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236話 穏やかな最期

「ご名答。分かってみれば意外と単純でしょう?」


 勝ち誇る女の声が静寂の夜に吸い込まれた。視線が、感情の矛先が、自然とタナトスに向かう。


「でも効果は覿面(てきめん)旗艦(ココ)はね、神が与える安寧(あんねい)に堕落しきったゴミ溜め。自分の意志を持たない、持てない根無し草共は少し煽るだけで簡単に操れる。耳障りの良い意見にフラフラと流され、賛同する愚者の群れよ」


 旗艦を、そこに生きる全ての人間を無価値と吐き捨てたタナトス。その視線が、能面に等しい無表情が白川水希を見た。


「地球も同じ、そうでしょう?精神の成長が伴わない内に便利な玩具を与えられ、是正(ぜせい)する機会もないまま他人との距離感を狂わされた。結果、狂ったように(すが)りつく対象を求める烏合(うごう)の衆が生まれた。だから私は与えた。彼らが信じたい、都合の良い願い、偽りの真実をね」


 タナトスは地球人類も利用した、と吐き捨てた。だろうな、と思った。消さず、消せず、増え続ける情報に呑まれ、己を見失い、その果てに暴走した。己が何者かも分からず、己と他人の区分もつかず、だから他人の内に土足で踏み入り、傷つけ、なのに平然としていられる。ただ、それは旗艦(ココ)も同じで――


「アナタッ、地球人までッ!!」


 怒りを露わにする白川水希――を、タナトスは歪な笑みと共に見下した。ルミナ達の推測は当たっていたが、当然ながら喜ぶなど出来ない。


「こうも上手く行くとは思っても見ませんでした。えぇ、楽な仕事でしたよ。操られた人間の特徴、教えてあげましょうか?()()()()()『自分は操られない、利用されない』と己惚(うぬぼ)れる人間です」


「他人を理由にするな、どう考えてもお前達が原因だろう!!」


 ルミナが真っ当な批判を返した。が、振り切れた悪党に正論は意味を成さない。


「何処までも純粋ね。でも、度が過ぎれば馬鹿と変わらないわよ?少しは疑ってみなさいな。旗艦(ココ)の連中が真面なら、私が扇動したデモになんて引っかからない。でも現実はどう?見事に踊らされ、その癖に自らの有様から必死で目を逸らす」


「だから、誰がどうなっても良イと言うのかッ!!」


 タケルも怒る。が、尚もタナトスは笑う。笑いながら、何が問題なの――と言ってのけた。この女は、心底から他人を解さない。


「フラフラと流されるのを生きてるなんて言わないのよ。流されるままに英雄を持て(はや)し、流されるままに非難する。意志と言う奇跡を与えられ、自由を保証された人間が……なんでこんな無様を晒せるのよッ!!」


 挑発に燃え上がる怒りが、急激に霧散した。誰もが唖然とした。余りに唐突で、仲間のステロペースでさえ面喰った。突発的ではない貯め込んだ感情の爆発には、確かに女の本心が垣間見えた。何となく、演技ではない気がした。


「何かに縛られているのか?」


 オレステスと同じに、この女も冷徹な顔の下に何かを隠している。その素顔がルミナの質問に反応、僅かに表出した。女の形相が憤怒に染まった。が、ルミナも同じだ。


「これ以上の無礼は(つつし)ん……で?」


 タナトスの変容にステロペースが動いた。刹那――


「グゥ!?」


 呻き声を残し、ステロペースが闇に消えた。ドン、と施設外壁に叩きつけられたのは瞬きするよりも短い時間だった。


 ただ、致命傷は避けている。一足飛びでステロペーへ肉薄したルミナの流麗な回し蹴りに反応、咄嗟(とっさ)に身体を捻って直撃を避けるに止まらず、防壁まで展開した。スサノヲでさえ反応出来るかどうかという速度にあの男は対応している。


 ガラッ


 静寂を破る音の中に、男の姿が消えた。高機動。スサノヲが使用する戦闘技術の1つを難なく使用してステロペースは姿をくらました。


「無駄だッ」


「チィ」


 闇に、銀色が踊る。ルミナが消えたステロペースの背後から奇襲した。が、間一髪で展開した防壁で威力を殺した。この男、黒雷の操縦適性だけではなく生身での戦闘能力も図抜けている。


 ただ、流石にルミナ相手には分が悪い。再び空を舞うステロペース。彼女の攻撃は防壁を容易く貫通する威力を持つ。ステロペースの表情から余裕の色が完全に消失した。


 恐らく打算があったと思う。もし勢い余って殺せば利用されるのは必定、だからルミナは本気を出せない。故に、ステロペースは己が命を盾にするという矛盾に満ちた立ち回りでルミナと交戦する予定だった。


 普通ならば上手くいっただろう。最大の想定外は実力差。加減されても尚、足元さえ見えない桁違いの実力差にステロペースは焦る。


 決して弱くはなく、寧ろ桁違いに強い。異常な打たれ強さ、被害を最小限に抑える立ち回り、狡猾(こうかつ)な性格諸々を総合すれば、現連合内においても最上位に食い込む位には強い。これ程の実力を持つ人間が、未だ連合に捕捉されなかった事実に驚く程だ。


「このままッ」


 そんな相手を、ルミナは一方的に叩き伏せる。視認不可能な速度で四方八方から蹴り飛ばされるステロペースは手も足も出ず、防戦一方のまま一方的に滅多打ちされ、遂には固く握り締めた手を解いた。


 瞬間――


 誰の視線も、落下する銃を自然と追った。回収の成否に関わらず濡れ衣は着せられる。しかし、それでもステロペースの指紋がべったりと付着した銃を捨て置く理由にはならない。ルミナは空を蹴り、空を踊る銃に手を伸ばし――


 バンッバンッ

 

 立て続けに轟いた重く鈍い銃声に、伸ばした手が硬直した。カメラを音の方角に向けた。遥か遠くに銃を構える人影が見える。その影が、崩れ落ちた。時を同じくして、正確にルミナを狙った銃弾が不自然に逸れ、施設の壁にめり込んだ。


「だから待てとッ」


 影の迂闊(うかつ)な行動にらしくない怒号を飛ばすステロペース。視線の先、崩れ落ちる影の背後に、ゆらりともう一つの影が動いた。タケルだ。銃撃を己の防壁で逸らした彼は影の背後へと瞬時に移動、一撃で昏倒させていた。


「流石に……グゥッ!?」


 (ほぞ)を噛むステロペースが腹の内に(たぎ)る感情を、苦悶と共に全て吐き出した。鈍い振動を一つ置き、地に叩き伏せられた。


 援護はタケルに阻まれ、さりとて一対一では手加減されたルミナの足元にも及ばず。圧倒的な優勢。コノハナの自白だけでも十分な成果だが、更に敵の捕虜が加われば文句なし。


「ゴホッ」


 冷徹にステロペースを見下ろすルミナの視線が不意に、背後から聞こえたくぐもった声に揺らいだ。


 ほんの一瞬、だが確実な隙をステロペースは見逃さず、渾身の一撃でルミナを蹴り飛ばした。同時に大きく跳躍、距離を取りつつ背後に出現した灰色の光の中に吸い込まれる様に消失した。


 また、お会いしましょう。呻くように小さな、それでいて不快な余韻を静謐(せいひつ)な夜に残して。気が付けば、タナトスを映したディスプレイも消えていた。


「状況は!?」


 長いようで短い戦いが終わり、静寂を取り戻した夜をルミナの張り詰めた声が切り裂く。


 が、答えは無情。コノハナを抱きかかえる白川水希が無言で首を横に振った。周囲には真っ赤な血だまりの中に治療用ナノマシンを内包したカプセルが沈んでいた。必死で抑える胸元から未だ血が流れ落ちる様子に、既に薬を飲み込めないほどに衰弱していると伝わる。


「もう……駄目……医者……だ……もの。これ位……言えた義理じゃ……ゴメ……ン」


「どうして、どうしてあの女はああも人間を憎んでいるんだ?」


「それ……ね、私達の問題だから……よ。貴女、もし……なら……彼女を、私達を助け……グッ、ゴホッ、私の部屋……鍵は」


 最後の時が近い。死力を振り絞り、血塗れのネームタグをルミナに押し付けたコノハナの手がだらりと崩れた。彼女は、そのまま息を引き取った。ルミナは事切れた亡骸を呆然と眺める。哀しみか、あるいは怒りか。彼女の身体が小刻みに震えている。


 私の頬を、涙が伝った。コノハナの人となりを思い出した。身形にはズボラなところがあったが、仕事振りは極めて真面目で誠実だった。人柄も良く、周囲の人間ともそれなりに打ち解けている光景は監視する私もよく知るところで、だからこそこんな真似をするとは思わなかった。理解出来なかった、彼女を理解出来なかった悲しさが胸から(あふ)れ、涙になって頬を伝う。


 静かで穏やかな夜に、コノハナの姿が重なって見えた。裏切り、裏切られ、その果てに非業の死を迎えたというのに、なのに彼女の顔はとても穏やかだった。


 彼女の肉体から、肉眼では見えない位に微かな光が抜け出た。カグツチの光だ。人が僅かに生み出す粒子が身体から抜け出た事実が、彼女の死を決定づける。


 ルミナ達は、ただ穏やかに眠るコノハナを見下ろす。誰もが悲壮な表情で彼女を見つめている。穏やかで、安らかな最期を迎えたと言わんばかりの顔を、ただジッと。


 まるで、自らが背負った重石が外れた様に、自らを操る糸から解き放たれたように。だが、死を(いた)む時間は直ぐに終わる。


 遥か遠くにヤタガラスの接近を告げる警報が鳴り響いた。ルミナはコノハナの遺体に後ろ髪を惹かれながら、急いでサクヤへと向かった。彼女から託されたモノを受け取る為に。

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