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逃走

 小さな倉庫から始まったまたたび総合商社も

何回かの移転を経て壮健な社屋を所有するにいたった。

彼の書斎でもある社長室には名画の複製品とか牡鹿の剥製とか

わかりやすい象徴が架けられている。


事業拡大は順調でどの部門も売り上げを伸ばしている。

とりわけ好調なのが妹の属する臓器移植支援部門なのであり

いまやまたたび総合商社の基幹部署となりつつある。

他の企業は倫理的批判を恐れて

またたび総合商社の躍進を指を咥えて見ているしかない。

彼としてはライバル不在のうちに

この部門を拡大しない手はなく

その為には八方手を尽くさなければならない。

彼は仕事に真面目なのである。

ただその遣り口が過激なだけなのだ。

彼は真面目なので結果を残した妹を褒めることにした。


「ヒィヒィ、ハッハ、お前はおもしろいな。

 親父の珈琲くさい内臓をえぐり出すには飽き足らず

 息子を留置所にぶち込み一等地の喫茶店まで掻っ攫ってくるとはな。

 俺としてはひとまずはらわたさえ調達できればそれで良かったのだが…

 お前の辣腕には恐れ入ったぞ。

 ヤクザでもここまでひどいことはしない。

 まさしく玄人はだしというわけだ。

 ハッハッハ」


妹は不機嫌そうに眉間に皺を寄せた。


「何が言いたいんです」


「褒めているのだ、お前の悪虐をな。

 いたずらに人の意図を勘繰るのは無作法だぞ」


「元はと言えばあなたの所為でしょう!」


「謙遜するな俺は指示を出したにすぎん。

 一家を潰したのは紛れもなくお前の本性だ」


「あなたと一緒にしないで!」


「そうだ俺とは違う。

 俺は社員を食わせているが

 お前は他人を食い物にする。

 恐ろしい女だ」


妹の顔がみるみるうちに紅潮していった。

彼が吹き出したので

妹は怒りにまかせて机と叩いた。

グラスの水が驚いて跳ねた。


「そんな事を言うために呼びつけたの!?」


「俺はお前を褒めていると言っただろう

 あばずれめ」


彼は抽斗ひきだしから

いくらかの札束を取り出し机に置いた。

妹は帯封おびふうを目で数えた。

1、2、3、4、5…

束は五つある。


「ボーナスだ、500万円ある。

 自由に使え」


喜ぶよりも疑惑が先立った。

妹は500万の言外の要求を警戒して

札束には触らなかった。


「呆れた奴だここまで人を訝しむとは

くれてやると言っているのだから受け取れ」


彼は大きめの紙袋に札束を放り込み

投げて寄こした。

妹は腑に落ちないものがあったが

大金が手に入り嬉しさがこみ上げてきたのも事実なので

表情を消して平静さを取り繕うことにした。


「話はこれだけでは無いんでしょう」


「察しが良いな、本題はこれからだ」


彼は葉巻を取り出し先端を切ると

マッチの火で燻した。


「臓器移植部門の評判は上々だ。

 老人をはじめ生きたがりの死にぞこ無いの

 需要をがっちりと掴んだ。

 自分さえ助かるなら他人の命など知ったことではないという

 人間の出来た御仁の注文が引きも切らないのだ。

 ならば事業規模を拡大し、より多くの顧客の要請に応えるのが

 商社のならいというもの。

 それに当たってうちが取り扱っていない最後の臓器、血液に進出する。

 五臓六腑に気をとられ、人体の肝心要には手付かずだった。

 だからそこに手を広げるのだ」


「でも血は、献血があるから参入の余地なんて」


「無いなら作れば良い。

 血液の金銭的価値が献血制度によって歪められているのが問題なのだ。

 これは民業圧迫にほかならない、だから潰す」


「どうやって」


彼は葉巻の煙を口で揉み、吐いた。


「俺は議員になる」


「えええ!」


「驚くことでもあるまい。

 ルールが邪魔なら、ルールを変える力を手に入れる

 それだけのことだ」

 

「私にその手伝いをしろと?」


「その通りだ」


「選挙のことなんてわからない」


「安心しろ、お前がやるのはいつもの臓器回収だ。

 ただ今回の顧客がちと特殊なのだ。

 ある代議士先生からの依頼でな、二人分の臓器を御所望だ。

 それと引き換えに俺は選挙の公認と法案可決の支援を得るというわけ。

 情報部がおあつらえ向きの家庭を見つけてきた。

 この家の夫婦が心中した、事業で失敗したらしい

 馬鹿な奴らだ。

 お前はこの夫婦の内臓を掻っ攫って来れば良い。

 遺族はこのガキ一人だけ、楽勝だろう」


 彼は妹に書類を見せた。

 家族写真が貼ってある。

 両親の間に少女が立ってにっこりと笑っている。

 年は5、6歳くらいであろう。

 この両親はもうこの世の人ではないわけである。

 少女のこれからの人生を思うと不憫になるのだった。


「こんな子供相手に…」


妹は良心が痛んだ。

彼は腹を抱えて笑った。


「フハハハハ、子供相手に店も家族も潰したお前がそれを言うのか」


「くっ…」


「迷う暇があるならさっさと行け。

 他の連中が遺産を掠め取りに来るかもしれないからな」


妹は少女への同情と、同情をする自分自身の都合の良さに

苦しみながら部屋を出た。



 妹は道中である事に気づいた。

この500万円があれば大学に復学出来るのではないか。

高校の退学も取り消せるのではないか。

それが叶わないならそうさせる為の

裁判の費用を捻出できるのではないだろうか。

大逆転が出来るのではないだろうか

妹の胸は弾んだ。


住宅街で何台もの自動車が古びた一軒の家を取り囲むように停まっている。


どうやら先客が来ているらしいと妹は思った。

呼び鈴を押そうと入り口に回ると

門も扉も開きっぱなしであった。

中からは怒号と子供の泣きじゃくる声が聞こえる。

これは何事かと妹は家は入った。

声と悲鳴は居間に近づくにつれて大きくなっていった。

妹が居間に入ると写真で見た少女が何人もの男に取り囲まれていた。

男たちはあらん限りの大音声だいおんじょうで少女を脅かす。


「何してるんですか!」


妹は少女に駆け寄った。


「大丈夫?」


「怖いよぉ…おとおぉさん…おかあさぁん…うっ」


妹は少女を抱きしめた。

なぜか自分を見ているような気分になったからだ。


一人の若い男が妹に応じた。


「督促だよ。この家の夫婦が

 俺たちからたくさん金を借りておきながら

 勝手にくたばりやがった。

 親戚だから貸してやったのに仇で返されたんだ。

 親の借金は当然子供が返さないといけないわけだけど

 このガキは金を持っていないと言いやがる」


「当たり前でしょう!こんな小さな子が」


「何が当たり前なんだオラァ!」


男は妹の胸ぐらを掴んだ。


「こっち3千万貸してるんだよ3千万!

 利息もつけばもっといく。

 こっちは生活かかってんだ、

 ふざけたこと言ってんじゃねえぞ」


「だからって…

 子供には何も出来ないでしょう。

 この家を売るとか、他に手段が」


「こんなあばら家を誰が買うんだ。

 売ったとしても額にはまったく届かねえんだよ。

 なら別の手段で補ってもらうしかないだろ?」


男は妹の胸を鷲掴みにした。


「んっ…」


「こんな風にさ」


「やめて!」


妹は男の手を振りほどいた。


「あんた可愛いね」


「気持ち悪い!」


「そういうところも」


若い男はニヤニヤと笑った。

周囲の男たちも薄汚い笑みを浮かべた後

口々に叫び始めた。


「借金回収!」


「その代替措置」


「児童買春!」


「奴隷労働!」


「人身売買!」


「人体実験!」


「あるいはもしや!」


「臓器売買!!」


「妙案名案!」


「同意合意!」


「決定断定!」


「履行!」


「施行!」


「実行!」


「実行!実行!実行!」



男たちは妹と少女を取り囲み

じわじわと距離を詰めて来た。

瞳は血走り手先は鋭く歯をぎらつかせ

地獄の餓鬼の群れのように思われた

この人たちは何かおかしい。

必要とあらば子殺しも平気でやる。

そんな意志を体中に漲らせている。

まずい

なんとかしなければ。

妹は無我夢中で少女の手を取って駆け出した。

男たちの間を縫い、廊下を踏み鳴らし

玄関を飛び出して、脇目もふらず

一目散に走り抜けた。

男たちが追ってくる。

汗が吹き出、息が荒くなる。

力の続く限り二人は走った。

少女の足がもつれると

妹は少女を抱きかかえて更に走った。

道を、辻を、角をひたすらに逃げた。



 若い男は居間で煙草をふかしながら

携帯の通話ボタンを押した。


「ああ、もしもし、言われた通りですね。

 ええ、おたくの妹さん

 ガキをひったくって

 どっかに逃げちまいましたよ」 

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