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死体探し(中編)

ある喫茶店の店主が病に倒れ

きわめて高い確率で死亡するであろうことが

病院の協力者からまたたび総合商社へ伝えられ

急いで交渉に向かえとの指示が妹に下った。


スマートフォンに転送されてきた資料によると

家族構成は、店主である父親、母親、中学生の息子の三人。

四十を少し過ぎて鮮度は低いものの、使える臓器が多いので回収価値は高い。

「病状の深刻さは遺族見込みの二人には秘匿してある。

取引に利用されたし」との付注も記されてあった。


妹は店主の家族に会おうと

店に入り、カウンター席に座った。

直後に少年が駆け込んできた。


少年は何故店に入っているのかと妹に尋ねてきた。

珈琲を飲むのに理由が必要なのかと答えると

少年は入り口に閉店札を提げ忘れていたことに気付き

客に失礼をしてしまったと頭を下げ

一杯ごちそうしてくれることになった。


妹は珈琲を飲んだ。

苦いだけで香りは悪く味気なく

商品と呼べる水準には達していなかった。

すいません、父のようにはいかなくて、と少年が陳謝した。


少年は、父が明日手術をするというので学校を早退して

寝具など必要なものを取りに帰ってきたらしい。


「お父さん、大丈夫なんですか」


「大丈夫ですよ、今まで大きな病気はなかったし

 ちょっと手術すれば治りますよ」


「これから大変じゃない?

 手術費とか生活費とか」


「いえ、入院費は医療保険があるし

 それに父はすぐに復活して元気に働いてくれます。

 僕も店を手伝います

 だから、大変だけど大変じゃないですよ」


「でも、もしかしたら」


「それはありえません

 父は絶対に治りますから!」


妹は少年の微笑にうしろめたさを覚えた。

少年はこれから父を襲うであろう運命を知らない。

このまま騙まし討ちのように交渉を成立させれば

この家族はどうなってしまうのだろうか。


いいや、よそう

何度も考えたことではないか

とっくに気付いたことではないか。

食っていくためには臓器を回収せねばならない

下手な慈悲は自滅を招くだけ。

妹は珈琲の苦味を確かめながら同意への道程を粗描した。


家族構成からすれば母親に交渉するのが筋というものだが

意思表示を行う遺族に明確な年齢規定はないため

少年に一筆書かせることもできる。


目的はあくまでも同意を得ることだから

わざわざ手強わそうな相手に挑む必要は無い。

この少年を父の臓器摘出に同意せざるを得ない状況に追い込むのだ。


妹はカップに口をつけながら

ちらと少年を見遣った。

そわそわしている。

珈琲を飲み終えたら

少年は一目散に父のもとへ駆けていくだろう。

そうなる前に一気に方を付けなければならない、が

具体的な攻め手が見つからない。


保険に入っていて急な出費に困っている様子もない。

店内を見ても、趣味の良い調度品や小物が整然と配され、

清掃も細かいところまで行き届き、雰囲気作りに

資金と手間隙をかけていることが伺える。

喫茶店の経営は順調であろう。

少年は父が快復すると信じ切っているので

病状をネタに強請ることも出来ない。


妹は焦った。

思いあぐねて珈琲だけが減っていく。

残りは半分を切っている。

口に含む量を減らす。

しかし、あまり飲むのが遅いと

少年がしびれを切らして病院に向かってしまうかもしれない。

そうなれば一巻の終わりである。

妹は少年の忍耐力を推し量りながら珈琲をすするのであった。


「あのう…」


悪寒が走った。


「うちの店は始めてなんですか?」


「いえ、何度か来たことがあって

 おいしかったんで今日も来たんです」


張ったりでもなんでも良い、突破口を探すのだ。


「お店を手伝うって言ってたけど、将来はお父さんの跡を継ぐの?」


「はい、とりあえず高校までは出とけって言われてるんで

 それから店で働くつもりです」


「尊敬してるんだね」


「ええ、早く追いつきたいです」


穴が見つからない。

今まで相手にしてきたのは

貧しく、ゆとりのない世帯ばかりであった。

生活の不安を少し煽るだけで簡単に同意を得ることが出来た。

しかしこの家は違う。

特に困窮している様子も見られず親子の結束も強い。

不足に付け込むことが出来ない。


どうすればこの家族から…この家族!


妹は状況に違和を覚えた。


この仲の良い家族の、母親は何をしているのだ?

夫が倒れたというのに妻は何をしているのだ?


何故少年が学校を早退してまで

病院に行かなければならないのか?

母親が出向けば済む話ではないか。


稲光のような直感が妹を襲った。

妹は珈琲を飲んだ、カップの底がそろそろ近い。


臓器を取るのだ。

事実関係などどうでも良い。

穴がないなら作るまで。

舌で地獄を手繰り寄せる。

私はこの少年を破滅させる。


「お母さんはお仕事?」


「あ、母は…そうですね、仕事です」


少年の目がかすかに曇った。


当たった。


妹は囁くように言った。


「どうして嘘つくの」


「え」


妹は珈琲を飲み干し、少年を見据えた。


「お母さん、会ってるんでしょ、男の人と」


少年は恐怖で顔をこわばらせた。

強い絆で結ばれているように見えたこの家族は

少年の優しさで体裁を保っていただけだった。

見事な手品もタネがわかれば馬鹿らしい。


「お願いします、その話はしないでください」


「なんで言ってくれなかったの」


「だって、これが父さんに知れたら家族が壊れる。

 誰にも言えないですよ。

 まして他人のあなたに」


「うん、家族は大切だよね、守りたいよね。

 それで他の家族がめちゃくちゃになるとしても」


「どういうことですか」


「私のお父さんが帰って来なくなったんだ。

 必死に探していたら、

 このあたりで喫茶店の奥さんと

 一緒に歩いてたって聞いてね」


「あ…」


「このお店に何回か来たのは

 それを確かめるため。

 肝心なところで情報が手に入らないと思ったら

 君が隠していたせいだったんだね。

 おかげで私の家族はめちゃくちゃ。

 お母さんは心労で寝たきりに

 兄は学費が払えず中卒のまま彷徨うはめに」


「ごめんなさい、ごめんなさい、どうすれば」


「これだけの埋め合わせとなると

 二百や三百じゃとても足りないよ。

 慰謝料として二千万円は払ってもらわないと」


「そんなの払えません!」


「何で払えないの、この店を売るとか

 いくらでも方法はあると思うけど」


「お願いします、それだけは」


「払えないのなら、代わりのものをもらうしかないね」


「代わり?」


「君のお父さんが、万が一亡くなった時

 移植のために臓器を摘出するの。

 約束して。

 それで慰謝料をなしにしてあげるから」


「父さんを売れって言うんですか!?」


「もしそうなったらって話だよ。

 生きている人から取ったりしないよ。

 それにお父さんは絶対治るんでしょ?

 だったら気にすることはないと思うけど」


「でも」


「二千万払ってくれるの?」


「わかり…ました」


少年は涙目になっていた。


「じゃあこの書類に署名を」


「どなたですか」


刃物のような誰何すいかに妹は戦慄した。


「母さん」

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