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『不調』

後日、徒手の訓練。


俺の状態はといえば、ひどい有様だった。


「ぐはっ!」


強烈な衝撃と共に、俺はアキラに地面へと叩きつけられた。

受け身もまともに取れていない。……痛い。


『それまで。裕くん、どうした? 注意力が欠けているぞ』

「……はい」


高槻の冷静な指摘が胸に刺さる。

(爬虫類の癖に……)


「次は葵くんとだ」



「ぐえっ!」


今度は葵にあっさりと背後を取られ、抗う間もなく首を絞められ、落とされそうになる。俺はたまらずタップして降参した。


『もういい。今日は休みなさい』

「……はい」


高槻から呆れられながらストップがかかる


自分でも驚くほどのスランプだった。



(アンナがいないと、こうも調子が出ないんだ。頼り切ってたなぁ)


ぼんやりと考えていると、


「……以上だ。では向かうとしよう」


という高槻博士の声が聞こえた。

いつの間にかブリーフィングが終わっていたらしい。


「あ、すみません。よく聞いてませんでした……」


最近、てか、アンナが謹慎になってから指示の内容が右から左へ抜けていく。


「……K市で、リーダーを探す。」


アキラが呆れたように任務を伝える。


「あ! あ、行きますか!」


慌てて腰を上げた俺に、葵の冷たい制止の声が飛んだ。


「あなたはここで待機よ」


「え、俺だけ?」

「そうだ。君はアンナくんが謹慎している間は待機だ。訓練も酷い成績だしね。個人で射撃訓練でもやってなさい」


「すみません……」


葵は俺の肩をポンと叩き、


「頭を冷やすのね」


と一言。


アキラに至っては無言でスルーだ。

……みんな、冷たい。



射撃場。


乾いた発砲音が響くが、電子標的の数字は見るに耐えない。


「ダメだ、全然当たらない……」


何をするにもアンナが気になって集中できない。


五感に膜が張っているような、世界から切り離されたような感覚。何をやっても上手くいかない。


「……アンナに会いに行こうかな」


初日、アンナの様子を見に行って高槻にチクチクいやらしく責められたが、今は誰もいない。

「よし、行こう」



アンナの部屋に辿り着き、扉をノックした。


「アンナー」


扉はすぐに開いた。


「裕? 訓練は?」

「いや、それがさ。超絶スランプで任務も置いていかれちゃったよ」


「調子でないの? ……対ナノマシン弾のせい?」


アンナが心配そうに俺の顔を覗き込む。


「アンナがいないと調子狂う。早く謹慎終われよー」

「ごめんね、私があんなことしたせいで、迷惑かけて……」


今にも泣き出しそうな顔でアンナが俯く。


「いやいやいや、違う違う!謝ることないよ! 駆けつけてくれて嬉しかったんだから」


アンナが泣きそうになって焦った。


「でも……」


会話までスランプだ。かえってアンナを追い詰めている気がする。励ましたいのになぁ


「なんかもっと、こう……カッコよく決めたかったんだけどな。上手くいかないもんだな。気の利いた事も言えないわ」


自嘲気味に言うと、アンナは


「うん……」


と元気なく返した。


「アンナってスランプとかあるのか? 標的外したところなんて見たことないけど」

「うーん、ここ最近はないかな。ちっちゃい頃はあったけどね!」


「今だってちっちゃいじゃん」

俺が笑ってからかうと、

「子供の頃!」


って、怒った。落ち込んでいるよりはマシだ。


「待ってるからさ。」


俺がそう言うと、アンナは優しく微笑んだ。

なんだよ、いい笑顔するじゃん。


◇K市の捜査が難航しているとのことで、翌日、徒手の訓練を受けた。


「どりゃあ!!」


俺はアキラに渾身のバックドロップを叩き込んだ。


「ぐはっ!」

『なかなか調子いいね。次は葵くんとだ』


モニター越しに高槻の無線が飛ぶ。



「いてててて……」

葵に腕を絡め取られ、ギブアップ。

ギリギリで負けてしまった。葵、体術強すぎ。


「昨日と全然違うじゃない。見直したわ」

「えへへ、まあね」


 自分でもわかる。アンナの笑顔を見て、安心したからな。


『惜しかったね、もう少しで勝てそうだったよ』


 高槻も珍しく褒めてくれた。

(どーだ!見たか、爬虫類!)



 後日、高槻は俺たち3人を呼び出した。


「捜査官からK市にリーダーの隠れ家を見つけたと報告があった」

「いよいよですね」


アキラは静かに覚悟を決めていた。


「リーダーは確保でいいんですか?」

「ああ。ただし、ナノマシン兵だった場合は……すぐに破壊してくれ」


 ――破壊。やっぱり高槻は俺たちを人として見られていない。


(このトカゲ野郎が!)


◇K市。


リーダーの隠れ家は東京にしてはデカい一軒家だった。


「裕、葵は突入! 俺は狙撃で援護する!」

「了解」


俺と葵は短く返し、即座に動いた。


「あなたはいつも、どうやって突入してるの?」

「いつもピンポン押して正面突破だよ」

「対ナノマシン弾があるんだから、正面突破するなら一人でやりなさい。私は裏に回るわ」


相変わらず冷たい。まあ、仕方ないか。



俺は玄関の呼鈴を鳴らした。

『ダレですか?』


インターホン越しに片言の日本語が聞こえる。


「あ、配達でーす。サインお願いしまーす」


適当な嘘を吐き、扉の影に身を隠す。

案の定、直後に散弾が扉を貫いた。

敵は出てくる気配はない。


俺はドアを力任せに破壊して中に踏み込む。


入った瞬間、そこにいたのは巨大な影。


大柄な男が散弾銃を構えている。


(でかっ――)


――ズドンッ!


腹に被弾した。衝撃で扉の外まで吹き飛ぶ。


(いてぇ! マフィアのボス並みの巨漢。いや、2メートルは超えてるか?)


俺は死んだふりをして隙を伺う。


大男は俺の胸ぐらを掴み、頭を吹き飛ばそうとする。


「もらった!」

 腕ひしぎを仕掛けた――が、大男は異常だった。


関節を極められているはずの腕を使い、俺ごと振り回して壁に叩きつける。

「がはっ!」

肺の空気が全部漏れた。


中国語で何かを呟きながら迫る。


俺はショットガンを至近距離で発射した。


だが、大男はそれを予知したかのようにひらりと躱す。


そのまま体当たりをぶち込んできた。

中国拳法・八極拳の構えだ――格ゲー知識だが……


「ごほっ!」


内臓がズタズタになったのか、壁にめり込みながら血を吐いた。


こいつ、本当に人間か? 再生が追いつかない。


(やられる!)


死を覚悟した瞬間、大男が後ろへ跳んだ。


――ターーーンッ!


アキラの狙撃音が響く。


男は回避を終え、そのまま塀を飛び越え、闇に消えた。


『今のは……あの身のこなし、体格……ワンだ!』


 アキラの声に動揺が混じる。


「ワン? 誰? 殺されるかと思った……」


『中国最強の殺し屋だ。葵も心配だ。王は逃がしていい。恐らく今の俺たちでは勝てない』


葵からも無線が入る。


『――こっちも逃げられたわ! リーダーに目をやられた!』

『何!? 怪我をしたのか?』


『催涙スプレーよ……っ』


あの葵が手玉に取られた。


リーダーも相当な曲者。


そして、中国最強の男――王。とんでもない化け物が現れた。

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