またたび総合商社 4
妹が目覚めるとヘリの中は蛻の殻であった。
少女がいない、院長もいない、パイロットも消えている。
持ち込んだボストンバッグだけが
中身も盗られずそのまま残されていた。
「そーれ!そーれ!」
外から大人数の合いの手が聞こえた。
何事かと妹がバッグを抱えて外のステージに出てみると
病院の外壁に備え付けられた巨大ディスプレイに
手術室の模様が映し出されていた。
平行に並んだ二つの手術台の上に
少女と、もう一人の女の子が寝ている。
あの子が院長の娘であろう。
画面の端には「感動大手術!奇跡の蘇生劇」と
手書きのテロップが施されている。
画面の下には
「またたび臓器販売 助け愛の募金」と
銘打たれた数字が表示され上昇を続ける。
手術室の扉が開かれ
彼と議員が医師と看護師を引き連れて入室してきた。
彼がマイク片手に、にこやかな表情で語りかけてくる。
「さあやってまいりましたオペルーム
今宵ここで議員先生のお孫さんが
完全復活を果たすわけですが
御気分はいかがです?」
「いやあ、感無量と言った感じですね。
ずっと待ちわびていた瞬間ですからね。
思えば今年は議員生活30年の節目の年でもありましてね。
役者ぞろいの家系だというのに
私だけが入団試験に落ちて
不貞腐れていた所を党に拾われ
あれよ言う間に出馬し代議士にまでなってしまったものですから
人生とは本当にどうなるかわからない。
そういう意味でも、孫が命を拾えたことは巡り合わせに他ならない。
心からみなさまに感謝を申し上げたい気分です」
「父さん!こんなバカなことはやめて!考え直して!
方法なら他にある!私の臓器を使えばいい!」
カメラが院長に向けられる。
院長は手術室の柱に縛り付けられていた。
縄は胸の形を強調させるようにきつく食い込み
観客を喜ばせ、募金額が大幅に伸びた。
「…と娘さんが仰っておりますが
どうでしょう先生」
「ううむ、娘は少し錯乱しているようです。
自分の子を何の代償もなく
助けられるというのに
わざわざ内臓を差し出そうとは
意味のわからんことです。
面倒臭いことにならないうちに
さっさと始めていただけないでしょうか」
「まあ先生、ここは焦らないでください。
段取りというものがありますのでね。
順序良くやればお孫さんが助かる上に
多額の募金が集まるのです…」
「むう、そういうものですか」
「そうなのです、それでは行きましょう!」
音楽が流れ、ディスプレイに映されていたテロップが
「怒濤の訪問者!手術室を求めてさまよう」という
表示に変わった。
「さてお立ち会い
観客諸君の中に一人
この手術室の奇跡を妨害しようと企む
不届き者がいる!
と、言ってもわかりきっているか」
観客席から笑いが出る。
妹は歯軋りした
「どうやらその人間は
この記念すべき手術を快く思わないらしい。
しかしだな、一国一城の主である俺は器も大きいから
異論反論暴力暗殺も大いに受け入れてやろう。
来るがいい、ここへ。
ただしこの病院のどこであるかは教えない。
制限時間は30分だ。
さあさ、手術室はどこかなあ~?」
妹は全速力で病院に突入しようとしたが理性が働いた。
彼の煽りに乗せられてはならない。
いったんヘリ内に戻り
スポーツ飲料を飲んで落ち着きを取り戻した。
その時、床の下からガンガン打ち付ける音がしたので
妹はびっくりした。
耳を澄ましてみると
「シート…下…ダイヤル…」」
と、かすかに声が聞こえた。
妹が座席の下をのぞいてみると
床の溝で四方に区切られた中心に
確かにダイヤルがあったので
おそるおそるそれを回してみた。
するとぽろりと床の一部分がとれて
傷だらけになった男の顔が出てきた。
「うわああ!」
「静かに!静かにして…私です」
よく見ると男はヘリコプターのパイロットであった。
妹は安堵して息を吐いた。
「大丈夫なんですか?」
「大丈夫です…軽傷ではないですが…
ヘリがステージに降ろされた後
よってたかって殴られて
院長とあの子が攫われましてね。
僕も連れて行かれそうになったんですが
何とか逃げてきたのです」
「そうだったんですか」
「貴女に伝えたいことがあるんです。
あの社長たちがいる部屋は
5階の大部屋の506号室です。
そこを手術室に改造しています。
他の部屋に入ると工作員に襲われますから
絶対に近寄らないでください。
あとエレベーターもダメです。
強制的に地下に降ろされてやはり捕まります。
正面玄関ではなく、裏側の職員用入り口から入って
すぐ側にある非常階段を使って5階まで上がってください。
そのあたりは監視がありませんから
感づかれない内に一直線に向かってください」
「ありがとう、でもどうしてその情報を」
「攫われそうになったとき
他の社員が口にしているのを聞いたんです。
僕は以前ここで昔働いていたから建物の構造はわかる。
この会社は潰さないといけません。
非道な事業をしているから
疑問や反感を抱く者も増えています。
だから決してあきらめないでください」
「はい!」
時間がないので一気に上っていく必要がある。
荷は軽いに越したことはないので
ボストンバッグの中身を整理して
必要なものだけを持って行くことにした。
残り少なくなった灯油をスチール製の小さな容器に移し替えた。
使うまいと思っていたがダガーナイフをベルトに提げた。
木刀を背負い、灯油に催涙スプレーとマッチを
ウエストポーチに入れた。
ボストンバッグの底に現金500万円、正確には
老爺に10万円くれてやったので490万円が見えた。
今、札束を持って行く意味はないとも思ったが
やはり未練があったのでこれも
胸の内ポケットに入れて妹は出発した。
職員通用口に入ると
数人の男が見張っていたので
見つからないよう、身を潜めて
非常階段に向かった。
螺旋状の階段が踊り場を挟みながら
遙か上まで続いている。
深呼吸をして、一気に上り上がって5階まで着いた。
506号室の前で
あいつはどこへ行ったと彼の
怒鳴り声が聞こえた。
部屋のドアは一つしかない。
妹は悪巧みを思いついた。
部屋の前で灯油を巻き、着火した。
みるみるうち火の手は強くなり
部屋を蒸し焼きにする。
「なんだ!なんなんだ!」
彼がドアを開けて出てきたので
妹はダガーナイフで左胸を一突きにした。
彼は音もなく、あっさりと倒れた。




