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失格教師と屋根裏の散歩者  作者: あまやどり
第一章 失格教師とタブレット盗難事件
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失格教師と印刷室

 スマホが鳴った。相手は川中。ピア・セキュリティサービスのことが気掛かりで、何か分かったら連絡するよう頼んでおいた。

 正直、もう求人どころの話じゃなくなってるが、行きがかり上結末は知っておきたい。

『社長一家はまだ見つかってないよ』

「そうか。連絡ありがとな」

『でも、事務所の床から血痕が見つかったとか』

 おっと、悪い方向へ進展してるのは間違いなさそうだ。社長一家はこの世の人じゃない可能性が濃厚か。

 ただの強盗ってなると、会社の知り合いとか辿っても犯人に行きつかないだろうから、捜査は難航するだろうな。


『社長の親戚に連絡取れたんだけど、このまま見つからなければ会社を畳むしかないって。専門的な分野だから』

 どうやら親戚も社長一家の生存を絶望的と考えているようだ。

『それで、俺にも当面仕事が紹介できないから好きにしろってさ』

 川中が危惧した通りか。川中は職場を、S商は有望な就職先を失ったことになる。

『先生が前に紹介してくれたHN食品を受けていいかな?』

 前に飯尾が後ろ足で砂をかけて辞めていった企業を、川中に紹介していた。

「もちろんだ。真面目な会社だから安心しろ」

 でもこれで、川中からの追加情報は期待できなくなるかな。


 

 昼休憩。少しでも休んで体力を温存、などと考えていると。

『先生方に連絡します。至急、職員室へ集合ください』

 校内放送が流れた。

「うわ、なんかあったな」

 宅配弁当を受け取りに行こうとしていた福島主任が顔をしかめる。

 全教師に呼び出しがかかるときは、ロクなことがない。コレ教師の常識。

 こういったことがままあるから、カップラーメンとか持ってこれないんだよな。急な召集で麺が伸びちまう。

 やれやれ、職員室に急ぐか。


 続々と各部署の先生たちが集まってくる。

「貸し出し用のタブレットが16台、返却されておりません」

 硬い表情で事務長が告げた。

「またか……」

 誰かの呟きが職員室に漂った。タブレットの盗難は2度目だ。しかも1度目は先週あったばかり。

 なんだ? 最近は泥棒がブームなのかよ?


 S商は授業でタブレットを用いる。学校によっては生徒に購入させるケースもあるが、S商業高校は購入は各個人の自由。買わなかった者は必要に応じて貸し出すシステムになっていた。

 なお、教師も借りてリモート授業等に使用する。商業高校ゆえに、パソコン完備のCAI(Computer Aided Instructio)教室という特別教室があるので、わざわざ買わせる必要が薄いんだよな。


 貸し出し用のタブレットは、職員室の隣にある印刷室のスチール棚に保管されていた。盗難を防ぐために、棚にはカギがかけられてるはずだ。

 なにせH県で1番荒れている高校だからな。職員室で許可をもらい、貸出し票に記入しなければ、鍵は貸してもらえない。借りたタブレットはその授業終了時に必ず返却する規則。返却しなければ警告処分。


 昼休憩と放課後に事務員がタブレットの数をチェックする。これらの徹底した管理体制は先週の盗難の反省から敷かれたものだが、それにも拘らず2度目が起きてしまったらしい。

「教頭先生の表情が硬くなるわけだ」

 タブレットは学校の備品だ。紛失したら教育委員会に報告しなければならない。前回は5台盗まれて、この短期間に更に16台追加じゃあ当然、管理責任を問われることになる。お偉方の栄転が遠のくわけだ。


「えー、返し忘れているのなら、至急返却するように生徒に呼びかけてください」

 盗難と聞いて、真っ先に思いつく屋根裏の散歩者がいるが……まさかな。


 ま、臨採の俺は責任取らなくていいからお気楽なもんだ。教頭みたいに、信号機さながら顔を青く赤くもしなくていい。


――あとから考えるに、この考えは砂糖よりも甘かったわけだが。


 緊急の会議が終わり、職員室から出ようとすると、教頭に呼び止められた。

「九字塚先生、ちょっとこちらに」

 うわあ、嫌な予感がする。かといって断ることも出来ないので、素直に重役席に誘導された。

「さきほどの盗難の件ですが」

 嫌な予感が確信に変わる。

「2年C組の、毒島(とくしま)君がその時間印刷室に出入りするのを見た人がいまして」

 バチが当たるの早すぎないか?


 俺が副担任を務める2年C組の毒島は、不良グループのリーダー格だ。ドレッドヘアでガタイがよく、暴走族にも入ってるらしい。素行の悪さは折り紙付き。


「九字塚先生の担当している生徒ですので、ちょっと聞き取りをしていただきたく」

「俺の担当」じゃない。担任はキバヤシだよ。先方もそのことは百も承知だろうけども。

「つまり、毒島を疑ってるんですか?」

「念のためですよ。誤解しないようにお願いします」

 現代語訳すると、『九分九厘疑ってる』ってことじゃないか。たしかに毒島は目立つからな。

「Cクラスはほら……ちょっと、活発な子が多いですから」

『問題児が多いからやりかねない』だな。

「生徒指導部の先生方にも頑張っていただいてますが、ここは1つ九字塚先生に調査をお願いしたい、と」

『生徒の素行管理もできないのか。責任取れ』か。


 とかく、教師ほど言葉を誤魔化す人種はいない。これが経理なら改ざんだらけで税務署が動きだすレベルだ。俺は当初これらの言葉を真に受けて、悲惨な目に遭った経験がある。

「いずれにせよ、生徒指導部が聞き取りをするはずです」

 聞き取りか。毒島は短気だから、荒れるだろうなあ。

「担任の木林先生に言うのが筋では?」

 ちょっと意地悪を言ってやると、さすがに渋い顔をした。

「勿論そうですが、彼は担任業務で手一杯のようですし……」

『ヤツは能無しだからいっぱいいっぱいです』と言ってるようなもんじゃないか。手一杯なのは他の教師も一緒だよ。

「了解しました」

 溜飲が下がったことだし引きさがるか。これ以上ごねて嫌われたらつまらないし。

 とはいえ、だ。毒島は素行不良だが、犯人とは思えないんだよなあ。


 帰りがてら、印刷室に寄ってみた。対面は3年Dクラス。普段からドアの鍵はかけられていない。古い印刷機が3台並んでおり、その反対側に金属の棚が2つ。その1つに、タブレットが充電状態でずらりと並んでいた。

 全部で30台は入ってたはずだが、半分ほどなくなっている。


 貴重品なら職員室で管理するのが一番安全なんだが、それをするとテスト期間中の、職員室へ生徒の出入りを禁止する期間とかに困るから印刷室になったという経緯がある。

 旧型のタブレットだったから重さは700gぐらいか。16台で11kg弱。単独犯が持てるだけ持って逃げた、ってところか?

 棚の戸を引っ張ってみるが、やはり開かない。古びたスチール棚――学校の備品に新しいものなんて、正直な政治家より数が少ないが――だが頑丈にできてる。


 印刷室には誰でも入れるが、ロッカーを開けるのは鍵がないとムリだな。

 検分しているところへ、

「お、九字塚先生。どうも」

巻代先生が入ってきた。巻代先生は生徒指導部なので、さっそく調査に動いているらしい。

「九字塚先生も教頭先生にせっつかれたクチですか? 担任がああだから災難ッスね」

 相変わらず察しが良い。

「なに、生徒指導部ほどじゃないですよ」

 これはお世辞じゃなくて本音。

「ウチの毒島が俎上(そじょう)に上がったとか」

 教頭先生に聞いたんですけど、と前置きして情報源を明かす。

「3時間目後の休憩時間に、毒島が印刷室に入ってくのを見た生徒がいまして。その前に入った生徒は、タブレットがまだあることを確認してます」

 メモを確認しながら教えてくれる。

「盗難に気付いたのはいつです?」

「昼休憩入ってすぐですね。備品チェックで発覚したそうッス」

 間の悪いヤツだ。日頃の行いが悪いのか……俺も人のこと言えないか。


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