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『異変』

2階へ踏み込むと、通路にはライフルを構えた見張りが立っていた。


(対ナノマシン弾か?)


拳銃のグリップを握り直したその瞬間、天井から音もなく葵が舞い降りた。

彼女は一人の首を鮮やかに掻き切ると、再び吸い込まれるように天井裏へと消えた。


『私が片付けるわ』


通信機から聞こえる葵の冷徹な声。彼女は闇に紛れ、1人、また1人と確実に息の根を止めていく。

呻き声ひとつ上げず、敵が倒れていく。


彼女に背後を任せ、最奥の部屋へと歩き、ドアノブに手をかけ、静かに回す回す。


鍵がかかっていたので、普通にドアをノックした。

トイレのドアをノックするかのように自然に


「誰だ!」


中から幹部の怒鳴り声が響く。俺は開いた瞬間に撃ち抜くべく、拳銃を構えて集中した。


――パンッ!


痺れを切らした幹部が扉を開けた瞬間、正確にヘッドショットを見舞った。

経験上、猛反撃が来ると察知し、すぐさま天井裏へと跳ね上がる。


案の定、直後には扉を粉砕するほどの銃弾の嵐が巻き起こった。


「……なんであんたまでここに来るのよ」


天井裏で鉢合わせた葵が、小声で不満を漏らす。


様子を見に来たもう1人の喉を葵が切り裂いた。


天井裏から部屋の中に入り、葵と合図を送り合った。

2人は同時に天井を突き破り、室内へ奇襲をかけた。

俺はナイフで一人を仕留め、続けざまに拳銃でもう一人を射殺する。

葵も天井からの落下速度を利用して一人の命を奪った。


残るは、最後の一人。


だが、その男はすでにライフルの銃口をこちらに向けていた。


ターーーンッ!


強烈な衝撃と共に、俺の体は後ろへ吹き飛んだ。


男がトドメを刺そうと近づいて来るが、葵が即座にそのこめかみを撃ち抜く。


制圧完了。

――のはずだった。


(……あれ? おかしいぞ)

「体が……動かない……」


 と声を出そうとしたが胸の痛みと共に、口の中が鉄くさい味でいっぱいになった。

息が吸えない。


「ごほっ……っ!うぇっ!!」


せり上がってきたものを地面にぶちまける。

床に広がった自分の血が、妙に鮮やかに見えた。


胸の中に、物凄い異物感。

そいつが内側から俺の神経を焼き切っているのかと言 うぐらい、痛い。熱い。


手足が自分の意志を無視してガタガタと痙攣を始めた。


「裕が撃たれたわ!」


葵の悲鳴のような叫びが、鼓膜を震わせる。


『対ナノマシン兵器か!?』


無線越しに聞こえるアキラの声にも、焦りが見える


「おそらく! 痙攣して血が止まらないわ!」


葵が必死に状況を伝えている。

その声が、どんどん遠くなっていく。


『どこを撃たれた!』

「胸よ! 心臓ではないと思うけど……」


『ナイフで弾を抉り出せ! 早く! !』


アキラの怒号に近い指示。ただでさえ痛いのに……ナイフ?


葵が俺の顔を覗き込む。

その瞳には焦りが滲んでいた。


「裕……ごめん!」


彼女がそう言った直後、俺の胸にナイフが突き立てられた。


「ぅう、ぐぅっ……!」


 識を強引に引き戻されるほどの激痛。

俺は咄嗟に近くにあった布を口に押し込み、歯が砕けるほど噛み締めた。


「頑張って!」


傷口に、葵の指が深く潜り込んでくる。


肉を裂き、傷口を掻き回される痛み。


ナノマシンの再生がなくなったせいで、鋭く激しい痛みが患部に走る。


「うぅーー!!」


喉の奥から呻き声が漏れた。


「しっかりしなさい!」


葵の指が容赦なく傷の奥をぐりぐりと抉る。

その音が恐怖を煽った。



その頃アンナは無線を聞いて持ち場を離れて走っていた。


「裕!」


躓き、転んでも必死に走った。


『アンナ!持ち場を離れるな!』


アキラが止める。


「だって!裕が!」


悲鳴のようなアンナの声が無線から聞こえた


「裕! しっかりして!」


激痛で遠のいていく意識の中で、アンナの悲痛な声がギリギリで意識を繋いでいた。


「しっかりしなさい! 弾を見つけたわ!」


胸から異物感が消えた時、俺は限界を迎えた。


「目を開けなさい!」


水の中みたいにボヤけた葵のその言葉を最後に、俺の意識は真っ暗な闇へと沈んでいった。

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