5.後悔(フォリス視点)
目の前には、イルシオとメアリー。
出された食事に文句をつけ、私と同じ食事を用意しろと騒いでいる。
固いパンと薄い味のスープ。
同じ物が提供されているのに、不満らしい。
4日前までは柔らかいパンに肉や野菜のうまみが溶け出した濃厚なスープ。
スパイスを利かせた魚や肉だけでなく、珍しい果物も自由に食べ、残りは捨てていた。
父がグランヴェル侯爵に譲位し、グランヴェル王国が成立することとなった日。
私は貴賓牢に入れられた。
罪状は国家反逆罪。グランヴェル侯爵家こそ、国家反逆罪だろうという私の声は誰にも届かなかった。
貴賓牢に入れられ、何がいけなかったのかと考えるくらいしかやることがなかった。それでも答えは出なかった。
貴賓牢は自室よりこぢんまりした部屋で、寝具はあるが上等とは言い難い。
食事は普段口にする物よりは劣るが温かな食事が用意されていた。
「殿下、何とかしてください! こんなもの食べられませんよ」
「そうか。だが、どうしようもない」
私がスープにパンを浸し、食べられる固さまで柔らかくしてパンを口にする。
「よくこんなものを食べれますね」
「ほんと、あたしは歯が痛くなって無理です」
「そうか」
騒いでいる二人を視界から外し、食事を済ませる。
私が貴賓牢にいる間、二人は王子の友人であることを理由に、私の世話をするから自分達も同じところに入れろと要求したらしい。
毎日騒ぐ二人の対処に困った看守は私を地下牢に移すと決めた。
この決定には父からの了承も得ていると言われ、この場に移った。
石作りの暗い牢はカビ臭さと尿の匂いが充満し、鉄格子を揺らす音や奇声を耳にした瞬間、過去の記憶が蘇り、発作を起こし、吐いた。
そんな私を気遣ってくれたのはイルシオとメアリーではなく看守だった。
私を落ち着かせるようにゆっくりと背を撫で、声を掛け、嘔吐物を片付けてくれる看守に対し、二人は早く助けてくれと連呼していた。
看守によれば、二人にはすでに説明をしているらしい。
それでも、王子である私がなんとかしてくれると騒ぎ続けていた。
私自身が処刑される罪人だと告げても、二人は聞かなかった。
暗い牢では理性を保とうとしても難しく、度々発作を起こす。
その度に二人は看守を呼び、待遇の改善を求める。
私を労わるでもなく、ただ、ここから出せば収まるのだから出せという。
自分たちの要求だけで、私のことを思う気持ちはそこにはなかった。
『殿下、辛くとも表情に出してはなりません。王族は私情を優先できないのですから、悟らせてはいけないのです』
誘拐後、アイシアが登城してきたとき。
社交辞令のような見舞いの言葉の後、自分の感情をアイシアに吐露した。
アイシアは相槌を打ちながら、話が終わった後に、告げられた言葉。
地獄から城に戻った後も、恐怖心で部屋から出ることも出来なかった自分に対し、彼女は笑みを浮かべて言ったのだ。
お前に何がわかる! そう、罵倒した。
彼女のことは幼い頃から知っている。
小さな淑女としてずっと周囲から褒められていた。
もし、グランヴェル家に子がもう一人生まれれば、自分の婚約者となっていたことも知っていた。
幼馴染みとなるように幼い頃から、彼女は城に登城していた。
だから、自分に寄り添ってくれると思ったのに。
久しぶりに会った彼女は寄り添うどころか突き放した。
それが辛くて、悲しかった。
『アイシアって人の心が無いんですよ。俺だって親族なのに、礼儀が~作法が~って細かいことばかり』
『ね~。お高くとまって、いつもあたしとは会話すらしてくれないもん。殿下が辛くてもわかんないんですよ』
イルシオとメアリーは幼い頃は側にいることがあった。
私の乳母の子のメアリー、護衛騎士の子のイルシオ。
成長するにつれ、貴族の子らを側に置き、彼らとは遠ざけるようになっていた。
しかし、大人が側にいると不安定となる私のために、二人は側にいるようになった。
同情するような貴族の子らと違い、二人は私に寄り添ってくれた。
次第に安定してくるとイルシオの境遇が気になった。
私の救出のために怪我を負い、引退してしまった護衛騎士。
彼は先代のグランヴェル侯爵の弟。ならば、職を失った叔父を助けてやればいいのに、グランヴェル侯爵家は突き放した。
『なんて冷たいのだろう』
『帝国の悪女に唆されてるんですよ。王国貴族の心も無い裏切者だから』
『殿下の誘拐も帝国のせいなんでしょ? ひどいよね』
日常が戻ったはずの日々も何かに追われるような恐怖が常にあった。
側近達は、夜にはいない。だけど、イルシオとメアリーは側にいてくれた。
かつて側近だったはずのアイシアが消え、新しい側近としてイルシオとメアリーが入った。
一度だけ、宰相から、誘拐犯は帝国ではないと聞いたことを思いだした。
でも、私は信じなかった。
その頃には、グランヴェル侯爵家が悪い。帝国が憎い。
そんな思いを抱えていた。
そこから少しずつ、何かが壊れていった。
「殿下、また倒れてください。こんなとこにずっといたら頭がおかしくなっちゃう」
「たしかに。看守が来たら、改善を促すので、殿下、お願いします」
何日もここにいると少しずつ精神も落ち着いた。
あの地獄とは違い、質素ではあるが食事も水もある。暴力を振るわれることも、性的な暴行を見せられることも無い。
その事実が私を落ち着かせ、発作が起こることは減った。
看守も食事くらいしか顔を出すことは無い。
イルシオとメアリーは看守だけではなく自分にまで過剰な要求をし始めた。
私は王族で貴賓牢にいることに何の疑問もない。
二人は貴族籍を持たない平民。
声高に叫ぶ要求は自分たちに相応しい待遇を用意しろ。
そう。
イルシオが侯爵位を私に要求したのと同じ。
今まで、二人の要求を叶えるために私が動いていたから、今も不満を伝えれば、二人のために動くと疑っていない。
すでに、何も持たない身だということも理解しない。
「アイシアが正しかった」
辛かった。
寄り添って欲しかった。
気持ちを理解して欲しかった。
だから、私の間違いを否定する者ではなく。
私を肯定してくれる者を選んだ。
あの時、アイシアは言った。
自分の身を護るために、護衛を常に側に置け。
怖くても、大人を信じろ。
王族を利用させないためにも弱さを見せるな。
仮面のような微笑みを浮かべる彼女が薄ら寒く感じたけれど。
王族として、品位を保たなくてはいけなかったのは私で。
ただ、自由に振舞うだけの平民の上っ面な忠誠に酔い、正しい言葉を跳ね除けた。
「すまなかった」
バルコニーから自分の処刑を見下ろすアイシアの瞳が一瞬だけ、目が合った瞬間に揺れた気がした。
伝わるはずのない言葉。
王族が私情を優先するべきではない。
でも、私情を持つなとは言わなかった。
ただ、隠せとだけ言った。
あの時。
アイシアの瞳は、わずかに潤んでいたのに。
もっと早く、どうして気付けなかったのだろう。




