↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
4/6

[第4話] あの頃の俺たち

東京に着いたのは、昼を過ぎたころだった。

雪乃の家は、駅から少し歩いたところにあるマンションだった。

「ここが今の家か」

「うん」

「へえ……」

玄関を抜けて部屋に入る。

一人で暮らすには十分な広さだった。

白を基調にした家具に、窓際には小さな観葉植物が置かれている。

棚には何冊か本が並び、テーブルの上には読みかけの文庫本が一冊あった。

いかにも雪乃らしい部屋だと思った。

「適当に座ってていいよ」

「おう」

俺はソファに腰を下ろした。

雪乃は荷物を置いてから、俺の向かいに座った。

「なんか、不思議だね」

「何が?」

「なぎくんが家にいること」

「俺も不思議だよ。まさか死んでから、お前の家に来ることになるとは思わなかった」

「それはそうだね」

雪乃は部屋を見回したあと、俺に視線を戻した。

「でも、こうして話せるのはうれしいよ」

「……そうか?」

「うん」

素直にそう言われると、なんて返せばいいのか分からなくなる。

俺たちは中学を卒業してから、ほとんど連絡を取っていなかった。

それが、10年以上たって、こんな形で一緒にいる。

普通に考えれば、ありえない話だ。

「なあ、雪乃」

「何?」

「中学のころのこと、覚えてる?」

「覚えてるよ。忘れるわけないでしょ」

「……まあ、そうだよな」

俺たちが付き合い始めたのは、中学3年の5月だった。

当時の俺は、雪乃と付き合えたことがうれしかった。

けれど、今思えば、彼氏としては全然なっていなかった。

雪乃と付き合っているのに、ほかの女子とふざけたり、必要以上に話しかけたりしていた。

別に浮気をするつもりがあったわけじゃない。

ただ、深く考えていなかった。

雪乃がどう思うかなんて、まともに考えたこともなかった。

「……俺、あのころ結構ひどかったよな」

雪乃はすぐには答えなかった。

「そうだね」

「否定しないんだな」

「だって、本当のことだから」

「……そりゃそうか」

自分で聞いておいて、否定してほしかったのかもしれない。

我ながら勝手な話だ。

「ほかの女子とよく話してたよね」

「うん」

「私と一緒にいるときも」

「……うん」

覚えている。

雪乃が隣にいるのに、別の女子に話しかけられればそっちを向いていた。

雪乃が何も言わなかったから、気にしていないんだと思っていた。

いや、そう思いたかっただけなのかもしれない。

「私、あのころ何も言わなかったから」

雪乃が口を開いた。

「なぎくんは、気にしてないと思ってたんじゃない?」

「……思ってた」

「そっか」

責めるような口調ではなかった。

だからこそ、余計に何も言えなかった。

「ごめんな」

口にしたのは、それだけだった。

10年以上も前のことだ。

今さら謝ったところで、何かが変わるわけじゃない。

それでも、言わないままでいるのは違う気がした。

「うん」

雪乃はうなずいた。

「謝ってくれて、ありがとう」

「……怒ってないのか?」

「怒ってないわけじゃないよ。昔のことだから、今はもう気持ちも違うけど」

「そりゃ、そうだよな」

雪乃の気持ちが、当時から変わっていないなんて思っていない。

俺たちは別々の時間を過ごしてきた。

その間に、考え方も、性格も、きっといろいろ変わったはずだ。

俺だって、昔の自分を思い返すと嫌になることがある。

「でも、こうして話せてよかった」

雪乃はそう言った。

「何も話さないままだったら、たぶん、ずっと昔のままだったと思うから」

「昔のまま?」

「うん。お互い、相手が何を考えていたのか知らないまま」

俺は黙って雪乃を見た。

確かに、そうかもしれない。

俺は、雪乃が何を考えていたのか知らなかった。

そして、知ろうともしなかった。

付き合っていたのに、相手の気持ちをちゃんと考えたことがなかった。

「……俺、ほんと何も考えてなかったんだな」

「今は考えてるんでしょ?」

「まあ、死んでからだけどな」

「そうだね」

雪乃が笑った。

俺もつられて笑いそうになったが、すぐに口を閉じた。

死んでから気づいたところで、遅いことだってある。

俺たちが、もう一度やり直せるわけじゃない。

そもそも、雪乃が俺とやり直したいと思っているかどうかすら分からない。

俺はただ、今こうして隣にいられる時間を大事にしたいと思った。

「なあ、雪乃」

「ん?」

「これからも、昔の話とかしていいか?」

「もちろん」

雪乃は迷わず答えた。

「私も、なぎくんの知らない話をたくさんしたいし」

「……そっか」

知らない話。

これから聞ける話。

俺が生きていたころには聞けなかったことを、今から少しずつ知っていけるのかもしれない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。