妹の反撃
彼が昼食から戻ると
妹が玄関で包丁を構えていた。
柄を持つ手は震えている。
「お金…返さないと…刺すよ!」
唇を引き攣らせ、歯を軋ませ、瞳を真っ赤にして
「早く!」と彼を強請る。
彼はふっと笑い下駄箱の上にあった花瓶を妹の顔めがけて投げつけた。
「ひぃ!」
妹が咄嗟に構えを解いたので
彼は妹の腹を右足で思い切り突き飛ばした。
妹は犬のような悲鳴をあげてどうと廊下に吹き飛んだ。
包丁が手から離れたことを認めると
彼はすぐさま妹へ覆いかぶさり
右の手で妹の頬を殴りつけた。
「痛い!」
彼は左手の筋肉を緊張させ
妹の髪を鷲づかみにし、ぎりぎりと引き抜こうとする。
「ぐぅぅ!やめて…やめてよう!」
「黙れ!」
指を尖らせた拳で妹の鼻を殴った。
「うううううう…!」
妹は鼻からこぼれる血を両手でおさえている。
さらに拳を頭頂部に振り下ろすと妹はぐったりとなった。
彼は包丁を台所に直すと妹を抱えて部屋のベッドに寝かせた。
妹が目を覚ますと伝票を処理していた彼と目が合った。
妹は驚愕と恐怖で声が詰まる。
「脅迫に殺人未遂…お前のやったことは犯罪だ」
「そっちこそ、詐欺とか、窃盗を」
「いい加減にしろよお前、俺がいつ犯罪を犯したんだ
俺の事業は多少のリスクこそあれ取引自体は全て合法だ。
金銭の代償となる商品やサーヴィスは必ず提供している。
取引で金を騙し取ったことは一度も無い。
第一そんな事をしたら悪評が広がって会社が潰れる。
馬鹿げたことをする理由は無い」
「ふざけないでよ!私の、大学のお金盗ったじゃない!」
「盗ったとは人聞きの悪い。犯罪者が大学に紛れ込むのを未然に防いだんだ」
「な…な!?」
「なにせ都合が悪くなれば肉親にすら凶器を向ける女だ。
こんな奴をキャンバスに放したら
多くの罪も無い学生たちを危険に曝すことになる。
だから決断した、行動に出た、社会平和に貢献するために入学を阻止した。
そしてそれは成功裡に終わった。それで終わった話だ、それだけだ」
「ああああああああああああああああああああああああああ!!!」
妹は周りの物を手当たり次第に彼にぶつけた。
手持ち無沙汰になるとベッドから飛び起き
ポールハンガーを持ち上げて振り回した。
彼はたまらず部屋から転び出て扉を閉め両手でドアノブを押さえる。
妹は狂ったようにドアノブを回そうするが
開けられぬと悟るや妹はポールハンガーでガンガンと扉を叩き始めたので
彼は全身で扉を押さえつけておかねばならなかった。
「ええい、舌の根も渇かぬうちにすぐこれだ
口で叶わなぬならと腕に物を言わせる
早く手を打たねばとんでもない事になる!」
ひととき扉への乱打が続いたが
突如、しんと静まりかえった。
何があったのかと彼が扉をそっと開けると
荒れ放題になった部屋の中で
妹がうずくまって泣いていた。
鼻を啜りながら、ぶつぶつと呟いている。
「せっかく、せっかく、勉強、一生懸命がんばったのに…」
受験、受かって、バイト、働いて…
お父さんとお母さんにも出してももらったのに…
行きたかった…行きた…かった…」
「まだぐずっているのか、
目標を勤勉で達成しようとする人間はこんな風に甘ったれになる。
ああすればこうなる、頑張れば報われる、などとは
この世界の説明書には一つも記されていない。
理不尽がこの世の常であり、何が起きても自然なことなのだ。
見返りを目当てに行動するからばちが当たる。
それもわからぬとは全くどうしようも無い馬鹿な女だ」
彼は泣きじゃくる妹を踏みつけた。
「おい被告人」




