[第3話] もう少し、君といたい
葬儀が終わった。
参列していた人たちが、少しずつ帰っていく。
慎一も帰り際に俺の方を見たが、何も言わずに会場を出ていった。
最後まで残っていた雪乃も、両親と一緒に帰ろうとしていた。
そのとき、雪乃がふと振り返った。
目が合う。
「……なぎくん」
「ん?」
「どうするの?」
「どうするって?」
「このあと。行くところ、あるの?」
そう聞かれて、俺は答えに詰まった。
行くところなんてない。
そもそも、死んだ人間がどこへ行けばいいのかも分からない。
「……別に、ないけど」
「だったら、うちに来る?」
「え?」
「私の実家。ここにいても仕方ないでしょ?」
雪乃の両親には、当然のように俺の姿が見えていない。
雪乃が誰もいない場所に向かって話しているように見えているはずだ。
「いや、いいのかよ。俺なんか連れて帰って」
「今のところ、私にしか見えてないんだから、大丈夫でしょ?」
「……お前がいいなら、いいけど」
「うん。じゃあ、行こう」
雪乃は両親のもとへ戻った。
俺も、そのあとをついていく。
駐車場に着くと、雪乃の父親が車の鍵を開けた。
雪乃が後部座席のドアを開け、俺の方を見た。
「なぎくん、乗って」
「……はいはい」
俺は車に乗り込んだ。
死んでいるのに、こうして車に乗っているのも変な話だ。
けれど、今はそんなことを気にしている場合じゃなかった。
車が走り出す。
雪乃の両親は前の席で話をしていた。
雪乃は窓の外を眺めている。
俺たちの間に、会話はなかった。
10年以上も会っていなかったんだ。
何を話せばいいのか、分からなくても仕方ない。
やがて車は、雪乃の実家に着いた。
雪乃の両親が先に家へ入り、雪乃もそのあとに続く。
俺も雪乃についていき、彼女の部屋に入った。
部屋の中は静かだった。
雪乃は荷物を置くと、ベッドの端に腰を下ろした。
「……疲れた?」
「まあ、そりゃな」
「そっか」
雪乃は俺の顔を見た。
「なぎくん、変わらないなって思った」
「そうか? 10年以上会ってなかったんだぞ」
「うん。でも、話してると昔のまま」
「雪乃は……どうなんだろうな」
口にしてから、気づいた。
俺は、今の雪乃のことをほとんど知らない。
中学を卒業してから、どこで何をしていたのか。
どんな生活を送ってきたのか。
どんな人と出会って、何を考えてきたのか。
何も知らない。
SNSでつながり直したところで、結局、俺たちは何も話していなかった。
「……俺、お前のこと全然知らないんだな」
「そうだね」
雪乃は否定しなかった。
「これから、少しずつ話せばいいんじゃない?」
「……そうだな」
そんなことを言われるとは思っていなかった。
俺はもう死んでいる。
雪乃とこれから何年も一緒に過ごせるわけじゃないのかもしれない。
それでも、今はもう少しだけ、こいつと話していたかった。
その日は、昔のことや、俺たちが知らない間に過ぎていった時間のことを話した。
気づけば、窓の外は暗くなっていた。
翌朝。
雪乃が身支度を終えたころ、俺は彼女に声をかけられた。
「なぎくん、私、今日の午後に東京へ帰るね」
「東京?」
「うん。今は都内に住んでるから。明日から仕事もあるし」
「ああ、そうか」
雪乃はこの家にずっといるわけじゃない。
当然のことなのに、そう聞いた瞬間、胸の奥が妙に落ち着かなくなった。
東京に帰ったら、また1人だ。
いや、そもそも俺は死んでいるんだから、1人も何もないんだけど。
「……なあ、雪乃」
「ん?」
「俺も、一緒に行っていいか?」
言ってから、自分でも驚いた。
こんなことを頼むつもりはなかった。
雪乃に迷惑をかけるかもしれないし、そもそも俺がついていく理由だって、ちゃんと説明できない。
それでも、離れたくなかった。
「……いいの?」
雪乃が聞き返す。
「いや、いいのっていうか……俺が聞いてんだけど」
「ふふっ。そうだね」
雪乃は少し考えてから、うなずいた。
「いいよ。一緒に行こう、なぎくん」
「……ありがとな」
たったそれだけの返事なのに、妙にほっとした。
こうして俺は、雪乃と一緒に東京へ行くことになった。




