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厚生労働大臣による演説

「さてみなさま、

 厚生労働大臣という大任を拝命した私ですが、

 その前に、すでにテレビ、新聞、ネットなど

 各種マスメディアで報道されております通り

 放火、殺人、傷害、詐欺、

 ありとあらゆる信じがたい悪行を

 我が妹が犯してしまったことについて

 兄として釈明せねばなりません。


 妹は以前から多分に精神の不安定なところがありました。

 おもえばその段階で通院させるべきだったのですが

 いつかは良くなるだろうと

 楽観的に見て放置してしまいました。

 これは私の兄としての甘さと

 不徳の致すところであり

 弁明の余地はありません。


 そんな素行の悪い人間の

 就職先が簡単に決まるはずもなく

 まともな社会人として

 生きていくことは困難でありました。

 そこで私の経営する企業に入社させ、

 なんとか妹でもできる仕事を割り振ってやり、

 人並みに食べていける給料も与えました。


 一時は精神も落ち着いたものの、

 ある時期に突然ぶり返して

 会社の金を持ち出し、あろうことか

 何の罪もない少女を誘拐して失踪したのです。


 世間様に迷惑をかけてはいけないと

 社員を総動員して街中を探し回らせ、

 私自身も選挙運動の合間を縫って

 捜索に参加しました。


 あるショッピングモールで

 目撃情報があり急行したところ、

 暴れ回る妹がいるではありませんか。

 私はなんとか説得しようとしたところを

 刃物で目を刺され

 激痛に倒れ伏して妹を見逃してしまいました。

 なんという失態、思えばこの時が

 妹を止める最後のチャンスでした。

 なにがなんでも止めておかねばならなかったのです。

 悔やんでも悔やみ切れません。


 私は妹によって片目を失いました。

 しかしそれがなんだというのでしょう。

 誘拐された少女は二つとない命を奪われたのです。

 その痛みに比べれば私の片目の光など

 とるに足りないものです。


 再び行方知れずとなった妹と少女の身を案じていると

 恐るべき情報が飛び込んできました。

 妹が街中に火を放って

 人々に暴行を加えているというのです。

 私は顔面蒼白になりました。

 これはもはや

 一民間企業の手に負える問題ではないと

 警察にも協力を要請しました。


 妹の凶行はとどまる所を知らず

 演説に耳を傾ける市民の方々にも危害を加えるべく

 市民病院に迫ってきたのです! 

 そして妹と再び対面したときには全てが遅かった。

 妹は幼い命を既に手にかけていたのです。

 私は失神しそうになりました。

 決しては起きてはならない

 最悪の事態が現実になってしまった。


 私はそのとき病院で演説中だったのですが、

 すぐに中止し、

 少女を手術室に搬送しました。

 が、すべてが遅かった。

 その子は息を引き取った後だった。


 私が涙ながらに少女に許しを乞うと

 妹が手術室に乱入して火を放ってきたのです。

 私は恐怖でパニックになりかけましたが

 卑劣な犯罪を許すわけにはいかず

 たとえ血を分けた家族であろうとも

 犯してはならぬ一線を越えたのであれば

 これを司直の手に委ね

 裁きを受けさせなければならぬと

 私は勇気を振り絞って

 妹を取り押さえようとしました。


 ところが妹はなおも凶器を手にし

 ある女性を人質に取って

 破壊の限りを尽くすではありませんか。

 一悶着ひともんちゃくあったところ

 幸か不幸か、運命のいたずらか

 落ちていた刃物が偶然妹に刺さり

 うめき声をあげて転げ回りました。

 私は女性を連れて燃えさかる

 手術室から命からがら脱出しました。


 あとはみなさまが報道でご存じの通り、

 私の妹は死にました。 

 詳しい死因は捜査の進展を待つほかありません。


 この結果を前にして、

 私はいくら後悔してもし足りません。 

 たとえどんなに迷惑をかけようと、

 どんな悪事に手を染めようと、

 私にとっては家族だったのです、

 世界でたった一人の妹だったのです。

 生きて裁きを受け、罪と真摯に向き合ってほしかった。


 今となってはすべてが遅く、

 もう叶うことはありません。

 みなさん、私は片目を失いました。

 それによって痛みを得ました。

 身体に障害のあることがどれだけ苦しいことか 

 障害に苦しむ人々の気持ちが

 痛切に理解できるようになりました。

 その苦しみをほんの一部でも、

 一人でも多く取り除けるよう

 臓器移植法案の改正に

 粉骨砕身の覚悟で取り組む所存であります。

 ご静聴ありがとうございました」


 彼は片方のまぶたから涙を流し、

 深々と頭を下げた。

 議場に万雷の拍手が響きわたった。


 


 またたび総合商社 完

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