4.芽吹いた先
王宮にて大会議が開かれることになったのは、茶会から1か月半を経過した頃だった。
塩の流通が乱れ、王都の民の不満が高まる中で、王都を離れる民が出始める頃には原因も民の耳に入っていた。
我が家を批判する民もいるが、概ね、王家に敵意が向き、貴族はすでに王家を見放している。
「この期に及んで、わたくしの女侯爵としての継承を認めるという返答ですか」
「王弟殿下からは謝罪とともに、彼の子ども達も含め、継承権を放棄するそうだ。ただ、出来ることならアイシアの子どもと自分の孫を縁付かせたいそうだよ」
「わかりました。では、参りましょう」
家の前には、100人ほどの騎士が整列している。
軍部の王家への見切りは早かった。
討伐軍を編成することを許さず、我が家の兵として派遣してきた。
「アイシア嬢。辺境伯家から、50人ほど見繕ってきた。使ってくれ」
「アルフ。返事は届きましたの?」
「いや。まだだが、俺の判断だ。親父たちも文句は言わないはずだ」
自らも剣を腰に佩いて騎士のように振舞うアルフに微笑みを返す。
もし、何事もなく、彼との婚約が結ばれていたら――穏やかに侯爵家を繁栄する未来があった。
今、選んだ道は険しく、先が見えない孤独な道。
隣に立つのは気を抜けない、帝国の利を求めるクアルト。
それでも、走り出したのだから止まることは出来ない。
「アイシア嬢。同じく50人。辺境伯家と数は合わせたが、精鋭ばかりだ」
ブライス将軍も鎧を身に着け、馬に乗ったまま近づいて来た。
軍部を支える将軍はわたくしに対して臣下の礼をとった。
「よろしいのですか?」
「何度も伝えたが、王子を放置した結果だ。傷ついた子どもの我儘だと許してはならなかった――国を統べる者として」
「ええ、そうですわね」
護衛する騎士達に護られ、王城へと入る。
王城の中に入っても、誰も止める者がいない。
父と母、わたくしに向かって敬礼をする騎士達の統制は先導する将軍が握っている。
重々しい警備のまま王城の大会議室に入る。
その中央には大きな机が一つ。
周囲の傍聴席には主だった貴族の当主たちが座っていた。
「皆、よく集まってくれた。グランヴェル侯爵との和解を見届けてほしい」
議長席には王。その横に王妃とフォリス殿下。
右側にフォリス殿下の婚約者である公爵令嬢とその両親。
フォリス殿下の側近の侯爵子息とその父である宰相と宰相夫人。
イルシオとその父。
メアリーとその両親。
わたくしと両親は彼らとは反対側の席に座った。
そして、クアルト殿下が議長席の正面に座り、その後ろには護衛としてブライス将軍が立っている。
茶会の参加者は他にもいたが、本人もその親も姿はない。
「それでは、始めよう」
「では、僕から発言させてもらおう」
王が始めようと言い、宰相がなにかを発言しようとした瞬間、クアルト殿下が遮った。
「帝国が納得できる和解案ではなかったね。残念だ」
「クアルト殿下、これは王家とグランヴェル家の問題であって」
「なるほど。まだ、そんな認識だったのか。愚鈍だね――帝国の血脈を虚仮にした王家を帝国が許すと思ったのかい?」
にこにこと微笑みながら、机に置いた書面。
「選ぶといい。玉座を空けるか、全てを燃やし尽くすか」
皇帝の玉璽が押された証書。
その中身を見た瞬間に、宰相は膝から崩れ落ちた。
「どうしたのだ、宰相!?」
「なっ……なぜっ」
「わからないから、愚鈍なんだよ」
現王がその玉座に座り続けるならば、宣戦布告する。
短く書かれた内容。それを見た公爵が青ざめ、父の前で跪いた。
王が驚愕した表情を浮かべる。
ここまでの大事になり、イルシオとの婚約破棄を認めるだけで済むはずがないのに、譲位を想定していなかったようだ。
「グランヴェル夫人は我が国の帝位継承権十位だ。その娘も十六位と上位者。その家を騎士の子どもと平民の恋人に乗っ取らせると発言した王子。諫めなかった側近およびその婚約者。なぜ、帝国が許すと思った?」
クアルト殿下の微笑む姿は天使のようだが、相手には悪魔として映るだろう。
帝国の胸三寸、吹けば飛ぶような脆弱な国。
帝国を怒らせた結果、滅亡の危機に瀕している。
「申し訳ない。行き違いがあったようで」
「それで? 返答は?」
「ま、まってくれ。本当に、そこまでとは……戦争も譲位も到底認められない」
「全てを根絶やしにするよりは優しいつもりだけどね」
王が慌てて取りなそうとする。
帝国を怒らせて何もないでは、周辺国から嘗められる。
穏健な統治に切り替えたからこそ、なすべきときには動く。
クアルト殿下がわたくしに向き直ったため、発言の許可を求めてから、王に対し発言する。
「自分を養子にして爵位を寄こせと、イルシオ・グランヴェルは発言しました。わたくしは、『新しい家を興すならば、その土地は王家が用意するべきです』と。フォリス殿下のお答えが『爵位を新しく与えることはできるが、土地は用意できないからね。私の命を救ってくれた彼らのために、グランヴェル家も理解してほしい』でした。これに対し、側近の方達も、その婚約者の方達も誰一人止めることはありませんでした」
わたくしの発言にフォリス殿下は目を逸らした。
こんなに大事になると思わなかったとその表情が物語っている。
夜会でも同じようなことをしたが、その場では大事にはならなかったせいだろう。
がたっと音がした方を向くと、宰相が赤い顔をして息子を殴り、踏みつけた後、そのまま90度まで頭を下げた。
どうやら茶会での正式な発言も把握していない。
イルシオの発言を切り取って、貴族間で噂として広まったが王子の言動は知られていなかった。
「どうぞ、この者の首をお持ちください。必要であれば、私と妻の首も差し出す所存です」
「なっ、父上っ!?」
「黙れ! 貴様の一言で、我が国が焦土となるのか決まるのだぞ!」
流石は宰相。帝国と戦えばどうなるのかを、理解している。
国の最高戦力であるブライス将軍がこちらについていることも大きいだろう。
国王と王妃はどうすればいいかと戸惑っている。
「国王陛下。今、何をすべきか、わからないならばその席を譲っていただきたい」
父が王に向かって発言をすると、会議を見守る貴族達が頷いた。
すでに父が王となることは貴族から承認されている。
「なっ、何を言うのだ! たとえ、血が繋がっているとはいえ、そなたは傍系だ!」
「はい。先王の姉の子、それが私です。貴方とは従兄弟です。イルシオ・グランヴェルはもっと傍系に当たります。そのイルシオを血は繋がるから侯爵にすれば良いという考えを王家が持つなら、私が王でも良いでしょう?」
「いい理由があるか!」
狼狽える王は、父を怒鳴り付けながらも周囲に助けを求める。
だけど、視線を合わす者はいない。王家が血を蔑ろにした結果だ。
王は父の言葉を否定するが、貴族の半数以上は父の言葉に胸に手を当てた状態で礼をしている。
その様子に王はたじろいだ。
「王よ。何故、イルシオ・グランヴェルが侯爵に相応しいと学園中に広める王子を止めなかったのです。上奏したのは一度や二度ではない」
王子の歪んだ価値観。
学園では正しいと罷り通ることを帝国の皇子に示した。
帝国を侮辱する言動を、目の前でした。
宰相は膝をついて、父に自分の首一つで、この国を攻めることを止めるように帝国へ交渉してほしいと許しを乞うている。公爵も同じだ。
父の追及に王は何も発することができずに、黙っている。
母はその様子をじっと見ていた。
何かあったときの血の存続とともに、帝国のために生きることをその身に課した母。
でも、父と信頼関係で結ばれた夫婦となり、わたくしにも愛情を注いでくれた。
帝国と王国の血を持つけれど。
それでも、わたくしは王国の人間。母とは違う。
この国を焦土とすることはしない。
「お父様、王家の方々の前に、小者の処理をしてもよろしいでしょうか?」
「そうだな。王には考える時間が必要だろう。アイシアに任せるよ」
お父様の許可を取り、イルシオとその父の下へと近づく。
イルシオの父親は杖を置いて、「申し訳ございません」と土下座しているが、イルシオは私と父親を交互に見ながらもどうすればいいか判断できずに、がたがたと震えている。
「イルシオ。貴方は侯爵家のことを学ぼうともせず、自分が侯爵として名を遺すと譲らなかったわね。おめでとう、貴方の名前は歴史に残るわ。もちろん、自分達を引き裂くなと言っていたから、メアリーさんも一緒。国を滅ぼした愚か者として、二人の名を後世に語り継ぐ。この地で新たに生まれる国が滅びるその時まで」
「そんなっ……ちがう、俺は……メアリーは大事だけど、必要なら、アイシアと子どもを作ってもいいと思ってた……ただ、みんなが調子に乗らないようにしつける必要があるって言うから」
イルシオから視線を逸らし、王子の婚約者である公爵令嬢に視線を送るとわずかに身じろいだ。
その瞬間に公爵が頭を押さえつけて令嬢を土下座させたが、何も心には響かなかった。
何も言う価値はない。
縋るようにわたくしのスカートに手を伸ばしたイルシオの手は空を切り、騎士達に拘束される。
イルシオの父の前に行く。
額を地面に突けながら謝罪を繰り返す男に顔を上げさせる。
「王子から目を離すという騎士として致命的な失態。王子が誘拐されたあの件、一族の者の失態として、多額の賠償金を王家に支払ったのよ? なのに、侯爵家への感謝どころか、王家を使って我が家を手中にしようとし、息子を増長させる愚か者。我が血脈からその名を永遠に葬ります」
「あっ……」
祖父はすでに死んでいたため、父がしりぬぐいをする羽目になった。
退職金として莫大な金銭を手にしながら、侯爵家に一銭も入れることもなく、王都で悠々自適に暮らし、息子の暴挙も止めなかった。
謝罪を繰り返す愚かな婚約者とその父を下がらせ、浮気相手の少女を見る。
「し、知らなかった! アイシア様が帝国の血筋とか! それに、王の命令でイルシオが婚約者になったから、アイシア様は逆らえないって聞いてたの!」
「わかっていますわ。平民でありながら学園に通っていても、学ぶことをしなかった方ですもの。理解できないのでしょう? する必要もありません。恋人を引き裂くなと望んだから一緒に裁きます」
金切声を上げて泣き叫ぶ少女にも猿轡を噛ませる。
「グランヴェルの名を貶めた3名は、公開の場で裁きを受けていただきます。勝手に死なないように見張りを……よろしいですわね?」
王宮の騎士は王の命令ではなく、わたくしの命令に素直に従った。
フォリス王子に向き直ると、フォリス王子が頭を下げた。
「ま、まってくれ!」
「何を待つのですか?」
「そんなつもりではなかった。イルシオとメアリーの仲を違わせたくないと、少し無茶を押し付けてしまったことは謝罪する。悪かった」
今更、謝罪をしても何も変わらない。
貴族は王家を見放している。何度となく、態度を改めることは出来たのに――変わらなかった。
「問題はそこではありません。王族として、私情を優先してはならない」
「それは……」
「あの件が辛くとも、あなたはその辛さを出すべきではなかった。周囲に忖度を迫り、少しずつ増長していきました」
結果が今、貴族から見放されることになった。
「言ってくれれば……」
「言った者を遠ざけていったのはあなたです――血を、身分を軽視し、帝国の血を貶める王子。再び戦争になる未来を描いた王家に付く貴族はおりません」
「アイシア。無駄だよ。自分に都合の悪い言葉を吐く者を遠ざけ、心地よい言葉にのみ従う操り人形を諭しても意味はない」
クアルト殿下の言葉に王子がぼろぼろと涙を流し始めたが、心が動くことは無い。
王子に背を向け、父の隣へと向かう。
父がゆっくりと頷き、尋ねる。
「さあ、王よ。時間は与えた。答えは?」
王は周囲を見回した。
王妃も、宰相も、公爵も。誰一人、王のために発言をする者はいなかった。
国として、王として、統制など何もなかった。
この場に参加していた貴族はいつの間にか父の後ろ側に立っている。
「幼い頃、突然、もう遊ばないとおっしゃったこと、覚えていますか?」
「ああ……皆が、お前と遊ぶなと言ったから、その言葉通りにした」
「ええ。従兄弟として重用されれば、困るのでしょうな。私も貴方から離れた。王位を狙っているなどという馬鹿な声が聞こえなくなるように……ただ、母の望むように、貴方を支えていたら――今は、そう思います」
父の言葉は悔いが滲み出ていた。父にとっては苦渋の決断だったのだろう。
父が王を見る姿に、母がそっと父の手に自分の手を重ねた。
父は母を見ると、ゆっくりと頷きを返した。言葉が無くとも、二人には絆がある。
王は王妃を見るが、王妃は顔を背けた。それが、全てだったのだろう。
「譲位する」
その一言だけ発し、護衛に付き添われて王は退出した。
残った宰相と公爵からはすべての権限を奪うことを宣言し、父は玉座に座った。
その後、帝国軍の進軍を待たずに王権は移譲された。
また、王家とともにいくつかの貴族も表舞台から消えた。
月日は流れ、父の戴冠式が行われる。
わたくしの隣には、クアルト殿下が立ち、ゆっくりと二人でバルコニーへと歩み出す。
「ここに、次代の女王であるアイシア・グランヴェルと帝国の第四皇子クアルト・イグドラルとの婚約を発表する」
父の声に応えるように大きな拍手が階下から湧き上がった。
民は新しい王とその次代を祝福している。
民にとっては血を継いでいるなら、誰が継いだとしてもかまわないのかもしれない。
民が望むのは良い統治。
祝福してくれた民のために、両国の血を継ぎ、王位を簒奪した者としての責任として、必ず国を豊かにしてみせる。




