第2話 田舎者二人、上陸
船が大陸の南端に着いたのは、予定より一日早い六日目の夕暮れだった。
荷物を港に降ろし、宿にたどり着く頃にはとっぷりと夜が更けていた。同行した数人の従者たちが大体のことはやってくれたので、二人は安心してベッドにダイブした。マーラは近くの馬小屋にお泊りしている。何頭かいたが、白い馬はマーラだけだった。
一行が泊まる宿は海に面した表通りにあり、五階だてで海を眺望できるテラスがある。観光客で賑わう名所だけども、今は戦争の影響からか軍人やその関係者が多い。途中、避難のために街を出て行く人もそれなりに見かけた。
二人の部屋は二階の端で、ベッドが無造作に置かれただけの簡素な部屋だった。しかしながら大陸に無事つけたこと、すでにクタクタなこともあり、二人は何も言わずに、以下同文。
「やった、大陸に着いた」
この六日間、二人は果てしない海と海中の魚と空と海鳥と潮風だけに囲まれていた。星は綺麗だったけど島でも飽きるほど見たから目新しくない。普段馬で島の大地を駆け巡っているビーチェからすれば、とても辛い日々だった。ちなみにエミラは基本寝ていた。
「明日すぐに王都に向かうべきだと思ってたけど、雨が降るみたい」
近くの売店で買った新聞の天気予報によると、明日はここら一帯が雨らしい。しかも、長雨になるかもしれないらしく、ここに長く留まる必要があるかもしれない。
「そうね。まだ時間はあるし、焦らなくても良さそう」
「あんまりマーラを酷使しないで済むといいけど」
ここアローアンから王都パルバタンまでは馬で三日から四日はかかる。女二人を乗せたマーラなら、恐らく五日もあればつく。
「まあ、何日もぶっ通しで走ったってマーラは平気な子だけど…あんたがダウンしそうね」
ビーチェ一人なら三日もあれば十分だが、いかんせんエミラがいる。エミラは自他共に認める運動音痴で体力もなく、馬だって一人では満足に乗りこなせない。
「私の体力のなさ、ビーチェは知ってるでしょ?それに、ここも近く戦場になるかも」
「…そうね。アグレアの軍勢が最近になって盛り返して来てるって聞いてたけど、結構すごいみたいね」
エミラは頭の中の勢力図を広げていく。大陸は楕円に近い形をしていて、楕円の中央には大きな湖がある。よって移動のためには湖の上か下のどちらかを通らなければならない。湖には昔は大きな橋がかかっていたが、開戦時に崩落した。
ランバラルドは世界地図で言うと、ずっと下にある。世界の果ての島と呼ばれるのも、ランバラルドより先に島がないから。東西どちらよりかと言えば西寄りにあり、地図でも左側にある。だから真っ直ぐ北上するとアローアンに着く。
「『東には、神の声を聞く巫女がいる』『西には、世界を統べる神の子がいる』…これを聞く限りだと神の子のほうが強そうな気がするけど」
東のアグレアは正式名称を神聖アグレア・ヴァーレ帝国といい、皇帝が頂きに立つ。現在の皇帝は同時に巫女でもあり、神の意志のままに指揮をとるとされる。
西のジントラダは正式名称をジントラダ王国といい、王が頂きに立つ。現在の王は神の子であるとされ、神の名の下に戦っている。
もともと、この大陸は東はアグレアが、西はジントラダが元締めのような存在だった。今回の戦争は、アグレアとジントラダの戦争に諸国がメンツや存亡をかけて参加しているもので、アグレアとジントラダの二国間の対立に諸国が巻き込まれている形になる。中立なんて言おうものなら次の日にはその国は地図から消えている。だから、皆戦争に参加せざるを得ない。
神の意志と神の子なら、確かに後者の方が威力はあるような気がする。しかし、戦争はそんな簡単なものでもない。
ビーチェはすでに戦局がどうこうという予想を立てることは放棄しているので、すべてエミラに一任という名目でぶん投げている。
「それを調べるのはあんたの仕事。でも、巫女姫って基本戦場には出て来ないんでしょ?それほどの求心力はどこから来てるんだか」
開戦した一年前から、どちらの陣営が勝つか、また、終戦時の被害はいかほどかを、エミラはその都度予測してきた。
開戦直後は東側が優勢だと言われていたが、それから半月も経たずに湖を囲む国、つまり大陸の中心にある国リーストが西側陣営に加わることを宣言し、西側の軍勢が東側へとなだれ込んだ。西側が交通の要所たる上下の道を掌握したため、一気に形勢が逆転した。
エミラは当初から、この戦争の長期化を予見していた。西側が一気に東側を攻略し尽くすと予想されていた中、エミラは東側が兵を味方陣地に温存している可能性を指摘していたのだ。案の定、勢いのままに突進した為、東側の地形を把握し切れていなかった西側の連合軍は度重なる敗走を喫し、勢力図は一ヶ月で元の形に戻った。この時点で西側は随分と兵を消耗した。
東側優勢へと再び傾くかと思われたが、そうはならなかった。半年以上、不気味な休戦状態が続いた。西側にとっては態勢を立て直すのに十分な時間だったと言えるが、東側にとっては敵に塩を送るようなもの。しかし、エミラはこの不気味な休戦状態は、東側にとってとても重要な意味を持つと考えていた。
休戦状態の解除は、東側の大連隊によるリーストの首都ボローワへの急襲がきっかけだった。ボローワを制圧した東側は、そのまま西側へと進軍し、一気に勢力を拡大させて行った。西側が東側へと進軍した時と違い、順調に進めたのは地理地形を東側が把握し切っていたから。エミラは半年の休戦状態が、このためのものだと予測していたのだ。
「あんた、よく分かったわよね。現地にいるわけでもないのに」
ベッドに寝転がったまま、ビーチェはそこそこ感心した顔で隣のベッドのエミラを見た。
対するエミラはどうでも良さそうで、でも少し嬉しそうな顔をしている。エミラは少々意地っ張りな性格なのだ。
枕に顎を乗せ、当時のことを振り返る。
「そりゃ、それを予測するのが私の仕事だし。一応、ゴマ粒の島の頭脳なんで」
「なんで分かったの?地理地形を把握するため、なんて」
特別授業で、ビーチェもどちらが勝つかの予想は立てたりしたのだが、いつもエミラに鼻で笑われていた。悔しいが、エミラの立てた予測の的中率は百発百中で、こればかりは敵わない。
「開戦直後に来た西側の陣営の人、覚えてる?」
「ああ、えっと、西の参謀ペルトーカね」
開戦から間も無く、東西両方の陣営から使者が来た。東はアグレアの神官が、西は連合軍の参謀がそれぞれやって来た。
「そう、ペルトーカって人が言ってたの。東側の敵兵の荷物の中に、西側の地図は全然無かったって」
ペルトーカはそのことに首を捻っていた。これから敵地へ行くとは思えないからだ。頭に地形を叩き込んでいたとしても、なんらかの地図は持つはず。部隊長を捕らえて取り調べをしても、そもそも地形を把握していないと答えたという。
「初めて聞いた時は、準備ができなかったのかと思ったんだけど…必要ないから持ってないんじゃないかって思ったの。半月経って優勢になった西側の先頭部隊は結構奥の方まで行った。この辺は新聞の記事とかのが詳しいだろうけど、そこで尽く待ち伏せしていた東側の部隊にやられてる。西側は勢いだけで進んで、結果進み過ぎてしまった。だから東側の罠にまんまとはまった」
「最初っからおびき寄せて叩くのが目的だったと?」
西側の優勢は、東側のお膳立てによるものだった。そうなると、そのために死んだ東側の兵が哀れに思えてくる。
戦争を動かすのはお上で、動かされるのは名もなき兵たち。いつの世もそれは変わらない。
「そう。奥まで入りすぎると、戻るのにも時間はかかる。態勢を立て直すべく西側は撤退するとなると、東側には時間が生まれる。その猶予時間が長ければ長いほど、東側はより細かい、地図にすら乗ってないような道や河川を把握できる。西側が疲弊している時に伏兵を派遣しておけば、停戦が終わる頃には西側のそういう情報は全部東に流れる。運が良いことに西側は随分と消耗してたから、時間はたっぷり取れた。全部東側の思惑通りだろうって、思ったわけ」
「なるほどねえ…あたし、てっきり東側がこのまま行くんじゃないかって思ってた」
「でも、西側だってそこまで馬鹿じゃない。あのペルトーカって人、その辺はちゃんと考えてる。どんなに地理地形を把握出来たとしても、地の利は西側にある。だから東西入り乱れて泥沼化する流れになるって決まってた」
でも、とエミラは思う。東はまだ何かを隠している気がする。そして、それが戦局を左右する一因になるのではないかと、勘繰ってしまう。何より、東側の動きには不審な点が多い。
突拍子もなく特定の村や集落を狙ったり、西側の陣営の集合している地点に奇襲をかけたり。単なる戦争に勝つという目的だけでなく、何か重要な目的が、東にはある気がする。
「もう一年だもんね、で、ここアローアンも近々戦火に包まれると」
窓の外には、いかつい顔の兵隊たち。長閑な風景とは言えない。
「東側がアローアンを押さえたら、ランバラルドは東側のものになるかもしれない。多分、東側がここを突ついてくるのはもう少し先だけど」
ただ、東側の行動は読めないところが多い。戦略的な予測を立てても、その通りにはならないかもしれない。つまり、いつ、このアローアンが襲撃されるかは見通しが立たない。
「でもまあ、その前にここを出ないとね。生きてパルバタンに行かなきゃだし」
ビーチェが死んだら、西側はランバラルドを制圧しに来るだろう。船で逃げるにも時間がかかるし、数が限られている。ちっぽけな島の未来は、男勝りな王女と協調性のない小娘にかかっている。
「雨が止んだら、すぐに出よう。王都までの道は、どこを行くつもりなの?」
「ひとまず、公道は使えないでしょ?あたしを見てどこぞの姫だと思うやつはいないだろうけど、女二人が旅をしてるなんて目立つに決まってる」
遠目から見れば、ビーチェは少年に見えるだろうが、近くで見れば少女だとばれる。ここまで一緒に来てくれた従者たちは、またすぐにランバラルドへ戻ることになっている。従者たちは男三人に女一人で、皆島でやるべきことがあるため一緒には来ない。となると、女二人なんて、目立たないわけがない。
ビーチェは弓が得意だが、剣だって扱える。ビーチェは強い。訓練された兵士に負けないくらい。でも、エミラは弱い。だから、エミラを守らなければならない。
エミラを守りながらだと、ビーチェに負担がかかる。でも、公道は使えない。
「地図で確認したけど、この先すぐのアザン山道を使うと近道になる。もしかしたら西側の部隊がいるかもだけど、敵じゃないんだしなんとかなるでしょ」
アザン山はアローアンのすぐ北にある山で、ここの山道はあまり使われることがない。道幅が狭く、進みづらいのだ。
しかし、アザン山道は悪路だけど、背に腹はかえられない。道が入り組んでいるから、東側だってここを攻めるのは躊躇うはず。
「なんとか、ね。そうなると護衛付きで王都まで行けるかもしれないし…でも早くつきすぎるのも問題か」
期限は次の満月。その前に王都に入ったとしても、迎えの者はいない。
でも、ビーチェは笑う。
「路銀はそこそこ貰ってるし、なんとかなると思う。王都観光なんて楽しそうじゃないの」
ど田舎の島からやってきた二人が、王都になんて行ったら迷子になるしぼったくられるに決まっている。エミラは歩くのがそんなに好きではない。よって観光なんてしたくない。
「田舎者よろしくお上りさんになれって?」
かと言って、別にビーチェだって物見遊山がしたいわけじゃあ、ない。必要があるから言っている。
人質として王都に行くということは、これから王都で過ごすということ。ならば、住む前にある程度のことを把握しておいた方が良い。
「だって、あたしたち都会の人の中でこれから生活すんのよ。分かってるでしょ、あたしたちが住む場所」
「王都、柱の城…」
王都パルバタンの中心、柱の城。幾つもの柱が乱立していることからその名で呼ばれる、神の子のお膝元。
「そこではあたしだってこんなカッコはできないし、所作だって。なら、その予習をしといても、バチは当たらないでしょ」
ビーチェは分かっている。田舎者で男勝りだけど、自分は王女。本来ならこんな格好ではなく、その身にふさわしい衣装を着る必要がある。所作だって、それにふさわしいものでなければいけない。
「まあ、そうだけど」
「ごきげんよう、とか言わなきゃいけないのよ?今から寒気がする」
「ビーチェ、似合わないことはするものじゃない」
エミラは結構真剣に言った。ビーチェはこめかみに青筋を立てたけど、自分でも分かっているから怒れない。
「うっさいわね、分かってるわよ。でも、しなきゃいけなくなるの、これからは」
ビーチェは女の子らしいことが苦手で、本当ならやりたくなんてない。でも、近いうち、やらなければならない。
「ごきげんよう、か」
これからそんな女の子らしいビーチェを見るのがちょっと、信じられない。でも、エミラだってそれらしいことをしないといけないのは同じ。
眠る前に、しおらしく振る舞うビーチェを想像して、エミラは薄ら寒くなった。
○◎○◎○◎○◎○◎
次の日、大雨が降って二人は部屋でおとなしくすることになった。
何度か従者たちが部屋にやってきて、これからのことを話した。雨が止んだら、従者たちは島に帰る。これからは、二人きり。
「いっそあんたをお姫様ってことにして、あたしはその護衛ってことにするのどう?」
朝食の際、ビーチェは良案とばかりに言った。
「えー…」
朝食はパンとお茶と卵を焼いたもの。それだけ。パンが柔らかいので、二人にはなんの不満もない。
もしその案を飲むとなると、ビーチェがえらく危険になる。けど、エミラが護衛というのも確かに無理がある。
「あんたのが細くてそれっぽく見えるでしょ、事実あたしがあんたを守るんだし」
「うーん、まあ、いいけど…私、囮」
「囮くらいしかできないでしょ、あんたなら」
ビーチェなら、いざとなればエミラを担いで走ることだってできる。でも、エミラには無理だ。
「そうだけどさ」
「荷物の中にひらひらした服あるから、それっぽくしといて」
エミラだってそんな女の子らしいわけではない。島にいた時、いつも着ていた服は地味で華やかさのかけらもないものばかりだった。
二人とも、女の子らしさとは離れた場所にいる。生物学上女ではあっても、年頃の女の子らしさは微塵もない。片や馬上での狩りが得意で、獲物を難なく捌ける男勝りな少女、片や寝食も忘れて本に夢中になる本の虫な少女。
でもこれから行く場所にいる同年代の子達は、皆ひらひらした服に身を包み、物腰柔らかで重いものなんて持てませんって顔をしている。
「予行練習になるかもね」
「どんな練習なのさ、それ」
気は進まないけど、でも、エミラにできることはそれくらいしかない。
朝食を食べ進めていると、外で物音が聞こえてきた。人の、争っている声。
「…なんか、窓の外が騒がしい」
ビーチェが、思い出したように声をあげる。
「さっき、子供がパンを盗んだんだって。たまたま警察がいたからすぐ捕まったけど」
この雨の日に?
窓の外を見てみると、確かに通りには人だかりができていて、その中心で警察官が子供を取り押さえている。子供は薄汚いなりで、食う物欲しさに盗み出したように見える。
「この雨の日に、わざわざ」
「この辺って、浮浪者多いんだってね。だからああいう子供がいたっておかしくないんじゃない?」
丸裸のパンを後生大事に抱きかかえる少年と、その少年を捕まえた警察官。そして出来た人だかり。
嫌な予感がする。理由はない、これは直感。
「ビーチェ、今すぐベッドの下に隠れて」
「なんで?」
「いいから!」
ビーチェは不審な顔をしつつもベッド下に潜り込んだ。エミラがこういうことを言う時は決まって意味があると知っているから。
二人がベッド下に隠れたその直後、雨音をかき消す、大きな爆発音が聞こえた。
「な、何?!」
二人がさっきまでいた場所は衝撃で窓が割れてガラスが散っていた。ベッド下まで粉塵が舞い込み、視界がたいへん悪い。
「ビーチェ、急いでホテルを出よう。雨とかそんな問題じゃない。もう、ここは戦場になる」
ベッドから這い出ると、エミラは蒼白の顔でビーチェの手を引っ張った。エミラはかばんだけひっつかんで、ビーチェは矢筒と弓を持って部屋を出た。従者たちのことが気になるが、残念ながら手は回らない。
廊下を走り、階段を飛ぶように駆け下りる。足の速さはビーチェの方がずっと上だから、最終的にはビーチェがエミラの手を引いて走っている。
「さっきの子供と警察官は?!」
「たぶん、自爆テロ。あのパンは、爆弾か何かだった」
「子供になんてことさせんのよ!」
二人は表の入り口ではなく、避難用の裏口から外に出た。マーラのいる馬小屋へと、ひた走る。
馬小屋は今しがた爆発のあった通りとは逆の方向にある。逃げ惑う人の流れに沿っていくと、十字路にぶつかった。もう秩序はない。悲鳴と怒声とでしっちゃかめっちゃかで、とにかく街から出ようと皆、真っ直ぐ前へ行こうともがいている。昨日、逃げておけば良かったのに、とエミラは思った。けれど、この様子だと、昨日逃げ出した人もどうなっているか分からない。
踏み潰される老人、他者を押しのけて先へ行こうとする若者、泣いている子供、空に祈る女性。
そして、爆発音。
二人は人の流れから離れて横道にそれた。この先に、マーラはいる。
ガラス片、赤黒い水溜り、鉄錆のにおい、雨。
雨のおかげでそこまで燃えることは無いだろう。雨脚は強い。でも、その分音が響かない。何が起きているか、分からない。
横道をまっすぐ進むと、馬小屋が見えてきた。
「マーラ!」
白い毛のマーラは逃げ出すことなく小屋の中にいた。昨日見た他の馬は一頭もいない。
「エミラ、この雨でアザン山道を行くのは無謀よね」
瞬時に脳内で他の道を探すが、何もヒットしなかった。
「でも、他の道はたぶん…」
きっと公道には敵の軍勢。道は一つしかない。
「あたしにつかまって、振り落とされないで」
凛とした横顔に、エミラは黙って頷いた。
遠くから、また爆発音が聞こえる。人の悲鳴も。
時間はない。
二人はマーラにまたがると、そのままアローアンを抜け出した。
途中、昨日アローアンのあちこちで見たものとは違う軍服の行進を見た。
東の兵隊は、公道の上、列を乱さず騒乱に落ちたアローアンへと消えていく。
その様子を、エミラはじっと見ていた。
東側が、アローアンを奪いにやってきた。ランバラルドが、危ないかもしれない。
でも、エミラ達はパルバタンへ行かなければならない。二人にできることは、それだけ。
「スピード上げるわよ。口閉じてて!」
エミラは、マーラの、甲高いいななきをどこか遠くに聞いていた。
雨が降っている。でも、爆弾のテロ。さっきの子供がパンを後生大事に抱きかかえていたのが、火薬が濡れないためだったなら。
「戦争って、くだらない」
ビーチェの腰にしがみついて、エミラはこれからのことを考えた。東の動きが見えない。一刻も早くパルバタンへ行かないと、本当に死んでしまう。
東の目的は何なのだろう。あんな子供にあんなことをさせて、何がしたい?
戦争に勝つためだけではない。何かを、絶対に隠している。ではその何かは、一体。
アグレアの目的を知らなければ。でなければ、なんの予測も立てられない。俯瞰するように戦局を見ることはもうできない。エミラ達は、大陸の上にいる。
その日、二人と一頭はアザン山道へと入った。




