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『相棒』

激痛で意識が遠のいた頃、俺は夢を見ていた。

初任務の頃に出会った、あの少女と理想の日本を語り合う夢だ。

またこれか。

どうせ最後には、彼女の眉間に穴空いて銃声で目が覚めるんだろ?


「いつか、治安が良くなって優しい日本が来るといいですよね!」


少女が眩しい笑顔を向けてくる。


「暴走族も銀行強盗もいないなんて、どんな楽園だよ!ないない!」


2人で笑い合った。


でも、いつもと違った。

あの絶望の発砲音が、いつまで経っても聞こえてこない。


「時間みたいですね。呼んでますよ」


少女は穏やかに微笑み、俺の背中を軽く押した。

「行ってあげてください」


 ――裕!


遠くでアンナの声が聞こえる。

何泣いてんだよ。

こんなに楽しい夢を見てるのに。


 ――裕――!!


そんなに叫ばなくても聞こえてるって。


(……あれ? 声が出ない。)


頬に水滴が落ちてきた。


(ん?雨か?)


でも冷たくない。

やけに、温かい。


「はっ……!」


目を開けると、俺はアンナの腕の中で横たわっていた。


夢? てか、ここどこ?


「裕ぁ……っ!!」


アンナが、泣きじゃくりながら俺を強く抱きしめてくる。

硝煙と石鹸の匂い。


「間に合ったようね」


傍らで葵がホッとした顔をして、手に着いた血を拭っていた。


(弾は……抜けたのか)


「アンナ……持ち場は?」

「……離れた」


アンナはボロボロと涙を零しながら答えた。


「まだ、作戦中か……?」

「いえ、制圧は完了よ。…ただ、リーダーは逃げたみたいね。」


葵が静かに答える。

その時、無線からアキラの落ち着いた声が入った。


『様子はどうだ?』

「ええ、今目を覚ましたわ」


『何よりだ。……アンナはいるか』

「……はい」


いつもの元気はどこにもない。

絞り出すような、掠れた敬語だった。


『命令違反だ』


アキラはそれだけ告げた。


「はい……」


アンナはもう一度、力なく答えた。


「あ、アキラ。アンナを許してやれないかな……? なんて」


俺が口を挟むと、通信の向こうでアキラの声が冷たく響く。


『ダメだ。処罰については高槻博士と話し合う。それなりの罰を与えるからな』

「……了解」


アンナの肩がいつもより小さく見えた。


◇帰りの輸送車の中。


車内は重苦しい沈黙が流れていた。


アンナは大型ライフルを抱えたまま、膝に視線を落として俯いている。

その肩は心なしか震えているように見えた。


この空気が耐えられず周りに話しかけた。


「え、えーと……葵。弾取ってくれてありがとね! めっちゃ痛かったけどさ、マジで助かったよ」

「ええ」


……そっけない。


「あ、アキラもさ! あそこで的確な指示飛ばしてくれてなかったら、さすがにヤバかったよ!」

「ああ」


……さらにそっけない。


最後に、一番声をかけたかった相棒に向き直る。


「アンナ! 駆けつけてくれてありがとうな! おかげで助かったっていうか……その、正直嬉しかったよ!」

「…………。」


無言。アンナは顔を上げることすらしない。


「あ、あははは……は……」


俺の乾いた笑いだけが、静かなに車内に響いて消えた。


「アンナくん」


突然、高槻博士が静かに声をかけた。


「……っ、はい」


 アンナの身体がビクッと跳ねる。


「君は命令違反で持ち場を離れた」

「……はい」


アンナが膝の上の拳を、白くなるほどギュッと握りしめる。


「狙撃班が持ち場を離れると言う事の重大さは君がよく知ってるね?おかげでリーダーはアンナくんの持ち場の方から逃げた」

「……っ……はい……」


追い打ちをかけるような博士の言葉。


おいおい、持ち場離れたぐらいでそんなに責めなくてもいいだろ。


俺は隣に座る葵に、こっそり耳打ちした。

「……ねぇ、命令違反ってどうなるの? 銃殺とか、そんな物騒なことにならないよね?」


「今は銃殺なんてことはないわよ。まあ、軍だったら懲戒か禁錮刑ね。」


淡々と表情を変えずに普通のトーンで言った。


(おい! 小声で聞いたのに、なんでこいつは普通トーンで答えるんだよ!小声で言えよ!ふざけるな!)


案の定、アンナはまたビクッとして、震えが止まらなくなっている。


「私は、処罰の権利も与えられている」

「…………はい」


アンナの目から、ポタポタと大粒の涙が床に落ちる。


「7日間、自室謹慎だ」


アンナの目が点になる。


「え……?だけ……ですか?」


アンナが敬語で問い直す。


博士は眉ひとつ動かさず、淡々と付け加える。


「…以上。どうだね? アキラくん」


アキラは驚いた顔をして一度、葵と見つめ合ってから


「……まあ、高槻博士がそう仰るのなら」


と、これ以上追求しない様子。


「え? え? 自室?それって重いの? 軽いの?」


俺の困惑をよそに、輸送車は街を静かに走り続けていた。


◇アンナは今日から七日間の自室謹慎。


いつもなら元気なはずの彼女が、肩を落としてトボトボと自室へ消えていく。

その背中は、いつもに増して小さく見えた。


「アンナ……」

「命令違反を放置すれば、士気に関わる。七日間の自室謹慎で済んだのは、高槻博士のせめてもの温情だよ」


「あの博士が、温情ねぇ……」


爬虫類みたいな冷血人間の癖に

 


自室のベッドに座り、アンナはぼんやりと天井を見上げていた。


初めての、明確な命令違反。

私のせいでリーダー逃がしちゃった。


(私、何やってるんだろ……)

いつもなら、隣で誰が死んでも持ち場を離れることなんてなかった。

兵器として育てられた自分にとって、命令は絶対のはずだったのに。


それでも。


「……裕が、無事でよかった」

ぽつりとこぼれた本音。


安堵が疲れを呼び込み、いつの間にか眠りに落ちていた。


夢を見た。


また、あの地獄の夢だ。


さっきまで笑い合っていた友達が、砲弾を受けてバラバラになる。


異常な視力のせいで、見たくもないものまで鮮明に見えてしまう。


夢の場面が切り替わる。今日の任務だ。


『裕が撃たれたわ! 』


葵の鬼気迫る無線が頭の中に響き渡る。


『血が止まらないわ!』


私は走る。

何度も躓き、転んでも、必死に走る。


けれど、走っても走っても、裕のところへ辿り着かない。


(裕! 裕――!!)


「はっ……!」

飛び起きると、頬が涙で濡れていた。

暗い部屋、静寂。心臓の鼓動だけがやけに大きく聞こえる。


コンコン、と控えめなノックの音がした。


「アンナー」


聞き慣れた、少し気の抜けた声。


扉を開けると、そこには2つのカップ麺を両手に持った裕が立っていた。


「一緒に食おうぜー」


時計を見れば、もう夜のいい時間だ。


そういえば、お腹空いた。


「……うん!」

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