『惨劇』
今日は休暇だ。アンナと二人で食事中、俺は思いついたまま言った。
「この後、葵のお見舞い行こーぜー」
「あ! いいねー! 行こ行こ!」
◇警察関連の病院。
個室に入ると、葵はベッドの上で分厚い書類に目を通していた。
「足の怪我どう? 治った?」
「……まだ治ってないに決まってるでしょ。抜糸もまだよ。いいわね貴方は、すぐ再生するから」
相変わらずのトゲがある物言い。
でも、顔色は悪くなさそうだ。
「なんだよー、怒ってるのか?」
「……なんでお見舞いの品が1000mlの牛乳なのよ。しかも紙パックのまま」
牛乳は嫌いだったのかな? 次はコーヒー牛乳にしよう。
「……次、コーヒー牛乳だったら対ナノマシン弾を心臓にぶち込んでやるわ」
先回りされてしまった。
「ところで、アキラは来たの?」
俺が尋ねると、葵は少しだけ表情を和らげた。
「ええ、前線へ行く直前までは来てくれたわ」
少しだけ寂しそうだ。強気な葵でも、やっぱり相棒が遠くの戦地へ行くのは堪えるんだろう。
「アキラ、相棒だもんな。こういう時に傍に居られないのってキツイよな」
「ええ、心配よ。彼の事だから無茶はしないだろうけど……」
「この人は無茶するよー! バカだから!」
(おい、ちんちくりん。一言多くない?)
俺は気になっていたことを聞いてみた。
「日本軍にナノマシン兵っているの?」
「ええ、元々軍の技術よ。それぞれ得意分野を持たされているわ。でも、再生特化は珍しいわね」
「俺って珍しいのか」
「ええ、かなり。聞いたことなかったもの。恐らく実験段階か最新のタイプよ」
だから高槻博士はあんなにしつこく採血したがるのか。
「私、採血なんてたまにしかやらないもん」
アンナの言葉に、俺の特別扱い(実験動物扱い)が浮き彫りになる。
「ところで、女リーダーは見つかったの?」
「いや、今は雲隠れしてるよ。情報も全くないみたいだ」
「不気味ね。相当食えないやつだわ。……怪我が治ったら、あなた達に合流できるよう頼んでみるわ」
「アキラの方じゃなくていいのか?」
「彼なら大丈夫よ。それにこの怪我じゃ、あっちの戦線では足を引っ張っちゃうものね」
葵は自嘲気味に笑った。
「……それまで、死なないでおきなさいよ、二人とも」
葵は高槻みたいなトカゲ野郎と違って血の通った人間だな。
◇
病院から戻った俺たちを待っていたのは、静寂ではなく、凄惨な破壊の光景だった。
「なにこれ……?」
アンナが絶句する。研究所の重厚な防壁は飴細工のように捻じ曲げられ、硝煙と鉄錆の匂いが立ち込めていた。
「うっ……」
足元で門番が呻き声を上げる。手足はあらぬ方向に曲がり、体はズタズタだ。ナノマシン兵ではない彼が、この傷で助からないのは一目でわかった。
「おい! どうした!? 何があった!?」
「じ……実験体が……脱、走……しました……」
「実験体!?」
俺たち以外にもいたのか。
「み……みず……」
「アンナ! 水だ! 早く!」
「う、うん!」
門番に水を飲ませる。
だが、彼が飲み込んだ水は、開いた腹部からそのまま漏れ出て床を濡らした。
彼はそのまま、力なく息を引き取った。
「博士が心配だ、行くぞ!」
俺とアンナは拳銃を抜き、地獄と化した研究所の奥へと踏み込んだ。
「……なんだこりゃあ」
内部の惨状は、外よりさらに酷かった。
壁には無数の銃痕、そして何より不気味なのは、巨大な何かが通り抜けたような凄まじい破壊痕。
転がっている研究員たちは、まるで巨大な獣にでも襲われたかのように引きちぎられ、血と内臓が壁や天井にまで張り付いていた。
俺たちは最奥の研究室へ急いだ。
「博士! 高槻博士!」
瓦礫に埋もれていた高槻を揺り起こす。
研究室もまた、暴風が吹き荒れたかのように破壊し尽くされていた。
「……やあ。食事は、どうだったかね……?」
高槻は頭から血を流しながら、皮肉げに咳き込んだ。
「それより、この状況は一体……」
「……観測していた実験体が、突然、超能力を暴走させてね。」
「超能力?」
「そうだ。手をかざしただけで、重力も物理法則も無視してこの有様だ。私は運良く吹き飛ばされただけで済んだが、警備員は皆殺しだ。奴はゴミを払うような素振りで……トドメを刺しにすら来なかった。運が良かったよ」
「……他の皆も、ほとんど全滅でした」
俺の言葉に、高槻は苦々しく顔を歪めた。
「外に出たな……。二人とも、実験体を追ってくれ。奴は素足で出ていった。発砲も許可する。……もっとも、物理的な弾丸が通じればの話だがね」




