『アンナと裕』
案内されたのは、立派な一軒家だった。
アンナは俺を招き入れた。
一軒家を丸々一人で?
「裕の部屋はこっち!」
「え、一部屋だけ?」
アンナが指差したのは、リビングに面した一室だった。
「私はこっちの部屋!」
そして彼女が指差したのは、そのすぐ隣のドアだ。
美少女と二人きりの同居生活。
トキメクけど戸惑う……
「さっきの、その『超人』って何?」
「正式にはナノマシン兵。秘密で人体実験してるんだ!内緒ね!」
さらっと怖いことを言うな。
「アンナはどんな能力なの?」
「私は『狙撃』だよ」
「改造されたの?」
「うん! ちっちゃい頃にね!」
(今もちっちゃいじゃん)
「アンナって警官っぽくないよな。その、チ……」
「チビって言うな!」
身長のことを言われると食い気味で怒った。
そのまま、とりとめのない話を続けた。
「アンナってハーフ?」
「うん! 日英のハーフ!裕は?」
「俺は、静岡と東京のハーフだよ」
「……それ、ハーフじゃないじゃん」
◇
翌朝、リビングへ向かうと、アンナがソファに座り、自分の背丈ほどもあるライフルを愛おしそうにメンテナンスしていた。
「アンナの武器?ごっつくてカッコイイね」
思わず素直な感想が漏れた。
「うん! 狙撃用ライフル!」
「アンナ、ちっこいのにそんなの撃てるの?」
「もちろん!裕も一緒に訓練する?あとちっこいって言うな!」
そのまま俺たちは訓練所へと向かった。
訓練所は窮屈なイメージだったが、自衛隊の基地ほど広大だった。
そこには、硝煙と乾いた血が混ざり合ったような、特有の匂いが染み付いていた。
「広い……」
「でしょ?市街地を模した訓練場もあるよ!今日はそこ!」
グイグイと腕を引っ張られ、辿り着いたのは再現度の高い廃ビル群だった。
入口には最新型の銃器がズラっと並んでいる。
俺は1番かっこいいライフルを手に取った。
だってカッコイイから。
「ついてきて!」
アンナの後を追い、雑居ビルの中腹へ向かう。
「屋上じゃないの?」
「そんなのすぐバレちゃうよ!」
……なるほど。キャリアを感じる。
「あの的、見える?」
アンナが指差す先、遥か遠くに人型の的が立っている。
「自慢じゃないけど視力はいいんだ。見えるよ」
「うん!まず裕、撃ってみて!」
「いや、俺、狙撃銃なんて使ったことないんだけど……」
「教えてあげる! まずこう構えて、息を止めて……で、バーン!」
……教え方が感覚的すぎる。
俺はイメージを必死に補完しながら、スコープを覗き、引き金を引いた。
――タァァァンッ!
鼓膜を揺らす乾いた音。
想像以上の反動が肩に食い込む。
「おお!すごい!いきなり当たった!」
スコープで確認すると、弾は的の肩部を捉えていた。
「……おお、当たった」
内心でドヤ顔を決める。
「次、私ね」
アンナが例のライフルを構える。
「同じ的?」
「うん!」
――ドンッ!
空気が震えるほどの轟音。
「ヒット」
アンナは言うのと同時に、ジャキッ!という鮮やかな手つきで次弾が装填される。
彼女はスコープすら覗かず、俺と話しながら無造作に放ったのだ。
慌ててスコープで的を確認すると――その眉間の“ど真ん中”に着弾。
「……どんなエイムしてんの?」
凄すぎて若干引いた。
「……反動、大丈夫なの?」
「んー? 慣れちゃった!」
ちなみに、俺がまともに当てられたのはその最初の一発だけだった。
「裕、やっぱりマグレじゃーん!」
と、アンナに笑われた。
◇数日後――
そんな生ぬるい訓練は突如終わりを告げる。
俺は高槻から訓練所に来るように呼び出された。
そこには、 屈強な男たちが4人整然と並んでいる
「これから君とこの4人で実践訓練をする」
「いきなりチームプレーかぁ。足引っ張りそうで自信ないなぁ」
「違う違う。君対この4人だよ」
聞けば対テロの特殊チームだと言う。
「え?このめっちゃ強そうな人たちと?アンナは?」
「なしだよ。君1人で制圧したまえ」
場所は訓練所内の雑居ビル。
部隊は実弾装備。
対する俺は素手。
「戦闘不能、もしくは拘束されたら脱落だ。では、配置につけ」
◇
俺はそのまま訓練所に放り出された。
(素人なのにプロ相手なんて無理だろ……とにかく気づかれないようにしなくちゃ)
俺は隠れながら目的のビルを目指した。
正面と裏口に一人ずつ。残りは中か? 様子を伺おうとした瞬間、衝撃が走った。
――バァンッ!
「うぉおおお……!!」
眉間のど真ん中を狙撃され、俺は派手にひっくり返り激痛に悶絶した後、目が回り吐いた。
だが、その傷は数秒で塞がり、痛みも引いていった。
(……生身だったら即死だった。とにかく隠れなきゃ!あんな痛いのもうやだ)
激しい目眩の中、死に物狂いで転びながら隣のビルへ逃げ込む。
『ヒット。眉間に叩き込んだが効果なし。再生が異常に早い。隣のビルの影に入った』
狙撃兵の冷静な無線が聞こえる。
(入口は撃たれる。入れる場所は?……窓があるな)
俺は隣のビルの2階へよじ登ると、窓から侵入し、助走をつけて目的の雑居ビルへ飛び込んだ。
パリンッ!
『音は二階だ!挟み撃ちにしろ!』
リーダーの指示で2人の隊員が中に入ってくる。
息を殺して隠れてると隊員Aが慎重に入ってきた。
俺は背後から首を絞めにかかった。
だが、流石はプロ。
鮮やかな背負い投げで俺を床に叩きつける。
「……げふっ!」
肺から空気が漏れ出た。
倒れた姿勢のまま、俺は隊員Aの頭部に蹴りを放った。
が、簡単に防がれた。
防御した隙にカニバサミで転ばせ、素早く裸絞め。
(勝った!完璧に決まったぞ!)
グサッ!
俺の足に隊員Aのナイフが刺さる。
(痛っ!でも……離すもんかぁ!)
そして、ようやく隊員Aは気絶した。
そのまま隊員Aの銃を奪うと、俺は天井裏へと逃げ込んだ。
(あ、このコード使える)
『どうした?応答しろ』
当然、無線に答えはない。
リーダーが隊員Bと合流し、慎重に部屋へ入ってくる。
コードを隊員Bにひっかけ、思いっきり天井裏へと引きずり込んだ。
ナイフを警戒しながら渾身の力で絞めあげる。
「ぐ、ぐぅ……!」
暴れるBは呻き声を上げたがそのままコードで絞め落とし、拘束。
(奇襲だったけど、これで2人倒した!)
俺の心に、少しの驕りが生まれていた。
(よし!この調子でリーダーも……)
俺は天井裏を這っていった。
しかし、リーダーは物音一つで俺の位置を特定し、天井越しに正確な射撃を放ってきた。
「ぎゃああああ!!」
全身を焼けるような痛みが襲う。
天井裏は一瞬で俺の血に塗れ、血独特の匂いが充満する。
「マジかよ!天井裏には仲間がいるんだぞ!」
「音で位置は丸見えだ。蜂の巣にしてやる」
とにかく痛い。これ大丈夫なのか?撃たれすぎて痛みで気が遠のきそうだ。
俺はリーダーの真上まで来ると、天井を破壊して飛び降りた。
渾身の拳を叩き込むが、同時に太ももをナイフで刺される。
「痛っ!!くそったれ!!」
激痛で離れた瞬間、リーダーの反撃の銃弾を身体中に浴び、俺は血飛沫をあげて大の字に倒れた。
◇
リーダーが倒れて動かなくなった俺を拘束しようと近づいてくる。
(今だ!)
その瞬間、俺はガバッと起き上がり、リーダーの両脚を拳銃で撃ち抜いた。
「くそっ、死んだふりか!」
脚を撃たれてなお、リーダーは殴りかかってくる。
なんて根性だ。俺は銃底で殴りつけ、ようやくリーダーを気絶させた。
『ほう、リーダーも倒したか。素晴らしい』
高槻の感心したかのような声を上げた。
だが、その直後。
――ドンッ!
「うおおお……!」
二度目のヘッドショット。
特有の目眩と吐き気……
隣のビルからの狙撃だ。
(いつの間に移動してる!)
『そこまで。制圧完了だ』
高槻の無線で訓練が止まった。
『あ!』
と狙撃兵の間の抜けたような声が響く。
2人とも「ビル内の制圧」という目的を忘れて、仕留めることに必死になっていたらしい。
『よくやった。ただ、本来なら君は2度も死んでいるからね。慢心しないように』
「……もう、やりたくねぇ」
俺は安堵と共に床に大の字で倒れ込んだ。
勝ったには勝った。
でもそれ以上に
(怖かった……)
帰りたい……俺は全力でそう思った。




