逃亡編 11
イライラしている男の方が、やりやすい。暗さに慣れていなくて焦りが行動を荒くしている。
一方の男は、しっかりと足元を見て地面からの危険を無くそうと警戒している。
どちらも、私に気づいていない。その時点で有利なのは明白。
気配を消して、息を殺し、獲物がかかるのを待つ蜘蛛のように。
イライラしている男が、黒い闇の中でもっと黒く光沢のある毛並みをみつける。
「いた!いたぞ!」
駆け出していく男。
「えっ!本当に!?」
黒い獣を追いかけ出した男は、ランプを揺らしながら全力疾走している。一歩遅れた男は、ランプの光と男の背中を追いかけ始める。
私の糸にかかる方向へ。誘導されているなど思いもしない男たちが哀れで滑稽だ。
黒い獣を追う男の背中は、どんどん遠くなる。
「ちょっ、待てって!」
置いていかれまいと、注意も視野も狭まる。ただ走る男を追いかけて走る。
その音は、この森の中で夜行性の生き物を起こす。木に止まっている鳥は、じっと男たちを注視している。木々の間から、目玉を光らせて敵がどうかを見極めている生き物たち。
目立っている事に、なんの危機感ももたない男たち。森の中で、自分たちが生物の中で一番上であるかのような勘違いをしている。…あなたたちを狙い喰らうのは私たちだけではないのに。
けど、先を越される前に、動こうか。
もう一人の男を追いかける男の息が切れてきた。はぁはぁと荒い呼吸を繰り返す。立ち止まって息を整えようと下を向いた…その瞬間に私と目が合った。完全に私が視界に入り込む。
息を吸う音か、あまりに大きく聞こえてうるさい。…そして臭い。
「こんばんわ。いい夜ですね。」
にっこり笑う。私は知っている。笑顔もタイミングが合えば恐怖をうむのだと。
息を吸ったまま、止まった男の首筋に手を伸ばして突きつけるのは、ナイフの先端。私の手が震えれば喉に穴が開くだろう。
「なっ…何を…して?」
いきなり現れた子供。突きつけられるナイフ。真っ白な肌に月の光のような赤い目だけが、視覚を奪う。…何が起きているのか?
「正当防衛ですよ。お兄さんたち。」
目を細めて口元も笑っているはずなのに、視線の強さとまったく外れることの無いナイフが動くことを許さない。…もし、一歩でも動けば無慈悲に喉をつらぬかれる。ゴクリと唾液を飲めばナイフの先端が皮膚をかいた。
音が届く所で、悲鳴と驚きの声が聞こえてきた。
「っ!うわぁぁぁ!」
バサバサと踏み抜くような音がする。黒チーター君が作戦を完遂できたらしい。
よし、では。やられる前にやりますか。
私の満面の笑みに、ナイフを突きつけられた男が、ひきつった笑みを浮かべた。




