またたび総合商社 6
「まったく手こずらせて…
やっと肩の荷が降りたよ」
議員はふうと一息吐いて
タバコを取り出したが
吸わずに箱に戻した。
「おっと危ない、
今この部屋は火気厳禁だったね
はっはっは」
「ああ…どうして…
こんなことが…起こって…」
炎は部屋の奥にまで広がりつつある。
妹は今起きた出来事の理解が追いつかなかった。
少女が自分を刺し、その少女が議員に殺された。
はっきりとわかることは、
自分の今までの行動が全て否定されたことである。
妹は血にまみれたナイフを力のない手で持ち、立った。
「ああぁぁぁ…殺してやる…殺してやる…
殺してやる…殺してやる…みんな…殺してやる!」
妹は血の跡を引きずりながら
ふらつく足取りで議員の方へ歩いて
刃を向け、刺そうとした。
が、あっさりと突き飛ばされ
妹は倒れた。
「うわ…あ…あ…」
意識が朦朧とし始めた。
妹は泡を吹いて口をぱくぱくと開いていた。
議員は妹へ歩み寄り
優しい声で語りかけた。
「なぜ余裕があるのかわからないと
言っていたね。
こうなることがわかっていたからだよ。
この少女と、そして今から君が死ぬことを」
「わたし…が…し…ぬ…」
「そうだ。
まあ、その理由くらいは教えて上げよう。
君が守っていると思いこんでいたのは
私のもう一人の娘だ。
俗に言う火遊びで生まれた子でね。
外聞が悪いから金を積んで
素性を隠したまま養子に出したんだ。
だから私は当人に、
父ではなくおじいちゃんだと言っていた。
その義理の両親が最近、金の無心にやってきてね。
なにやら資金繰りが悪くなったからとか言い始めて、
出せないと言ったら本当のことを言うぞと
脅され困り果てていた。
選挙前のデリケートな時期だから
醜聞の一つで予定が大きく狂いかねない。
そこで娘の紹介から君のお兄さんに相談したら、
偶然、その義理の親たちが自殺してね、驚いたよ。
彼を信頼して、一緒に仕事をすることにした。
私のもう一人の娘、いるはずのない娘を
この世界から退場させてほしいと。
災いの芽は完全に摘んでしまうに
越したことは無い」
「俺は様々な人間の身体情報を探った。
するとだな、お前とガキの内臓が
院長親子の体とそれぞれ相性が
良いことがわかった。
灯台もと暗し、天が味方したというわけ。
その事実を受けて
俺は理想的な解を導き出すことができた。
お前にガキを殺させた後に
お前自身から内臓を取り出せば、
誰も傷つくことなく
三者が目的を果たすことができると。
まあ院長が土壇場で
感情に踊らされるとは思わなかったが
敏腕社長である俺は当然、
二重三重に保険を打ってあるから
たやすく修正が利いた。
ガキに、俺の妹こそが親の敵であるから、
そいつとひとまず道中を共にして
復讐の機会を窺えと吹き込んでおいたのだ。
なるほど先生の血を引くだけあって
演技はとても上手かった。
見事にお前は騙され、物事はあるべき形に収束した。
臓器移植事業の拡大と法改正を狙う俺、
自分と娘の病気を治す内臓が欲しい院長、
もう一人の娘の存在をもみ消したい議員先生、
三者の利害が綺麗に一致した結果、今がある。
安心しろ、全ては気の狂った
お前の仕業ということで片付けられる。
良かったな、お前は何の気兼ねもなく
さっぱりとした気持ちで役目を果たすことが出来る。
こういった事後処理も結構手間がかかるのだぞ。
俺に感謝しろ」
「こ…の…」
妹の耳にはほとんど話が届いていなかった。
この男をすぐにでも抹殺しなければいけないという
ことだけはわかったが、もうその力は残されていない。
意識の端々(はしばし)が黒く塗りつぶされていく。
自分が自分でなくなっていく。
「妹がいたなんて初めて聞きましたよ。
なんてひどい人」
院長が少女の遺体を抱えて言った。
「敵を騙すにはまず味方からというやつだ。
黙っていたことは謝ろう
でも、ひどいというのは心外だな。
血筋だから仕方がないだろう」
「ころ…て…やる
やきころ…て」
「ハッハッハ、血は争えませんな。
おっとそろそろ危ないな。
おい、消火を始めろ」
彼がスマートフォンで指示を出すと
すぐさま階下から社員たちがやってきて
消火作業を始めた。
一分もしないうちに火は完全に消し止められた。
「火が…きえ…る…火が…
けしちゃだめだ…つけなきゃ…」
妹は立ち上がろうとストレッチャーに
凭れ掛かったが姿勢を維持できずに転倒した。
そのままはいつくばって、
蛞蝓のように入り口までたどり着くと
妹は笑った。
「ふ、ふ、ふ
これ…でにげられない…みんな…しぬ…」
「何をしている?」
「夢でも見てるんでしょうな
まあ少し待ちましょう」
妹はウエストポーチから
血でどろどろになった札束とマッチ箱を取り出した。
帯封を外すと紙幣が床に散乱した。
妹はその一枚を震える手で拾い上げて
火をつける。
「いちまい…にまい…さんまい…
もえ…ろ…ぜんぶもえろ…」
紙幣がマッチの火に炙られて
じりじりと小さな煙を上げる。
妹は散らばった紙幣を取っては
弱弱しいマッチの火に近づける。
拾い上げては燃やし、
か細く燃えては消えていく。
彼と議員は談笑し
院長は嗚咽していた。
「おかね…おかねが…たく…さん…」
マッチの火は力なくふっと消えて
先端がぽとりと落ちた。
「がっこう…いける…」
妹は動かなくなった。
「先生、ご依頼の通り
二名分の内臓を納品いたしました。
集中治療室での準備は済ませてありますので
すぐに二人の手術に取りかかりましょう」
「これで私たち家族は平穏に暮らせるよ。
ほんとうにありがとう
約束通り、我が党は全力で支援させてもらうから
大船に乗ったつもりでいたまえ」
「はい、ありがとうございます!」
窓の外からプロペラの音が響いた。
ヘリはぴたりと建物の横についた。
「社長、議員先生、お迎えにあがりました。
屋上のヘリポートでお待ちしております」
操縦席に座っているのは、
妹たちを病院まで運んできた
あのパイロットだった。
「うむ ご苦労」
「おや、わざわざヘリで降りるのかい」
「下らないとお考えでしょうが
選挙に勝つ上で、
有権者へ向けての演出というものがありまして
どうかご同道ください」
「抜け目がないね君は」
「先生と同じですよ」
「はっはっは、君はきっと
政治でも成功するよ」
議員は彼の肩をぽんと叩き
部屋を出て行った。
彼はちらと後ろを見遣った。
妹が社員たちに運ばれていく。
「おそらくこいつは捨て身で動いて、
命を懸けて
何か事を成し遂げてたのだと
自分の人生に何か意味があったのだと
そう思いこんでいたのだろう。
まあそう思いたいのなら
そう思わせてやろう。
兄としてせめてもの慈悲だ。
実際まったくの無意味だったがな!」
屋上からヘリが飛び立つと
彼の笑い声が夜空に響きわたった。
翌日の深夜、街には珍しく雪が降り積もり
歩く者もまばらであった。
ビルの外壁に埋め込まれた
巨大ディスプレイの中で
ニュースキャスターが淡々と原稿を読み上げている。
「女児誘拐事件の犯人とみられる女が
被害者の女児とともに
市民病院内部で遺体となって発見されました。
警察は追いつめられた末の凶行とみて
捜査を進めています。
次のニュース、異例の人事です。
内閣は次の厚生労働大臣に
先日の総選挙で初当選した
またたび総合商社の社長である…」




