにしてくれ』
私は暖かい日差しの中を一歩一歩ゆっくり歩いて屋敷に向かって歩みを進めた。




