『超能力』
街に出ると……そこは地獄だった。
至る所に死体が転がり、移動しながら無差別に殺戮を繰り返していることが容易に想像できた。
遠くからは爆発音や絶え間ない銃声が響いている。
「この足跡、実験体じゃないかな? 血の足跡!」
「本当だ! 急ぐぞ、アンナ!」
◇
いた。血まみれの舗装路を素足で歩く影。
不思議なことに返り血を浴びておらず、地面に触れてる足跡だけが血に塗れていた。
(……子供?背は アンナよりもさらに小さい)
「止まれ! 止まらないと撃つぞ!」
俺の怒声に、実験体はゆっくりと振り向いた。
まだ幼い女の子だ。10歳くらいだろうか。
一瞬、その幼さに躊躇いが生じた。
――その直後、俺の体は何の前触れもなく、猛烈な勢いで後方へ吹き飛ばされた。
触れられてすらいない。視線が合っただけだ。
「ぐはっ!」
受け身すら取れず、地面に叩きつけられる。
「裕! このぉっ!」
アンナは拳銃を構えたが、アンナも相手の幼さから、少し躊躇ったあと脚を撃った。
いつもなら狙ったところは絶対外さないアンナだが、実験体の数センチ手前で激しく火花を散らし、何も無い空間に弾かれた。
実験体は無造作に、まるで虫を払うかのように手を振った。
それだけでアスファルトの地面が捲れ上がり、アンナが土砂ごと吹き飛ばされる。
俺はアンナを庇うように受け止めたが、二人まとめて後方の壁まで転がされた。
(こんな化け物、どうすりゃいいんだ?)
攻撃が見えない……いや、わからない……
(飛び道具がダメなら、近接ならどうだ!)
俺は決死のダッシュで近づいたが、実験体の数メートル手前で全身を金縛りにあったかのように動けなくなった。
俺の体が浮き上がる。
見えない巨大な手に掴まれたような感覚。
――ズドォンッ!
そのまま、地面にヒビが入るほどの勢いで叩きつけられた。
一回ではない。
二回、三回、四回、五回。
何度も叩きつけられた
ドシャアッ、グチャッ
と嫌な音が鳴り響く。
肉は裂け、骨は粉々に砕けた。
「ぐ……は……っ!」
最後には、ゴミのように遠くへ投げ捨てられる。
「裕ぁ!!」
アンナが駆け寄ろうとするが、彼女もまた見えない力に弾かれ、雑居ビルの壁を突き破って中に突っ込んだ。
「あ……アン……ナ……」
ナノマシンが必死に体を修復しようとしているが、破壊の速度に再生が追いつかない。
俺は視界が赤く染まるほどの激痛に耐え、震える膝を叩いて立ち上がった。
腰のショットガンを引き抜き、発砲する。
だが、それも虚しく手前で弾き落とされた。
実験体が、再びこちらに手をかざす。
――次の瞬間、俺の右腕が肩の根元から、呆気なくちぎれ飛んだ。
「うお……おぉ……っ!」
右腕に走る、焼き付くような激痛に呻き声を上げる。
まるで巨大な万力で強引に引きちぎられたような感覚。
切り口の肉が泡立ち、ナノマシンによる修復が始まるが、そんな猶予すら与えてはくれない。
俺は残った左手で無理やり拳銃を抜き、引き金を引いた。
――チュインッ!
弾丸はまたしても見えない壁に弾き落とされる。
その直後、今度は左腕に衝撃が走った。
メキメキメキッ
「ぐわああああああ!!」
二度目の激痛。
両腕を根元から失い、俺は血の海に膝をついた。
――パァンッ!
アンナが再び発砲するが、やはり弾かれる。
実験体が無表情のまま、アンナの方へ手をかざした。
「アンナ!!」
俺は脚の力だけで無理やり立ち上がり、アンナの前に飛び出した。
直後、凄まじい衝撃波が俺を襲う。
背後の雑居ビルのガラスが全て粉々に砕け散り、吹き飛ばされた俺はアンナを巻き込みながら、店内の奥深くまで転がった。
壁に激突し、ようやく止まる。
「この子、なんなの……っ!」
アンナは恐怖でガタガタと震えて奥歯を鳴らしている。
死線を何度も越えてきた彼女が、これほどの恐怖に呑まれる。
それほどまでにこの実験体は、生物としての格が違いすぎた。
実験体が再び手をかざし、空気を“押し込む”ような仕草を見せる。
ミシミシと壁が崩れ、俺たちはさらに瓦礫の奥へと押し潰されていく。
瓦礫を押し退け、なんとか立ち上がった。
右腕は肘のあたりまで再生したが、左腕はまだ肩から先がない。
攻撃手段は、再生しかけの腕と、蹴りのみ。
どうする? どうしたら勝てる?
……そもそも、人間が勝てる相手なのか?
俺たちの必死な足掻きなど、奴にとってはただの遊びに過ぎない。
まるで蟻の足を一本ずつもぎ取る子供のような、無邪気で残酷な蹂躙。
だが突然、実験体はすーっと、重力を無視して宙に浮いた。
そのまま、俺たちに興味を失ったかのように、夜の空へと飛んで消えていった。
「と、飛んだ……」
「た、助かったの……?」
「……みたいだ」
「裕、よかった……生きててよかったぁ……っ」
アンナが泣きながら抱きついてくる。
抱き返してやりたかったが、腕の再生はまだ間に合わなかった。
王との死闘が“格闘”だったなら、これはもはや“災害”だ。
最強タッグと自負してた俺たちが、文字通り手も足も出なかった。




