またたび総合商社 1
幕の下ろされた舞台で妹は共演者に取り囲まれていた。
ぴくりとも動かなくなった少女を膝下において
鎧姿の院長が告げる。
「この状況がどういうことなのか…
まだ飲み込めないのですか?」
「どういうことって、どういうことなんです!?」
「んーそうですねえ、もしあの人がここにいれば
きっとこう言ったと思います」
院長は深く息を吸い込んだ。
「ふははははは!まだ気づかないのが馬鹿者め。
お前は踊らされていたのだ、俺の書いた脚本の中でな。
少し承認欲求をくすぐってやれば疑いもせず
参加を決め込むのだから救いようがない愚か者だ」
「あ、あ…」
妹は全身の力が抜け、崩れ落ちた。
「全ては俺の仕組んだ寸劇だったということだ。
お前はまんまと騙されてこのガキを
死に追いやったというわけ。
かわいそうになァ、お前のような知恵遅れの無能に
命を預けてしまったばかりに三途の川を渡るはめになったのだ」
院長は冷たい笑みを浮かべて言い放った。
「仕組まれていた…そんな」
「だからそう言っているだろう。
施設でのあたたかなふれあい、
ようやく訪れた束の間の平和…
まさか、真に受けていたのか!?
ハッハッハッハ!
頭が悪いと都合の良いものばかり信じたがる。
このガキですら薄々気づいていたではないか。
お前の観察眼は小学生以下か」
「うわあああああ!」
妹は院長に掴みかかったが
院長に手を払われ
間髪入れず鼻柱に拳を叩き込まれた。
鼻血を散らしながら妹は呻いた。
「おぐぅ…ぐぅうう…」
「論で返せぬと知れば
相も変わらず拳で応じようとする…
ふふふ、なにも懲りていないなお前は。
いいだろう、第二幕を始めてやる。
幕を上げろ!
脚本はないぞ。
アドリブで演じきろうじゃないか」
幕が上がる。
「ぐあああぁあああ!!」
妹は阿修羅の形相で、またも掴みかかろうとする。
「成長しようともしないのか」
院長は驚くほどの身体能力で妹に飛びつき、
腕を絡め取りながら床に倒れ込むと
妹の腕を引き千切らんばかりに引っ張った。
「ひぎゃああああああ!」
激痛に襲われた妹は足をどたばたと舞台に打ち付けた。
院長は涼しい顔で間接をいじめ続ける。
「『こいつ』は仮にも役者なのだ。
殺陣の一つや二つはできる。
この動きはある格闘家に取材して覚えたものだ。
演技をする上でリアリティの追求は欠かせないからな」
間接を、腱をねじ切ろうと
院長は腕を引っ張りながら妹の苦痛が最大になる力加減を探る。
「ぎ!ぎ!ぎぃぃぃぃ!」
妹の顔は紅潮し、同じ穴から鼻血と鼻水がどろどろと垂れ
口からは涎がこぼれ落ちる。
共演者一同からどっと笑いが起きた。
「前から思っていたんだが…
お前は本当に気持ち悪いな!」
客席からも笑いが起きる。
院長は腕を解いた。
「ふー、ふー、ふー」
妹は充血した目で舞台の天井を見つめた。
照明がぎらぎらと自分を刺して
あざわらっているかのように思われた。
四方から響く笑い声が自分の脳に入り込んで
冷たい液をほじくり出している。
今なにが起きているのか、
どうしてこうなったのか。
兄に進学資金を盗られ
将来をメチャクチャにされ
両親に裏切られ、
臓器回収をさせられ
ある家族を破滅に追いやり
追いつめられた子供を連れて逃げ
駆け込んだ施設で劇の練習をして
無事に演じ終えたと思ったら
子供を殺された。
全てなにもかも、
最初から最後まで兄の思惑通りに運んでいる。
これからもそうなるのか。
そうなるのか。
そうなるのは
いやだ。
院長の蹴りが自分の目の前に迫っていたので
妹は足を掴み、院長の体勢を崩した。
院長は頭から転倒し、顔面をしたたかに打ち付けた。
「ふ…ぅ…」
妹は、少女の口からかすかに息が漏れるのを認めた。
全身がぞわぞわと脈打つのを感じた。
「まだ終わってない!」
妹は呆然としている兵士役の男から剣を奪い取り
倒れた院長の頭を何度も殴りつけた。
「死ねっ!死ねっ!死ねっ!死ねっ!
死ねえええええ!!!!」
「きゃあああ!!」
院長の美しい顔が滝のように流れる血で
覆い隠された。
共演者の男たちが妹を背後から蹴倒し
ひとしきり踏み続けると、
妹は大人しくなった。
仮面の王役の男が院長を助け起こした。
共演者たちは少女の体を抱えて去っていった。
舞台には妹が一人残された。
「ひぃ!ひぃ!ひひひひひ!いいいひっひっひっひ!!」
妹の哄笑が劇場に響きわたった。




