『不安』
腹部に対ナノマシン弾をくらった張は、凄まじい痙攣を起こしながら崩れ落ちた。
(……くたばったか?)
でも、張の執念は異常だった。
痙攣する手でナイフを取り出したかと思ったら、自分の着弾したところを迷いもなく抉り取った。
(嘘だろ? 自分で抉ったよ。あれ痛いのに……)
慌てて次の弾を込めるけど、そのわずかな隙に張は床を転がって、部屋の外へと逃げ出した。
「奴に逃げられた! 葵、裏側だ!」
『了解』
無線から葵の、短い返事が届く。
右腕はまだ欠けたまま。泡立ちながら再生中だ。
完治を待ってたら確実に逃げられる。
俺は欠けた腕のまま張を追った。
通路の途中に張られたコードに足が引っかかる。
――ドォンッ!
爆風に煽られて、壁に叩きつけられた。
(クソッ、こんな時にまた罠かよ! )
煤まみれになりながらも、なんとか意識を繋ぎ止めて前進。
廊下を曲がると、そこでは葵と張が激しい格闘戦が目に入る。
葵の流れるような打撃が次々とヒットする。
張も中国拳法で応戦してるけど、葵は冷静に捌いて、鮮やかな投げから関節技に持ち込んだ。
――ゴキッ。
張の腕が折れる。続け様に張が隠し持っていたナイフを抜き、葵の太腿に深く突き立てた。
――ドンッ!
アンナの狙撃音が響き弾丸は張の心臓を貫く。
張は糸が切れた人形みたいに崩れ落ちた。
でも、今は張の生死よりも、葵が重傷だ。
「アキラ! 葵が刺された! 救急車! 早く!」
と無線を飛ばした
葵が刺されたのは内腿の太い血管
――大腿動脈だ。
床が真っ赤に染まる。
(早くなんとかしないと死ぬぞ!)
パニックになってる俺とは裏腹に葵は驚くほど冷静だった。
痛そうな顔一つしない。
止血帯で自分で傷口の上を締め上げて、見事に止血を成功させていた。
――その後、到着した救急車で葵は運ばれていった。
幸い命に別状はなかったけど、傷が深くて、任務への復帰は当分無理そうだ。
チームプレイを磨き始めたばかりの俺たちにとって、葵の離脱はあまりにも大きな痛手だ。
◇
「葵が抜けたのは痛いな……」
アキラが珍しく深く考え込んでいた。
「アキラ、葵がいなくて大丈夫なの? 相棒でしょ?」
アンナも心配そうに尋ねる。
「ああ、葵なら心配ない。傷が塞がればすぐに復帰するだろう」
アキラの言葉でナノマシン兵じゃないけど、葵ならなんか大丈夫な気がしてきた。
「ふむ。確かに葵くんが抜けた穴は大きいが、アキラくんが冷静で助かるよ。どこかの誰かさんは、相棒がいないだけでポンコツになったからね」
高槻がトゲのある視線を俺に向けてくる。
(……そこまで言わなくてもいいじゃん。この冷血トカゲ野郎)
「だが、手強い幹部を一人始末できたのは大きい。あとはリーダーの女と、問題の王だな」
「博士、何か手がかりは見つかりましたか?」
「今、張がいた雑居ビルを徹底的に洗っている。何かわかればすぐに伝えるよ」
「この間に、葵が復活するといいね!」
アンナの明るい声に、少しだけ場が和む。俺は気になっていたことを聞いた。
「博士、また軍から応援は呼べないんですか?」
「要請はしてみるが難しいだろう。近隣諸国との緊張が高まっていてね。近いうちに戦争が起きそうだ。そうなれば、アキラくんも本隊に戻されてしまうかもしれない」
「……そうですか」
高槻の懸念は的中した。
数日後、アキラに軍から帰還命令が下り、彼は最前線へと向かってしまった
不安よりいつもいる喫煙所にアキラがいないのが何より寂しかった。
◇
「裕ぁ、また二人になっちゃったね」
家の居間で、アンナがぽつりと呟いた。
「そうだね。これからって時に……」
「とりあえず、ご飯行こ!」
「あ! そういえば腹減った! なんか改造されてから、すぐお腹が減るんだよね」
「当たり前じゃん。再生するのにエネルギーがないと無理だもん!」
「あ、それで減るのか。そういやアンナもよく食べるもんな」
意外なところでナノマシン兵の仕組みを知り、俺たちは食堂へ向かった。
◇
食事中、無機質な無線の音が鳴り響く。
『二人とも、すぐに来てくれ。リーダーの潜伏先が判明した』
「あー、飯の途中だったのに……」
カツ丼まだ半分しか食べてないのに
「ちゃんと食べてから行こーよ、裕!」
(名案!)
「そうだな。これも再生するためだ」
「そうそう! 再生するため!」
俺たちは普通にカツ丼を味わってから向かった。
◇
「来たね。状況が変わった。女リーダーは仲間を引き連れ、日本軍の武器庫を襲撃した。最新装備がごっそり盗まれている。十分に警戒してくれ」
高槻の言葉に、俺は思わず声を上げた。
「げ! そんな大胆なことしてるんですか?」
(日本軍の武器庫といえば、その辺の警備は厳重なはずなのに)
「恐らく、我々に武器工場を押さえられたからだろう。なりふり構わず大きな事件を起こすつもりかもしれない。急いで向かってくれ。場所はK区の廃工場だ」
アキラも葵もいない。
俺とアンナ、二人きりの戦場がまた始まろうとしていた。




