239話 夢が語る原風景
――また、この夢だ。全く記憶にない風景と状況の中に放り出されるのはもう何度目になるか。
「済まない」
心に浮かんだ僅かな苛立ちに夢が反応を返した。夢と同じく何度も経験しているが、やはりいつも通り一方的だった。意味不明な夢と必ずセットで感じる人の気配に何かを語り掛けようとしても、まるで縫い付けられた様に口が動かない。
「聞こえるか!!残存する兵力と生き残りを全て旗艦に集めた。総勢、10万……」
夢特有の不自由感ともどかしさ支配される意識を、聞き覚えのない誰かの声が掠めた。周囲に無数の映像が浮かび始めた。
爆発、残骸、無数の亡骸――
映像は何かと激しく争っている様子をありありと映したが、状況を見るに酷く劣勢らしい。
「嘘だ……どうして!?」
「■■■■は?」
「確認出来ない。いや……違う。後方、だと!?」
「アイツ、まさか逃げたのかッ!?クソッ、なら■■■■■は?アイツは居るか!?」
「彼等なら、あの黒く変色した星の何処かに……」
「助けなかったのかッ!!■■ッ!!お前ともあろう者がッ!!」
「出来なかったんだよ!!誰が好き好んで見殺すか!!」
闇に吞み込まれる仲間への哀悼、理不尽な死への怒り。抑えきれない感情が噴出し、はけ口を仲間に向ける。そんな、理解とは無縁な罵倒が無数に重なりあった。
「皆、辛いだろうが落ち着こう。感情的に互いを責めても、散った仲間は戻らない」
「分かっている。だがアレは、アレは一体何なんだ!?」
「解明出来たかい、カイン?」
様々な感情がない交ぜになった混乱は、穏やかな声の主が発した一言で終息した。同時に、まるで声の主に導かれる様に無数の視線が、まるで救いを求めるように私を見た。
「アレはカラビ・ヤウが発する光と正反対の力。アレを観測して以降、宇宙を照らしてきた輝きに揺らぎが生じた事実は知っての通り。つまり、ヤツはカラビ・ヤウと相克関係にある」
違う。と、そう否定したい心とは無関係に私の口は滑らかに動き、知らぬ知識と単語を交えながら敵の正体を無数の視線に語って聞かせた。どうやらこの夢において、私はカインという名前の存在らしい。
「ならッ」
「残念だが時間がない。ヤツの浸食速度から考えれば、対抗策の完成前に全滅する」
「じゃあ、どうすればいいんだ!?」
私の絶望的な回答に、全員が沈黙した。
「方法は……一つだけ。アレを、カラビ・ヤウにぶつければ、あるいは」
沈黙を破り、再び私が語り出した。現状取り得る唯一の解を絞り出すような口調は、まるで本当は伝えたくない様に聞こえた。
視界に映る誰もが、困惑の色を隠さなかった。無理もないか。言いたくなかった部分を要約すれば、誰かが犠牲になれと言っているに等しい。しかし、問題は闇との間に横たわる、死を覚悟した程度では到底覆せない絶望的な実力差。
「無茶だ!?アレを押し込むだとッ……恒星なんて比較にならないほど桁違いに高密度高質量のアレをどうやって!?」
「残存する戦艦を連鎖的に誘爆させれば不可能ではない」
「だとしても、誘爆と戦闘による超高熱に耐えうる防壁の展開可能時間は精々5分。誰が選ばれるにせよ、戦い、重力圏から逃げ出すには余りにも足りない」
「下手をすれば全滅。しかも勝てる保証も……無いんだろう?」
「しかし、誰かが成さねばならない。そうだろう?もう、宇宙のどこにも逃げ場はないのだから。逃げたとて、先には何もないのだから」
「だからと言って、無駄死にしろというのかッ!!」
喧々囂々。しかし議論の風向きは圧倒的に悪く、やがて大半が反対へと回った。
年齢も性別もバラバラな全員の心は一様に挫け、折れ、絶望へ、闇へと沈み込む。誰もが理解する。宇宙全体を覆いつくしかねない闇を前に、出来る事など何もないと。勝利を手繰り寄せるには、文字通りの奇跡を何度も起こさねば到底不可能だと。
「僕等は強かった。だけど、それでもアレの前では無に等しかった。強いだけで、逆にそれ以外の何でもなかったから。成長……出来なかったんだ。もしその概念があれば、と誰もが臍を噛み、あるいは恨んだ。生まれながらに支配され、逆らう事すら許されなかったこの世界に。全ては確定していて、何をどうしても変えられない、一つの道だけを歩む事を僕達に強要した世界の終点が破滅なのかと、誰もが」
絶望した、と私の耳元で語る何者かが心情を結んだ。抑揚ない言葉に、何処か悲壮な気配を感じた。未だ姿を見せない素性不明の何者かの心情が言葉を通して伝わる。
「これは過去、遠い昔に起きた実際の出来事。この後、一組の男女が闇と戦うと申し出た。私達の仲間、一番最後に生まれた最も強い力を持つ最も新しい人類。そのうちの一人、■■■と名付けられた男が命と引き換えに闇をカラビ・ヤウに叩きつけた」
声はそこで消え、一拍おいて直ぐにこんな質問を返した。もう、分かっているだろう――と。
「その敵こそがマガツヒ。僕達と敵対する勢力が呼び込んだ別次元の敵性存在。あの巨大な闇はマガツヒを統括する最上位個体。驚異的な学習能力により僅かな時間で僕達の言語を理解した上位個体は自らを八柱の女王の一つ、■■の大罪レージーナ=アウローラ、悪魔王ザル=ガ・ディエル、終末の鐘の最後に全てを無に帰す者と語った。何れも別次元に召喚された際に呼ばれた仇名だそうだが、どれも仰々しい彼女の本質を現している」
驚愕した。マガツヒの上位個体は旗艦の神が予言していたと記録にあったが、それが本当に存在していて、しかも意志疎通まで行うとは全く想像出来なかった。つまり私達が戦っているのは女王が引き連れてきた配下――
「少し違う。確かに女王にくっついてきた小さな小さな配下、兵隊が一体いた。しかし、君達が知るマガツヒは兵隊そのものすらない。兵隊が生み出した複製。君達は女王の配下が無数に作り出した劣化複製品にすら勝てない。これが、今の宇宙の正しい状況だ」
私は、どんな顔をしていただろうか。3000年を超える私達の歴史において幾度も登場し、その度に夥しい死を築き上げたマガツヒは、女王という最上位個体の下に存在する兵隊が作り出した複製品だという。当然、本体には何らダメージがないどころか健在である以上、複製は際限なく増加し続ける。
私達の歴史は、マガツヒ殲滅を夢に邁進し続けた足跡は儚い幻でしかなかった。こんな化け物が宇宙を巡り、知的生命体を絶滅させて回っている。
ならば、この戦いに仮に勝ったとして、その後に何をどうすれば良いのだ。遠からず滅びる未来を前に、それでも前を向く意味があるのか。渦巻く疑問に、何の答えも出せなかった。
「君がどの様な道を進むか、どんな選択を下し、何者になるか。全てはまだ何も決まっていない。かつての宇宙は安定と引き換えに変化も未来も可能性も確率さえも存在しなかった。あらゆる生命は神たる光が決めた通りに生きる。それは穏やかな川の流れそのものだが、その実『流れに沿う事』を強制する。だが、今は違う」
声の主は混乱する私に構わず語り続けた。何を思っているのか、何を願っているのか、何を託したいのか。もしかして、命を捨ててヤツ等を殲滅しろと言うのか。過去、何者かがマガツヒの女王と刺し違えた様に、生き残った兵隊を倒せと。
「今すぐ答えを出す必要も、焦る必要もない。その時になれば答えは自然と自らの内から湧き出してくるものだ。そして、それはきっと……」
言い終える前に、声が急に擦れ、やがては聞き取れなくなった。まだ、肝心な部分が聞けていないのに、意識が遠のき――




