開店
彼は事業を起こそうとしていた。
元手が無かったので妹の学費に手をつけた。
庭にアルミサッシ製の倉庫をこしらえ
街中の店に話をつけては大小の家電、アクセサリー、
衣料品、下着、文具、子供用および成人用玩具
健康食品、ブランド品、新米古米、飲料水、加工食品、ゲームソフト
車の改造パーツ、医薬品にいたるまで節操なく納品させた。
配送業者が帰った後、倉庫の中に堆く積み上がった品々が
彼の征服欲を掻き立てた。
「う、ふ、ふ、これだけの物があればどれだけの事が出来るだろう。
この倉庫は俺の総合商社だ、社長は俺だ。
善は急げというから今夜中に店を開けてしまおう。」
彼は仕入れのついでに購入した中古のノートパソコンに
商品のデータを入力し、あっという間に
販売用ウェブサイトを作ってしまった。
店構えが整ったところで宣伝をする。
この店で買えば幸福になるとか、結婚ができるとか、
偏差値が上がるとか、不老不死になるとか
商品ひとつひとつにでたらめな理屈と物語をくっつけては
URLを添えて様々な掲示板やSNSに書きつける。
彼は人を煽り立てる特別の才があったので
サイトの訪問者もぽつぽつと増えて
床につくころには20件の取引を受注するに至った。
目が覚めるころには桁が一つ増えているだろう
月が変わればきっと二つ増えている
皮算用を働かせて彼は眠った。
開店諸費用しめて四百万円也。
一週経ち、二週経ち、売り上げが入金されるたび彼はほくそ笑んだ。
「まったく通帳の預金額ほど心躍るものはない
どんな名文とて数字の羅列にはかなうまいよ」
彼が自室で寝転がり送り先の目録を確認していると
階下からどかどかと誰かが上がってきた。
乱暴に襖を空けたのは妹だった。
「お兄ちゃん!お金どうしたの!」
動転しているのか声が裏返っている。
息は乱れて口からも呼気を融通し、肌は紅潮し、表情は実に険しい。
「貯金が無くなってる!どうしたの!」
「使った」
「返して!!」
「もう無い」
妹が彼に掴みかかって来た。
腕に爪を立ててくるが彼は意に介さず
妹の髪の毛をぐいと引っ張り
部屋の角柱へ叩きつけた。
「あぎぃ!」
そのまま後頭部へ拳骨をくらわせると
妹は崩れ落ちた。
「無いものは無いのだ、それを何だお前は
子供みたいに暴れればどうにかなると思っているのか!」
妹が足元でぐずぐずと反駁しようとしていたので
彼は妹の背中を蹴り飛ばした。
「おぐぅ!!」
「大人なら暴力に訴えるのではなく口で言え、論理的にだ」
「入学金と授業料…バイト…いっぱいして
父さんと母さんがローン借りて…やっと貯めたお金…
返せ、返せ、返せ、返せ、返せよう!!」
妹は涙と涎と鼻水で顔をずぶ濡れにしていたので
彼は笑った。
「済んだ事は仕方が無いだろう。
だのにまだ食い下がるのは逆恨みもいいところだ。」
妹は叫んだ。
「110番する!!」
妹が下に降りようとしたので
彼は妹の胸ぐらをつかんで部屋に引き戻し
そのまま投げ飛ばした。
畳に全身を打ち付けられた妹は動かなくなった。
彼はそれを暴力から逃避するための擬態であると看破し
妹の腹に馬乗りになって平手打ちの連打を見舞った。
「無礼者!人様を犯罪者呼ばわりするとは何事だ!」
「警察を呼べば…おしまい…」
「聞き分けのないやつだな。いいか、
仮に間違いで、冤罪で、俺が逮捕されたとしても何も変わらない。
俺の会社「またたび総合商社」には大金が投じてある。
大きい事業をするには大きな金が必要だからな。
お前の貯金程度じゃ全然足りないんだ。
今日までの売り上げ金は全て投資に回してある。
ベンチャー株、FXはもちろん破綻寸前の国家の国債まで
どれもこれも粒ぞろいの高リスク物件だ
俺の手腕がなくなれば投資はすぐに行き詰る。
するとだな、ウチの動産不動産一切合財処分しても
ほとんど足りないくらいの借金が残る。
かててくわえて店の取引不履行も発生するから
その借金に損害賠償も仲間入りしてくる。
回収できる見込みなど到底無いものだから
銀行も匙を投げて転売する、そういう債権は
めぐりめぐって最後にヤクザのダミー会社に転がりこむ。
チンピラどもが家庭訪問に来るぞ。あいつらに法律なんぞ通用しない、
どんな手を使ってでも金を取り立てに来る。
刑務所の俺ではなく、家に残っているお前にな。
その対処が出来るのか?」
彼は立ち上がってコンビニへ昼食を摂りに出た。
家から嗚咽が響いていたが少し歩くと聞こえなくなった。




