237話 運命の日
時は過ぎるのを待たず、無情にも刻み続けた。夜の帳は既に降り、満天の星空が上空から街を照らす真夜中。時刻はもう少しで運命の日を迎える午後23時にルミナ達はサクヤから帰還した。
疲労困憊の白川水希は自室に戻り、アックスは黙々と禅を行い、残ったルミナとタケルはコノハナの部屋から回収した情報を精査する。しかし、幾つもの要素により進捗は思わしくない。大量の情報、医療関係の知識不足、だが何より――
「高度医療施設サクヤで発生した忌むべき事件に進展がありました。皆さん、驚かないでください。なんと、旗艦の英雄ルクセリア=アルゼンタム・ザルヴァートルとタケミカヅチ弐号機が犯人でした。同施設で働く復元医コノハナを殺害したのは、彼女に救われた英雄その人だったのです。ここに至り、もう疑いようはありません。英雄は、もはや悪魔へと堕ちてしまったのです。そして、その牙は明日も必ず誰かの命を奪うでしょう……」
最悪の報せ。ほぼ全ての報道番組が口を揃え、事実を捻じ曲げる。悪意に満ちた追い打ちにより、2人の手が、精神が擦り減らされる。
結果を先導したのは守護者達だ。彼等は現場を一瞥しただけでルミナを犯人と断定、ほぼ同時に現着したスサノヲの反対を押し切って全報道機関にその旨を伝達した。
決め手をアクィラ=ザルヴァートル前総帥殺害に使用された銃と全く同じ物が殺害に使用された為だと説明したが、調査も何も行っていない。それどころか武器はルミナが回収しているので現場に存在しない。もはや証拠の有無さえどうでも良いらしい。
ただ、真に問題なのは守護者に従う、あるいは従わされる報道機関。彼等は英雄の凋落をセンセーショナルに報道するに止まらず、偏向報道まで行う。
英雄らしからぬ行動への疑問や擁護の声は未だ根強いと言うのに、報道はその声を完全に無視した。反論を完全に封殺、更に何らの裏付けを取らないまま守護者から与えられた情報をそのまま伝える姿勢は全く褒められず、報道関係者としてあるべき姿からはほど遠い。
ザルヴァートル財団前総帥アクィラ=ザルヴァートルに続き自らの担当医コノハナをも殺害したルミナ。フォルトゥナ=デウス・マキナ誘拐犯の疑いが晴れたかと思えば、地球唯一の転移施設、羽田宇宙空港を爆破して旗艦アマテラスに不法侵入を果たしたテロリスト伊佐凪竜一。
事実の一部が切り取られ、都合の良い解釈の下に切り貼りされる。偽りの真実、捏造の完成だ。そうして作られた誰かに都合の良いだけの情報は世に放たれるや、意図的に広がり、増殖し、やがては氾濫する。
結果、弱い人間は絶えず流れる情報に意識を侵食され、都合良く動かされるようになる。時を経る毎に一人、また一人と英雄を憎む人間は生まれ、他人に広げる。悪い感情は簡単に伝染し続け、その果てに完成した憎悪の鎖が旗艦全域を雁字搦めにするのは時間の問題に見えた。
何もかもがルミナ達の不利に働く。ここまで急激に不信と憎悪が膨れ上がった理由はもう一つある。
婚姻の儀。言ってみればただの結婚式だが、それでも連合一大イベントに数えられる。当然、通常よりも遥かに多数の観光客が訪れる。その特需が遠のく復興の足掛かりになると期待する声が大きかった。
しかし、度重なる情報操作と偏向報道により市民達の多くは英雄が復興に水を差したと誤認した。どこを見ても同じ光景が広がる。目出度いイベントを明日に控えたとは思えない程に、誰も彼もがピリピリしていた。
だが、そんな暗い空気も直ぐに押し流される。報道が、こぞって婚姻の儀に関する情報を流し出した。今、映像は守護者達が厳重に警護するホテルの中で独身最後の夜を過ごす婚約者の様子を捉えている。
遠望からの映像に、ルミナ達と散々に敵対したオレステスの姿が映った。完全な報道規制により姫の姿は確認できないが、男の様子を見れば結婚を明日に控えた極普通の青年然としており、シャットアウトされた映像の向こうにいるであろう姫と談笑する仲睦まじい様子は、「明日、本当に何か起こるのか」なんて陳腐な疑問が浮かぶ程に幸せそうだった。
正しく先程までと対照的な雰囲気と番組構成に、私はある意図を感じ取った。堕ちた英雄を悪魔、フォルトゥナ=デウス・マキナとオレステス含む守護者を光や神に見立てる事で、旗艦で起きた様々な事象を安易な二元論で纏めようとしている。
英雄は悪、神と神に仕える守護者こそが正義。報道番組の姿勢はとても忌々しい程に終始一貫していた。
「済まなイ、やはり見るべきではなかった」
恣意的な報道に辟易したタケルが、テレビの電源を落とした。
「言い出したのは私だから気にしなくて良いよ。解析は?」
力ない笑顔をするルミナに、タケルもまた力なく首を横に振った。
「まだ時間が掛かる。俺が纏めておく。だから、もう休んでくれ。結果は後で確認すれば良イ」
「そうか。ありがとう、そうさせて貰う」
素直に受け入れたルミナにタケルが優しい微笑みを向けた。が、実は休むよう声を掛けたのはこれが二度目。一度は大丈夫と言い切った彼女の様子を精査の合間に確認していた彼は、隠し切れないほどの疲労が浮かんだ瞬間を見逃さなかった。
じゃあ少しだけ、と提案を受け入れたルミナは足早にベッドルームに姿を消した。
古めかしいホテルに手を加えたこの場所は、内装や小物に至るまで落ち着いた色合いで統一されている。こう言った色は心理的に作用し落ち着かせる効果がある、なんて話を聞いた覚えがある。色彩心理学やカラーセラピーといった類のものだが、ここまで悲惨な現状では焼け石に水でしかない。
「駄目だな、私は……」
自室に戻ったルミナが、複雑な感情を強引な一言にして吐き出した。色々な事を考えながら彼女が最終的に辿り着いた結論は何とも自虐的で悲観的だった。
ただ、心を許した人物を立て続けに目の前で殺害されたのだから無理もない。恐らく、今も否定的な思考の渦に囚われている、そんな心情が鈍い足取りに表出している。
なんとか、足を引きずりながら自室へと辿り着いたルミナはベッドに身体を投げ出し、程なく意識を手放した。その最後にもう1人の英雄の名を呟きながら――
こんな状況で、果たして明日に起こるであろう何かを食い止めることが出来るのか。カグツチという粒子を扱う戦闘技術は、扱う者の意志の強さがダイレクトに反映される。
彼女の、英雄達の意志は桁違いに強い。それは半年前の神魔戦役を奇跡的な力でもって終結に導いた事実が物語っている。だから、タナトスは徹底してその意志を削ぐ。あらゆる奸計を巡らせ、耗弱させる。邪魔をさせない為に、人を、世論を操って作り上げた憎悪の鎖で英雄を縛る。
そう。全ては明日――と、時計を見れば日付は0時を僅かに過ぎ、運命の日を迎えていた。慌ただしく、あるいは静かに、各々が運命の日を迎えた。
今日だ。今日、何かが起こる。




