タイトル未定2026/10/25 21:52
短編ですが、後日談があるため、連載版としました。
あと二、三話続きます。m(_ _)m
「先に行って待ってるよ」
そう言って私の婚約者ビクターは教室を出ていった。
「ええ。あと10分はかかりそうだから、みんなにも遅れるって伝えてね」
私は先生に頼まれたプリントをセットしていた。
手伝ってくれたら早く終わるのにな、と思いながら、彼は自分の仕事ではないとばかりに、仲間の待つ中庭へ行ってしまった。
「これでセット完了ね。思ったより早く終わったわね」
頼まれていたプリントをセットし終えると、教壇の上に置き、私は急いで中庭へと向かった。
ーー仲間が何と自分のことを言ってるのかも知らずに。
「エミリアは?」
「遅れてくるってさ」
「いっそ来なけりゃいいのにな」
「あいつ来ると、空気悪くなるもんな」
ビクターの姿が見えたところで声をかけようとしたら、そんな会話が聞こえた。
ーーえ?私のこと?
「そうよね。空気読めないものね〜」
マイクが言えば、そうローラが同調した。
ビクターは、そんな二人の言葉を聞いても、特に反論はしなかった。
私を含めた六人で、よく昼休みを一緒に過ごしていた。
メンバーは、婚約者のビクター、その妹で二つ年下のアンナ、私の親友ローラ、ビクターの友人マイク、そして四つ年下の実弟エリックだった。
エリックは中等部に通っていて、昼休みには時折、私たちのところへ顔を出していた。
私は入ることができずに、立ち止まってしまった。
「またいつものように先生に頼まれたんじゃない?あの子、いいカッコしいだからね」
そう言ったのはローラ。
エリックはというと、にやにや笑っているだけだった。
「それより、ね!町に新しいカフェできたじゃない? 今度、みんなで行かない?」
「行く行く」
アンナが言い、それにエリックが嬉しそうに賛同する。
「今週末はどう?」
「エミリアは確か仕事で忙しくしてるから、来ないと思うわ」
「まあ、エミリアは忙しいからな。無理に誘わなくてもいいだろ」
まるで、それが当然だと言わんばかりの口調だった。
マイクが日程を提案し、ローラが私の不在を予想する。ビクターも誘わなくていいと言い、アンナとエリックもそれにうなずいた。
「うん、姉さんは週末は領地巡りしなきゃだから来ないよ。いると、うるさいもんね」
私の母は、弟を産んでしばらくして亡くなった。
父は三年前に倒れ、それからは私が領地経営に携わっている。
弟は私が育てたようなものだ。母がいなくても寂しい思いをさせないよう、気を配って面倒を見ていた……つもりだった。
そんな弟が、陰では私を疎ましく思っていた。
ーーうるさい、って思われてたんだ。
ローラだって、いつも頑張ってるねと、私を励ましてくれていたのに。
ーー嘘だったんだ。
ふと、ビクターを見る。
ビクターは次になんて答えるんだろうと思った。
ーーやっぱりエミリアも誘おう、っていってくれないかな。
私は、ビクターが私を愛していないとは思いたくなかった。
「じゃあ週末、噴水広場に十時集合な。エミリアは抜きで」
ビクターは笑いながら答えた。
みんなの楽しそうな声が響いて、
私はもう彼らの中に入ることができず、教室へと引き返した。
放課後、ビクターに昼間に来なかった訳を聞かれたけど、私は頼まれ物が終わらなくてと誤魔化した。
ショックだった。
わたしが何をしたというの?
なぜ仲間はずれ?
いつから?
あんなふうに思われていたの?
部屋に入ると、鞄を放り投げ、ベッドに制服のまま寝転んだ。
我慢して抑えていた涙が後から後からこぼれる。
泣くだけ泣いたら、私は服を着替え、執務室へと向かった。
領地に関する書類を捌かなくてはならない。
家族のため、弟のため、領地経営を上手く回して、やがては彼に引き継がせようとしていた。
でも、今は何のために頑張らなきゃいけないのか、わからない。
私も何も考えたくなくて、仕事に没頭した。
週末、体調が悪くなって、領地巡りどころではなくなった。
エリックは心配そうな振りをしながらも、用事があると言って出かけ、夕方まで帰ってこなかった。
ーーカフェへ行くのね。……私を置いて。
なぜ私は誘われなかった?
なぜ私を誘おうとしなかった?
具合の悪さもあいまって、嫌なことばかり考えてしまう。
また今日も泣きながら寝てしまった。
仲間に理由を聞くこともできず、悶々とした日々を過ごしていた。そんななか、エリックの誕生日が来週に迫ってきた。
「姉さん、今度の僕の誕生日だけど、ビクター様の家が懇意にしている、ちょっとおしゃれなレストランがあるんだ。そこを貸し切って誕生会をしたいんだけど」
「それはビクター様に聞いてみないとわからないわよ」
「もう返事は貰ってるよ。オッケーだって」
「……いつから、そんなにビクター様と仲良くなったの?」
「え、……だって、将来は義兄になる人だろ、仲良くなるよ」
ビクターと私が会うのは、いつも彼の屋敷だった。エリックは時折、お昼に高等部まで来るくらい。その中で私を通さずにどうやって、店の貸切を頼むほど仲良くなれるというのだろう。
きっと何度も会ってたのね。
ーー私抜きで。
「みんなも来るんだよ。姉さんも来てね」
すべてが私抜きで集まるばかりじゃない。
誰かの誕生日とか、誰かの祝事とか、一ヶ月に一度くらいは呼ばれてる。
ーーだから、気付かなかった。たまにだということに。
思い返せば、私の誕生日もそうだった。
当日はみんな忙しいと言い、ビクターもローラも来てくれなかった。翌日になっても、誰一人お祝いの言葉を口にしなかった。
あのときは、みんな忙しいのだから仕方ないと思っていた。
けれど、今になって考えると――。
みんなが同じ日に用事を断っていたのは、私を抜きにして集まるためだったのだろうか。
みんなが忙しいと言って断ってくる日は、いつも同じだった。
ーー集まって、どこかへみんなで遊びに行ってたのかな?と疑ってしまう。
ーー誕生日おめでとう、って言いたくないくらい、私は嫌われてたのかな…。
鬱々としている自分が嫌いになりそうだった。
そして、弟の誕生会が行われる日。
私ははっきりさせようと思って、みんなが帰ったあと、ビクターとエリックには残ってもらった。
マイクはビクターの友達だから、
アンナはビクターの妹だから、
ローラは私の親友だと思ってたけど親友ではなかったようだから、
この三人に対しては諦めた、というか、もう嫌われたままでいいや、と思った。
だけど、ビクターは私の婚約者で将来は家族になる人、エリックは私が育てた私の弟。
理由を聞こうと思った。
「改まって話って何?」
「家で話せばいい事じゃないの、姉さん?」
ビクターは苦笑い、エリックは何を言われるのかと少しおどおどしてる。
「……ねぇ、私だけを除け者にしてる理由は何?」と切り出した。
「知ってるのよ、私抜きでみんなで集まって遊んでるってことを」
「それはエミリアがいつも忙しそうにしてるからだよ」
「姉さんはいつも忙しいじゃないか」
二人は、さも当然のことのように言った。
「私が忙しいことと、誘わないことは別でしょう?」
「でも、姉さんが来ると、いろいろ細かいことを言うじゃないか。せっかくみんなで楽しんでるのにさ」
悪びれた様子もなく、エリックは肩をすくめた。
私が領地の仕事をしていることも、家のことを切り盛りしていることも、彼にとっては当たり前だったのだろう。
姉なのだから、やって当然。
自分が何不自由なく暮らせている理由など、考えたこともなかったのかもしれない。
「みんなエミリアに気を遣って誘ってないだけだよ」
「……陰で私の悪口を言うのも?」
ガチャン!
足元でグラスが砕け散った。
ビクターが、私の足元に向かってグラスを投げつけたのだ。
「そういうところだよ。いつも自分が正しいことを言ってるみたいな、偉そうなところ」
彼は溜め息を吐きながら、私を睨みつけた。
足元で砕け散ったグラスは、彼の怒りを十分すぎるほど物語っていた。
彼は昔から、怒りを抑えきれなくなると物に当たることがあった。
私は、そのたびに仕方がないと思っていた。
――今まで、そうやって彼を許してきたのだ。
「そうだよ、姉さん。グループの雰囲気を悪くしてるんだよ」
「私が何をしたというの?」
「三年前、マイクが冗談を言ったろ?それにエミリアは正論とばかりにたしなめて、さっさと帰っていった。あのあと気まずくなって、みんな君が言い過ぎだと思ったんだよ。…そこから外すようにした」
ーー三年前?マイクの冗談?
一度、マイクが下品なことを言い、淑女として見過ごせないから注意したことがあった。
「殿方としての品格を疑うわ。他の方の容姿をあげつらい、そのような下劣な話に興じるなど、まるで市場の酔っ払いのようよ」
聞くに堪えない内容だったので、私はそう彼をたしなめた。
ーーたったそれだけのことで、三年も除け者にされていたの?
「それだけで?……エリックも私を裏で笑っていたのね」
実の弟も私の味方ではなかった。
「ち、違うよ、ビクター様が言い出して、僕は逆らえなかっただけなんだ。僕も姉さんのように仲間はずれにされたくなかっただけなんだよ!」
これまで、弟が困らないようにと先回りして世話を焼いてきた。領地経営を学ばせ、いずれは家を継げるようにと考えていた。
けれど、弟は私の苦労など知ろうともしなかった。
感謝の言葉が欲しかったわけではない。ただ、私がしてきたことを、少しでも理解してくれていると思っていた。
それすら、私の思い込みだったのだ。
私は、もう弟の世話を焼く気にはなれなかった。
「ビクター様は……私を率先して外してたのね」
「……だってエミリアは逆らってばかりで、みんなに合わせようとしないじゃないか。もっと空気を読んでほしかったよ」
婚約者だった。
十年もの間、仲良くしてきたと思っていたのに。
いずれ家族になる人として、愛情も抱いていた。
なのに、彼は私を大切に思っていたわけではなかった。
ーー誕生日プレゼント一つ、お祝いの言葉一つ、くれなかった人だものね。
それでも小さな頃は花束を貰ってたなと思い出した。
伯爵家の庭に咲く綺麗な薔薇を、指を傷だらけにしながら取ってくれたっけ。
棘も抜いてくれてたよね。
でも、その棘が彼にとっては今の私なのかもしれない。
ーー学園を卒業したら、婚約は解消して、私は家を出よう。
唐突にそう思った。
領地の仕事からも、弟の世話からも離れ、自分の力で生きていく。
私がいつまでも手を差し伸べていては、弟は何も学ばないだろう。
それは父のためにも、家のためにもならない。
父のことだけは、放っておけなかった。
執事には、父に十分な看護を受けさせるよう頼み、そして弟をこれからは自分の力で家を支えられるよう、厳しく指導してほしいと伝えよう。
そう決めたとき、胸の奥に残っていた重苦しさが、ほんの少しだけ薄れた気がした。
そして、卒業前にビクターとの婚約は解消した。
伯爵家同士の婚約で、政略的なしがらみもなかったため、解消は難しくなかった。
あとから聞いた話だが、あのグループは互いに罵りあいながら、自然消滅したということだ。
彼らは、私を笑いものにすることで結束していたのかもしれない。
私という共通の話題がなくなれば、彼らをつなぎとめるものもなくなる。
そういうことだったのだろう。
今、私は高等部の時のクラスメイトと付き合ってる。
職場も同じで、彼はビクターとその仲間たちが私と決裂した理由を知り、当時から気になっていたと声を掛けてきた。
「エミリア、誕生日おめでとう。午後からパーティするって覚えてるかい?」
「はい。ありがとう、ヘルマン」
「妹のマリーや君の友達のキャサリンやミシェルも祝いたいと来るからね」
「みんなも来られるの?午後が楽しみですわ」
彼はどんな時も私を誘い、除け者にはしない。
もうすぐ侯爵家へ嫁入りする。
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