【後日談】①エリック
ざまぁ、なし。
「エリック様、本日は領地を見回りに参ります」
執事のアルベルトが、顔を合わせるなり、そう言った。
まだ朝の七時だ。昨日は学校に提出するレポートを仕上げていて、寝るのが遅かった。いつもなら、もう一眠りしているところだ。
「昨夜は課題で寝るのが遅かったんだよ。また今度にしてくれないか?」
「あなた様の務めは、領地をきちんと治めることです。後回しにして、何かあったら、どうなさるおつもりですか?」
「大きな問題なんて、そうそう起こらないだろ」
「もうすぐ雨季になります。河川の状況を確認し、領地の現状を把握する必要がございます。それに、本日は午後から商会代表者との会合もございます」
ーー眠くてしかたない。そんなの来週でも良いじゃないか?
領主の跡継ぎとして学ぶべきことがあるのは分かっている。けれど、今の僕には、そんなことより睡眠の方が大切だった。
「来週にしてくれ。とにかく今日は休みたい」
そう言って朝食を済ませ、寝室に戻ろうとしたところ、
「……エミリア様は、何があっても仕事を後回しになどなさいませんでした。次期領主としての自覚はおありですか?」
とアルベルトに背後から言われた。
僕は腹立ちまぎれに、大きな音を立ててドアを閉めた。
「エミリア、エミリア、エミリア!」
部屋に戻ると頭を掻きむしり、近くにあった花瓶を床に向かって投げつけた。
「もうたくさんだ!」
毎日毎日、学園の勉強と課題、帰宅してからは家の執務に追われて休む暇もない。
僕は疲れていた。
「姉さん、助けてよ……」
姉エミリアは卒業と同時に家を出ていった。
姉に、自分を仲間外れにしていたことを指摘されてから、僕は昼間に高等部へ顔を出さなくなった。みんなで集まって遊ぶことも、自然となくなっていった。
ーー行っても、愚痴大会だもんね。最後の方は罵り合いばかりだったな。
姉を仲間外れにして、姉の悪口を言い合うことで成り立っていた関係だったのかもしれない。
マイクは猥談を口にし、ローラは姉を見下す。アンナはそれを面白がって笑っていた。姉の婚約者であるビクターも、姉を仲間外れにしたまま、みんなと楽しそうに過ごしていた。僕も、その輪の中で笑っていた。
僕はみんなに合わせていた。いや、姉がいない方がうるさくなくていい、とさえ思っていた。
それに、姉を庇ったりすると、中等部の僕はみんなからはみ出てしまう。
ーーいきがってたんだ。
クラスメイトより先輩たちと話が合うんだぞ、僕のほうが大人なんだと、見せつけたかったのかもしれない……。
ーー馬鹿なことをしちゃったな。
後悔ばかりが胸に込み上げてくる。
姉は僕と同じ年頃には、すでに領主代行を務めていた。父が倒れる前から、その補佐もしていたのだ。
学業に領地の仕事。その合間には婚約者との茶会や、友人たちとの歓談までこなしていた。
どれほど忙しくても、よほどのことがない限り、姉はみんなとの約束を守っていた。
ふと、幼い頃の記憶が蘇った。
「お誕生日おめでとう、エリック。エリックがいるから私は頑張れるのよ。生まれてきてくれてありがとう」
僕が生まれてすぐ、母は亡くなった。
姉は僕と四つしか違わないのに、母を知らない僕のために、子守唄を歌ってくれたり、絵本を読んでくれたりしてた。
「エリック、お姉ちゃんがいるからね!誰かにいじめられたら、すぐにお姉ちゃんに言うのよ。相手のおうちに殴り込みに行くからね!」
当たり前だと思ってた。
姉が僕の面倒を見るのは当たり前で、領地の仕事も姉なんだから、やるのが当たり前だと思っていた。
「お姉ちゃん……ごめんなさい」
父から、姉がもうすぐ侯爵家へお嫁入りすると聞いた。
守ってくれた人はもういない。
そして遠くへ行ってしまう。
僕は着替えると、アルベルトの元へ向かった。
割れた花瓶は召使いに頼まず、自分で片付けた。
続きます。感想を元に先にエリックにしました。
お読み頂き、ありがとうございます。(-人-)




