『因縁』
「王……だと?」
珍しく高槻が狼狽えた。
(あの爬虫類みたいに冷血な高槻が?)
「はい。……正直、我々だけで捜査を続行していいものかどうか」
(アキラまで弱音を吐くなんて、よっぽどだ)
「そんなにとんでもない男なんですか?」
「ああ。王は戦場でひたすら戦果を上げ、たった1人で一個中隊を壊滅させた言われている。中国の英雄……いや、英雄だったと言うべきか。」
「だった?」
俺は引っかかって聞き返した。
「数年前に上官殺しで指名手配と聞いていたが……そうか、日本にいたか」
「確かに化け物でした。再生が追いつかず、本気で死ぬかと思いましたよ」
(散弾まで避けてたし、散弾だぞ…)
「とにかく、早急に対策を立てよう。明日はアンナくんが復帰する。彼女の精密狙撃は大きな力になるはずだ。捜査班にリーダーの女を総力挙げて捜索させる。それまで君たちは休んでくれ」
◇
家に戻ると、共有スペースの居間でアンナが狙撃銃をメンテナンスしていた。
「おかえりー!」
「ただいま」
「……アンナ」
「なぁに?」
「王って中国人、知ってる?」
カラン、とアンナが持っていた工具を床に落とした。
「……なんで、その名前を知ってるの?」
「今日、任務先で会ったんだ。恐ろしく強かったよ」
「怪我は……怪我は無い!?」
アンナが血相を変えて近寄ってくる。
「あ、ああ……あっても治るよ、不死身だし」
「あ! そうだった!」
アンナは胸を撫で下ろしたが、その表情はまだ硬い。
「何かあったの?」
「……うん。昔、私の友達をバラバラにしたのは、その王って男だよ。追放されたって聞いてたのに、なんで日本に……」
アンナのトラウマの元凶だったのか。
あんな化け物に友達を目の前でやられたら、そりゃあ消えない傷になる。
「女リーダーと関わってる可能性がある。博士が今、対策を練ってくれてるよ」
「……裕、もし次、王に会ったら絶対に逃げてね。」
「マフィアのボスとどっちが強いかな?」
「多分……圧倒的に王だと思う」
マジか…あの怪獣みたいなボスも勝てないのか
「大掛かりな作戦になるから、それまで休めって言われたよ」
「せっかく謹慎明けるのに休みかぁ」
「明日からアンナも復帰だし、また一緒に訓練だ!頑張ろうな!」
「うん!」
◇
その夜、アキラと葵が家にやってきた。
「休んでいる時にすまないな。今後の訓練方針だが、チームとしての基礎戦力を底上げしたい」
「具体的に何をするの?」
「それぞれが得意な技能を互いに教え合う。そしてチームプレイの連携をもっと密にするんだ」
「徒手空拳で毎日ボコボコにされるだけだったから助かるよ」
なんて軽く考えていた俺が馬鹿だった。
翌日からは軍隊仕込み、文字通りの“地獄の特訓”が始まった。
葵に毎日関節を極められ、
アキラの実戦狙撃を想定した回避訓練で穴だらけになった…
訓練で死ぬかと思ったのは初めての訓練以来だった。
◇そんな毎日送っていると。
体つきが変わり、チームの連携が噛み合って自信がついてきた数日後――
――高槻から招集がかかった。
「ふむ、チームとして完成されてきたな。特に裕くん、葵くんに一度勝ったそうだね。素晴らしい。あとで詳しく採血させてくれ」
高槻が満足げに頷く。
(採血ばかりの吸血トカゲめ)
「それで、何か新しい情報は掴めたんですか?」
「女リーダーの所在はまだ不明だが、やつの右腕である『爆弾魔』の居場所が特定された。E区の雑居ビルだ。そして、これが写真だ。名前は張」
写真を見て、喉を裂かれた強烈なトラウマが蘇る。
「こいつですよ! アンナに頭を撃ち抜かれても起き上がってきたやつだ!」
「そうか、やはりやつも手強いナノマシン兵か。十分気をつけてくれたまえ」
俺たちは装備を整え、決戦の地、E区へと向かった。
◇E区、雑居ビル。
カビ臭い空気と火薬の匂いが混ざり合う通路を、俺は一歩ずつ慎重に進んでいた。
『今回、我々は君のバックアップだ。確実に罠があるだろう』
アキラから冷静な無線が入る。
「みんなで来たのに突入は俺一人かぁ。なんか捨て駒にされてない?」
『仕方ないわ。あなたは再生特化だもの。私は外に出た者を取り押さえるわ』
葵が淡々と告げる。
『アンナは裏側、俺は表側で狙撃を担当する。もし逃してもフォローはする。任せてくれ。』
『裕! 援護は任せてね! ……でも、無理はしないでね』
(アンナだけだよ。優しいの!)
石橋を叩いて渡る――そんな慎重さで奥へ進むと足元にコードがあった。
(はは~ん、またコードの罠だ)
前と同じ手に二度はかからない。
コードの先を辿り、柱に仕掛けられたボウガンを見つけ、慎重に外した。
(張か高槻にぶち込んでやろう)
カチッ。
ドォンッ!!
「……がはっ!」
爆発した。ボウガンの裏に、さらに罠を二重に仕掛けてやがった。
大した爆破じゃないが、勢いで壁まで吹き飛ばされる。
「いって〜……」
『今の爆発、罠か?』
「……ボウガンを外したら壁自体が爆発した」
『今ので敵も気づいたはずだ。十分気をつけろ』
「わかっ――」
返事をしようとした瞬間、背後に寒気が走った。
確かめる暇もなく、俺は思いっきり横へ飛んだ。
ターーーンッ!
直前まで俺の頭があった場所を、銃弾が通り抜ける。
転がりながら顔を上げると、そこにいたのはあの時の男――張だった。
「今度は逃げない。殺す(中国語)」
言葉は分からないが、殺気だけで十分伝わった。
奴の手にはライフル。
多分、対ナノマシン弾だ。
装填するわずかな隙。俺は一気に突っ込む。
だが距離が足りない。張が銃口を向ける。一か八か、構えを捨ててショットガンを発砲した。
ダァンッ!
運良く、弾丸が張の右肩を吹き飛ばした。
張は苦悶の表情でライフルを落とす。
俺は即座にそれを蹴り飛ばし、追撃で顔面を狙ったが、発砲音だけが響く。
奴はひらりと避けていた。
(王と言いこいつと言い、銃を避けるなよ!)
毒づきながら放った前蹴りは、見事に奴を怯ませた。
(イケる!)
俺は張の顔面に渾身のステップサイドキック
――は、紙一重でかわされた。
それどころか、流れるような動作で右手の関節を極められる。
ゴキッ!
「……っ!」
右腕を折られ、ショットガンを取り落とした。
張はそれを素早く奪い取ると、そのまま俺の心臓に向けて銃口を固定した。
俺は咄嗟に半身になり、右肩でその一撃を受けた。
――ズドンッ!!
とてつもない衝撃。
右腕が付け根からちぎれ飛ぶ。
脳天から突き抜けるような激痛。
衝撃で後ろに吹き飛ぶ。
――だが、この吹き飛ばされる位置は計算通りだ。
俺は残った左手で、地面に落ちていた張のライフルを掴み取った。
装填が終わってるライフルで対ナノマシン弾を至近距離から張の胴体へと叩き込んだ。




