『コンビネーション』
(逃げたい!)
でも、地下にはアンナがいる。
今ここで俺が退けば、彼女の命はそこで終わる。
「俺が…俺が相手だっ!」
王から放たれる圧倒的な威圧感に足が震える。
だが、俺は腹の底から怒声を絞り出した。
王は無表情のまま、片手で抱えた迫撃砲の砲口をこちらに向けた。
――ドォンッ!!
横っ飛びで、文字通り紙一重の回避。
(こんなの直撃すれば粉々だ……)
奴の狙いは、冗談抜きで精密射撃並みに正確だった。
俺はがむしゃらに距離を詰めようと走り出す。
王が再び迫撃砲を構えた。発射の瞬間、俺は床を転がって回避を試みる。
直撃は避けたが、至近距離での爆風まではかわせなかった。
右の足首が、衝撃で消し飛ぶ。
「くそっ……!」
王がトドメの一撃を構えたその時、横から巨大な影が割り込んだ。
マフィアのボスだ。
「おおおぉぉ!!」
ボスの全力の体当たりが王を捉え、狙いが逸れる。
砲弾が俺の頭の数センチ上を掠め、背後の壁を粉砕した。
「王……中国最強がどっちか、ここで決めようぜぇ!」
2メートルを超える巨漢同士、怪獣対決の幕開けだ。
ボスが王の頭を力任せに掴み、そのままコンクリートの地面へと叩きつけた。
――ドゴンッ!!
地響きがするほどの衝撃音。2回、3回と無慈悲に地面へ叩きつけられたところで、王が信じられない動きを見せた。ボスの巨体を、片手で軽々と投げ飛ばしたのだ。
「小僧! 呆けてんじゃねぇ、援護しろ!!」
ボスの怒声が響く。俺はビクッとして、
「あ、あぁ!」
と答えるのが精一杯だった。
(こんなの、こいつに効くのか……!?)
震える手で護身用の拳銃を抜き、引き金を引く。
王はボスの巨体を相手にしながら、神業のような動きで打撃を叩き込んでいく。
突き、蹴り、投げ。
それもすべて、片手に迫撃砲を抱えたままだ。
打撃の合間にひらりと飛び退き、俺の放った弾丸すらも紙一重でかわす。
怪物みたいなボスが、みるみるうちにボロボロにされていく。
足が再生し、俺はナイフを抜いて加勢に入った。
だが、王は背後を向いたまま迫撃砲の砲身を振り回し、俺を殴り飛ばした。
数メートル吹き飛び、ビルの壁に頭を打ち付ける。
ボタボタと額から血が流れる。
「ば、バケモノか……っ……」
再び立ち上がり、ボスの隣へ。
二人掛かりで挑むが、王はそのすべてをいなしていく。
俺たちの攻撃は空を切り、代わりに重戦車のような突きや蹴りが、ついでのように俺たちの身体を破壊していく。
ボスがとうとう膝をつき、崩れ落ちた。最後にあがこうと懐から拳銃を取り出したが、王の蹴りがボスに直撃。
“蹴り飛ばした”
そう表現するのが一番合ってたと思う。
2メートルの巨漢が、宙を舞う。
次は俺だ。
決死の覚悟で突っ込むが、結果は同じだった。
躱され、いなされ、強烈な体当たりを食らう。
何度も、何度も。殴られ蹴られるうちに、身体の中のナノマシンが悲鳴を上げているのが分かった。
ダメージの蓄積が再生の限界を超えようとしている。
俺はようやくの思いで、王の腕を掴んだ。
だが、もう指先に力は残っていなかった。
ずるずると膝から崩れ落ち、王の腕を杖代わりにして、ようやく立っていられるだけの状態。
「終わりだ、小僧(中国語)」
何と言ったのかは分からなかった。
だが、その声には一切の慈悲も、愉悦もなかった。
王はゆっくりと、迫撃砲の冷たい砲口を、俺の心臓へと押し当てた。
王の迫撃砲の砲身を胸に当てられ俺は死を悟った。
(終わった。呆気なかったな。アンナ、ごめん……頑張ったんだけど…だめだった…)
俺は死をあっさりと受け入れた。
そう思わせるほどの圧倒的な絶望がそこにはあった。
(一度でもいいからモテたかったなー)
なんて場違いな未練が頭をよぎる。
俺は静かに目を閉じ、衝撃を待った。
――ドンッ!
重厚な発砲音。これで俺はバラバラに……?
……あれ? 痛くない。
それに、この音、知っている。任務で何度も、耳にタコができるほど聞いた。
絶望の淵で、いつも最高のタイミングで降ってくる“救済”の音。
――アンナだ!
王は左の大腿部から激しく血を吹き出していた。
ドンッ!
「くっ!」
二発目は王が飛び退き、紙一重で回避する。
振り向くと、そこには壁に寄りかかり、今にも倒れそうなほどフラフラのアンナが、死神の鎌のような狙撃銃を構えて立っていた。
「アンナ!!」
俺は歓喜の声を上げた。
「なんで!? 手術中じゃなかったのかよ!」
「……弾が摘出されて、毒が消えたんだろ。もしくはナノマシンが根性見せたか……。だが、ありゃあまだフラフラじゃねぇか」
ボスが肩で息をしながら呟いた。
「フラフラする……」
アンナはフラフラだ。根性で立ってる。でも、
「無事ならさっさと目を覚ませよな! 心配させやがって!」
俺は涙をこらえて叫ぶ。
「小娘……(中国語)」
王が迫撃砲をアンナに向ける。撃たせるか!
俺は残った力を振り絞り、迫撃砲の横っ面を蹴り上げた。
狙いが逸れ、砲弾は遥か彼方の空き地で爆発する。
「俺が相手だ!」
今度は虚勢じゃない。腹の底から力が湧いてくる。
王は面倒くさそうに、再び迫撃砲を俺の至近距離で向ける。
ドンッ!
火を吹く直前、アンナの弾丸が迫撃砲そのものを粉砕した。
「ヒット」
いつもの、少し得意げなアンナのセリフ。
王の意識が一瞬アンナへ逸れた。
その隙を、俺は見逃さない。
抜け目なく、掴んでいた砂利で目潰し。
王が目を瞑った隙に、思いっきり王の股間へ向けて全力の蹴りを叩き込んだ。
「ぬぅ!」
流石の最強もこれには怯む。
俺はすかさず地を這うようなカニバサミを仕掛け、倒れ込みながら王の右足をヒールホールドで極めた。
「裕、すごい! 汚い!」
アンナがあははと笑う。
王はとうとう壊れた迫撃砲を投げ捨て、腰に差していた巨大な青龍刀を引き抜いた。
それを俺の背中に突き立てようとする。
――ゴキッ!
俺は足首をへし折りながらも、青龍刀の軌道を紙一重で躱して距離を取った。
王の左脚は銃創、右足は俺がへし折った。
まともな脚は一本もないはずだ。
だが、奴は平然とした顔で立ち上がり、折れた足を引きずることもなく青龍刀を構えた。
俺もナイフを逆手に構え直す。
ドンッ!
三度、アンナの銃声。
王の頭部が半分吹き飛ぶ。
「ヒット」
王は倒れる――はずだった。
だが、奴は立ったままだった。
それどころか、肉を泡立たせながら口を開く。
「小娘……(中国語)」
しゃべった。
「な、ナノマシン兵だったのか、お前も……!」
(バケモノじみた強さがわかった)
王は復讐の炎を宿した瞳でアンナの方へ突進しようとした。
俺はその背後から、もう一回容赦なく急所攻撃を叩き込む。
「き、貴様ら……(中国語)」
怒り狂った王が、俺に青龍刀を振り下ろす。
ドンッ!
「ヒット」
アンナの弾丸が、振り下ろされる直前の青龍刀を根元からへし折った。
俺は懐に飛び込み、全力でナイフを王の心臓に突き刺した。
抵抗する肉を裂き、ナノマシンの核へ。
王が最後の力を振り絞り、俺の心臓へ“寸勁”を繰り出そうとした瞬間、アンナの弾丸が奴の右手を粉砕した。
「ヒット……今だよ!」
「こ、小娘ぇぇぇー……!!(中国語)」
鬼の形相で叫ぶ王の胸にナイフをさらに押し込んだ。




