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[第2話] 見えている

雪乃は、俺を見つめていた。

目が合ったまま、動かない。

俺も動けなかった。

ーーなんで。

俺のことなんて、誰にも見えていないはずだった。

家に帰っても、家族には見えていなかった。

病院でも、葬儀場でも、誰一人として俺に気づかなかった。

なのに。

俺はゆっくりと、自分の後ろを振り返った。

誰かいるのかと思った。

もう1度、雪乃を見る。

やっぱり、俺を見ていた。

「.....雪乃?」

声をかける。

雪乃の目が、少しだけ大きく開いた。

そして、ゆっくりと立ち上がった。

雪乃は何も言わず、会場の外へ歩いて行った。

俺も、その後を追った。

廊下に出る。

俺が近づくと、ゆっくり振り返る。

誰もいない廊下。

俺と雪乃しかいなかった。

「.....ねえ」

雪乃が口を開いた。

声が震えている。

「.....そこにいるの?」

俺は何も言えなかった。

本当に、俺のことが見えている。

自分でも、何を聞けばいいのかわからなかった。

でも、1番聞きたかったことを口にした。

「.....俺のこと、見えてる?」

雪乃はしばらく黙っていた。

そして、小さく頷いた。

「.....見えてるよ」

「.....マジか」

思わず笑ってしまう。

「なんで?」

雪乃が俺を見る。

「なんで、私に見えるのかは分からない」

「.....そっか」

「でも、さっきからずっといたよね」

「.....いた」

「私のこと、見てた?」

「見てた」

「.....ずっと?」

「まあ.....」

俺は少しだけ目を逸らした。

「雪乃がいるかなって思って」

雪乃が黙る。

また、目に涙が浮かんだ。

「なんで泣くんだよ」

そういうと、雪乃は俯いた。

「だって.....」

そこで言葉が止まる。

「.....亡くなったって聞いたから」

「.....そりゃそうだよな。俺、死んじゃったわ~」

当たり前のことだった。

俺は死んだ。

昨日まで普通に生きていたのに。

今日、葬式をしている。

それを知ったら、泣く人もいる。

ましてや、昔付き合っていた相手なら。

「ごめん」

俺がそういうと、雪乃が顔を上げた。

「なんで謝るの?」

「いや、なんとなく」

「.....変なの」

雪乃が少しだけ笑った。

その笑顔を見て、俺も少しだけ笑った。

10年以上ぶりだった。

ちゃんと顔を見て話すのは。

付き合っていた頃は、毎日のように会っていた。

学校で話して。

一緒に帰って。

くだらないことで笑って。

それが当たり前だった。

でも、卒業してからは1度も会っていない。

SNSで繋がったのも、つい最近だった。

相互フォローになっただけ。

メッセージは1度も送っていない。

「そういやさ.....」

俺が言うと、雪乃が俺を見る。

「フォロー返してくれてありがとうな」

「.....うん」

「いや、返してくれないかなって思ってた」

「.....なんで?」

俺は少し考えた。

「嫌われてるかもしれないし」

「嫌ってないよ」

「そっか」

「俺、メッセージ送ろうか迷ってた」

雪乃はなにも言わない。

「でも、今さら何話せばいいのかわからなくて」

「.....私も」

「え?」

雪乃が小さく笑った。

「私も、送ろうか迷ってた」

「マジで!?」

「うん」

「なんで送らなかったんだよ」

「.....今さら、って思ったから」

その言葉を聞いて、俺は何も言えなくなった。

同じだった。

今更。

10年以上も経っている。

今さら連絡しても、何を話せばいいのか分からない。

そうやって、お互いに何もしなかった。

「そっか」

俺は小さく呟いた。

もし。

もし昨日、連絡していたら。

何か変わっていたのだろうか。

そんなことを考えてしまう。

「ねえ、なぎ君」

「ん?」

「昔のこと、覚えてる?」

「そりゃ覚えてるよ」

「.....そう」

雪乃は少しだけ笑った。

でも、その笑顔はどこか寂しそうだった。

「私も、結構覚えてる」

「何を?」

「いろいろ」

「いろいろってなんだよ」

「.....秘密」

そう言って、雪乃はまた笑った。

その顔を見ていると、中学生の頃を思い出す。

俺は何も考えず、その笑顔を見ていた。

当たり前だと思っていた。

ずっと続くと思っていた。

でも、続かなかった。

ちゃんと別れたわけでもない。

最後に「さよなら」と言ったわけでもない。

ただ、少しずつ話さなくなった。

気づけば、連絡もしなくなった。

それだけだった。

「なぁ」

「ん?」

「俺たちってさ」

言いかけて、やめた。

雪乃が首を傾げる。

「何?」

「いや、なんでもない」

今聞くことじゃない気がした。

俺たちがどうして離れたのか。

本当は、ずっと気になっていた。

でも今は、まだ聞けなかった。

「.....戻ろうか」

雪乃が言った。

「ああ」

俺たちは並んで歩き出した。

昔みたいに。

.....いや

昔とは違う。

俺はもう、生きていない。

そして雪乃だけが、俺を見ることができる。

会場へ戻る途中、雪乃がふと立ち止まった。

「ねえ」

「ん?」

「これから、どうするの?」

俺は答えられなかった。

俺自身も、それを考えたことがなかった。

死んだあと、どうなるのか。

いつまでここにいられるのか。

なぜ雪乃にだけ見えるのか。

何も分からない。

ただ1つだけわかっていることがある。

俺は死んだ。

そしてーー

死んだあとに、雪乃と再び会った。

「わかんねぇ」

俺がそう答えると、雪乃は笑った。

「そっか」

その顔を見て、俺は思った。

まだ、話したい。

10年以上話していなかった分だけ。

もっと。

もっと、雪乃と話したい。

そう思った。

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