3.見えなかったもの(フォリス視点)
「グランヴェル侯爵家と和解をするため、アイシア嬢の女侯爵としての継承とイルシオとの婚約破棄を認めることにする」
「は? 父上? 何を言っているのですか?」
父に謁見の間に呼び出された場には、重々しい空気が流れていた。
その場にいるのは、父王と宰相、それに私の義理の父となる予定の公爵だった。
「グランヴェル侯爵がまだ王命を理解していないのですか?」
「殿下。なぜ、そのことをイルシオに話されたのです?」
宰相から咎めるような視線を向けられる。
確かに、雑談のようにイルシオには伝えた。
メアリーと添い遂げたいというイルシオの気持ちを聞いていたから、父に頼んだのは私だ。
父も悩みながらも、私の願いを聞き入れ、侯爵家に対しイルシオを養子にするようにと命令を出してくれた。
なぜ、そこを聞かれるのだろう。
「お前には伝えなかったが、『王命の撤回、正式に公表と謝罪をしない限り、王都に対し塩の流通を止める』とグランヴェル侯爵家からの返答があったのだ」
「は? なぜ、そんな横暴を許しているのですか! 反逆罪でしょう!」
「王都限定だったことと、そもそもが無理のある命令だからだ。宰相が内々に妥協点を探る予定だったが、茶会の場でイルシオが乗っ取りを認める王命があったと宣言し、旗色が変わった」
父がげんなりしたように私を見ている。
宰相の瞳の奥には怒りが、公爵からは呆れた蔑みの表情が見て取れる。
「は? 何故ですか?」
「呆れたものですな。貴族にとって、家の血統こそ誇り。王家が断絶させることを命じるならば、王家に従う家はありません」
「その通りです。茶会に参加していた者の家から、この話は広まっております。すでに半数以上の貴族がグランヴェル侯爵側に立つと宣言しており、反逆罪として討伐軍を出しても返り討ちでしょうな」
公爵と宰相は私だけではなく、王にすら先ほどの表情を浮かべ始めた。
「それだけではない。周辺諸国からの塩の輸入が止まった。理由は、帝国を馬鹿にする王国とは友好関係が築くことはできないだそうだ」
「は? 何故です? 憎き帝国ですよ? 我が国を侵略した!」
「戦争をしていた頃とは状況が変わっている。この数十年の間に、我が国と接するのは帝国と、帝国から独立した国や帝国と友誼を結んでいる国しかいない。その国々から帝国の血筋を公然と罵倒する王家とはやっていけないそうだ」
ずきりと胸の奥が傷んだ。
視界が一瞬揺らぐのを感じる。上手く呼吸ができない。
「そんな馬鹿な!」
「馬鹿、ですか。なるほど、国を滅ぼそうとする殿下のお考えは理解できませんな。人にとって必要な塩、これを握るグランヴェル侯爵家を乗っ取り、他国との友好を無くした原因でありながら、何も理解していない。陛下、我が娘と殿下との婚約も破棄してもらえませんか? 流石に、このような方を支えるのは娘を犠牲にするだけだ」
公爵の言葉に目を見開く。
王妃となるべく教育された令嬢はもう彼女しかいないのに。
婚約を破棄する? あり得ない。
「何故だ!? 帝国は非道な国だろう! 私を攫い、あんな目に遭わせた国だ!」
七年前。
恐ろしい日々だった。
救出されるまでの1週間は地獄。
救出されて、目を覚ましたときに王宮だったことにひどく安堵をした。
自分より背の高い者が側にいることが怖くなり、同年代の者としか話すことが出来なくなった。
そんなときに側にいてくれたのがイルシオとメアリーだった。
二人のおかげで、私は元の生活に戻ることが出来た。
だから、父が騎士ではなくなり、生活が出来なくなるとイルシオが不安そうにしていたから助けたいと思った。
自分を救出するために怪我を負ったのだから褒賞を、と父に願った。
父は快諾してくれた。
それからも、父は私の頼みを聞いてくれるようになった。
「殿下を攫ったのは国内の貴族です。公にはしておりませんが、すでに断絶しております」
「何故……聞いていないぞ」
「殿下のご様子が不安定なため、緘口令が敷かれており、その一件を口にすることは許されませんでした。また、恐ろしい目にあった殿下を刺激しないため、殿下の意向を優先するようにと通達されております」
国内の貴族? なら、何故、帝国だと思った?
「いつの頃からか、お前は帝国を憎むようになったな。実際、貴族の多くは帝国を恨んでいるから、嫌うことを注視はしてこなかったが……帝国のせいだと思っていたのか」
疲れたように父の様子。
宰相も公爵も、護衛のはずの騎士達すら私を蔑む表情だった。
「ま、待ってください。それでも、おかしいでしょう。グランヴェル家を滅ぼし、イルシオに継がせれば塩も戻ります」
「戻らぬ。グランヴェル侯爵夫人は現皇帝の従妹でもあるが、輿入れ時には前皇帝の養女となっている。わかるか? お前がしたことは、帝国の皇子の前で皇帝の義姪を馬鹿にしたのだ。その事実が周辺諸国にまで伝わっている。討伐しようとすれば、帝国だけではなく周辺諸国も我が国を攻めてくるだろうな」
「そんな馬鹿な」
「殿下が王位を継げば、戦争。王弟殿下に打診しましたが、王になるつもりはないそうですな」
宰相の言葉に頭を殴られたように焦点がぶれ、呼吸が出来なくなる。
「はっ……はっ……」
苦し気に胸を押さえるが、誰も心配をしてくれない。
今までは、すぐに医者を呼んで安静にするようにと優しくしてくれたのに。
「お前が少しでも辛いと感じると過呼吸になり、倒れる様子を見て甘やかしたのがいけなかったのだろうな」
「王宮からイルシオを追い出し、グランヴェル侯爵家と和解の道を探りましょう」
「イルシオを放逐するだけで矛先を収めるとは思えませんがね」
遠のいていく意識の中で、父の悲しそうな瞳だけがチラついた。




