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幕間(まくあい) 2

「では早速練習に入っていきたいと思います。

 よろしいですか?」


妹と少女が頷くと、院長は二人に台本を手渡した。


「時間がないですから、

 すぐにリハーサルからやっていこうと思います。

 お二人は台本を見ながらで結構です。

 セリフを頭に叩き込んでいってください。

 演目は『白雪姫』です。

 この子たち七人は小人役

 私は大臣にナレーション

 さらに鏡の声と敵国の王の役をやります。

 仮面の王、それに兵士や従者はこの施設の事務員や

 管轄市役所の職員の男性たちにお願いしています。

 彼らを呼んできますので

 その間に台本に目を通しておいてください」

 

「先生、四役もやるんですか」


「とにかく人が足りないですからね。

 さすがにナレーションと鏡の声は録音にしました。

 ほかにも群集のざわめきとか、いろいろ録ってます。

 人数不足を誤魔化せますから」


院長は苦笑いを浮かべて部屋を出て行った。

二人は待っている間に

子供たちと一緒に台本を輪読することにした。


「あれ?」


「知ってるのとちがう」


「言葉遣いもちょっとむずかしいね。

 まあ、とりあえず声に出して読んでいこうか」


「うん」



しばらくして院長が数人の男性を引き連れて戻ってきた。

歳は二十代から四十代といったところで

院長によると施設や市役所の職員で

演劇経験があったのがこの人達らしい。

妹が挨拶をすると仮面の王役の男性は嬉しそうに答えた。


「舞台の上だけとはいえ、君みたいな子と

 夫婦になれるなんて嬉しいねぇ」


「課長、それ今じゃセクハラになりますよ」


部下らしき男性にたしなめられていた。

妹は上手く合わせられるかなあと一抹の不安に駆られた。


「脚本はどうでしたか?」


輪読の様子を見た院長が妹に聞いてきた。


「なんか、知っている白雪姫とだいぶ展開が違いますね。

 子供が演じても、子供向けの劇ってわけではないんですね」


「お客さんはほとんど大人ですからね。

 グリム童話をアレンジしたんです。

 白雪姫が目覚めてハッピーエンドというところは

 変わりませんけど」


「脚本も先生が書いたんですか!?」


「いえ、知り合いの人に教えてもらいながら

 書いただけなんですけどね。

 じゃあさっそくやっていきましょうか」


全員で机を部屋の外に移動させると

食堂はがらんどうになった。

ここが劇の空間となるのである。

短い話とはいえ今日中にセリフや動作を

暗記してしまわないといけない。

その義務が妹の体を縮こまらせた。

緊張を察した院長が妹にささやいた。


「やってみれば何とかなりますよ

 案ずるよりなんとやらです」


「あ、ありがとうございます、やってみます」


院長がノートパソコンにUSBメモリを

差し込むとナレーションが流れ始めた。

妹は中央に躍り出て、大きな声でセリフを紡いだ。



リハーサルは食事を挟んで一日中行われた。

少女は驚異的な吸収力を発揮して

あっという間に白雪姫の役を自分のものにしてしまった。

院長や男性陣も驚愕するほどであった。


子供たちを先に寝かせ、稽古は深夜にまで及んだ。

妹も最初はとちることが多かったものの

必死に声を出すうちに言葉が口を衝いて出るようになり

最後まで演じ通せるようになった。

衣装のドレスを着ての振る舞いも今や自然なものである。

院長が言った通りやってみれば何とかなった。


練習が終わり風呂から上がった妹は

食堂に明かりが点いていることに気付き様子を確かめた。

中では院長がノートパソコンにマイクを接続して

声を吹き込んでいた。


「先生はまだ寝ないんですか?」


「ああ、ナレーションを客観的に聞いてみると

 ちょっと納得いかないところがあって…

 そこの録り直しをやってから寝ます」


「そこまでしなくても…

 ナレーション、すごい上手でしたよ」


「あれだけ頑張ってもらったのに

 言い出しっぺの私が妥協するなんて

 できませんよ」


「院長先生って役者経験があるんですよね」


「あ、ああ、バレちゃいました?」


「わかりますよ、あれだけ上手かったら」


「実は以前、ある劇団に所属していて

 ドラマの仕事ももらってたんですけど…

 それが立ち消えになっちゃって、まあなんだかんだで

 いろいろあって今ここの院長をしています」


院長は物憂げにモニター眺めていた。

妹はそのまなざしから

院長が何か理不尽な目に遭ったのだろうということが

容易に汲み取れた。


「その…復帰とか目指さないんですか?

 先生まだ全然若いじゃないですか」


院長の表情が一瞬こわばった。


「先生?」


院長はかぶりを振った。


「いいえ、もう終わったことですから。

 私は院長です。

 ここの子供たちが好きなんです。

 あした一緒に舞台に立てるだけでも贅沢すぎるほどです」


「私も手伝いますよ」


「いえ、お気持ちだけで結構ですから

 ゆっくり休んでください。

 当日に体調を壊したら苦労が水の泡ですから、ね?」


院長は子供に言い聞かせるような

やわらかな声で言った。


「わかり…ました、ではまた明日

 よろしくお願いします」


「ええこちらこそ、お休みなさい」


妹は食堂を辞して寝室に戻った。

会場はどんな所なのか、きちんと演技が出来るだろうか

どんな反応が帰ってくるのだろうか。

期待と不安を胸に妹は床についた。




院長は録音の作業を終えると

厨房のそばに置かれたダンボールを開いた。

中にはたくさんのリンゴが敷き詰められていた。

院長は震える手でその一つを取った。




発表当日の朝食には

こんがりと焼けたトーストとウインナー、

さらにスクランブルエッグに野菜サラダ、 

そして綺麗に切られたリンゴがボウルの中に山と盛られて供された。


「いやー、実家がリンゴ農家なんですけど

 劇で使うから分けてほしいと電話したら

 お父さんがこんな大量に送ってきちゃって…

 もったいないからみんなで好きなだけ食べちゃってください。

 ええ、我が家の特製の…リンゴです」


全員で舌鼓を打った後

一路会場へと足を運んだ。

道中で一台の車が近づいてきた。


「またたび総合商社社長本人が

 本日夜7時より、市民病院前で演説を行います。

 ご興味のある方は奮ってご参加ください!」


選挙カーがノイズ混じりの大音響で

彼の来演を告げて通り過ぎていった。

妹は気にかかったが、今は劇のことに集中しようと強く念じた。


会場の市民ホールは多くの観客で賑わっていた。

これだけの人数の前で演技をするのかと思うと

妹は胃がキリリと痛んだ。


始まるまでの時間に

先に運んでおいた荷物を解いて

衣装に着替えたり、

舞台上に小道具、大道具を揃えたりして

急いで劇の準備を進める。

開演時刻が迫る。

舞台の袖でドレス姿の妹はそわそわと落ち着かなくなってきた。


「おねえちゃん、力を抜こう」


可愛らしい衣装に身を包んだ少女が

妹を気遣った。


「抜けたらいいんだけどねえ…」


男装した院長が妹の肩に手をおいた。


「この子の言うとおりですよ。

 あれだけ頑張ったんですから

 本番はリラックスして

 楽しむくらいの気持ちでいきましょう」


「はい、ありがとうございます」


院長の優しい声に

妹の気持ちは穏やかになった。


舞台袖にたたずむ面々に微笑むと

妹は暗闇の中に浮かぶ椅子に座った。


幕が上がる。

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