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失格教師と屋根裏の散歩者  作者: あまやどり
第一章 失格教師とタブレット盗難事件
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11/51

失格教師と平和な午前

新章です(/・ω・)/

【4月26日(水) 8:07】


「うーん」

 俺は駐車場の車の中で考え込んでいた。いつものぼやきも忘れて。

 賭けに負けて、捨見の学校滞在を1週間黙認する約束をした。約束を違える気は毛頭ないが、今考えてみればいくつか気になる点がある。

 なぜ1週間としたのか?


 例えば「半年黙認しろ」「1年黙認しろ」という条件を出されてたらどうだっただろう。

 おそらく、期間満了するまで我慢することは難しかったんじゃないか。そしたら捨見にとっちゃあ、賭けに勝っても空手形になっちまうわけだ。


 つまり1週間なら、“俺が寛容できる、ちゃぶ台をひっくり返さないであろう時間”と推し量ったんじゃないか。

 そして、それ以上に重要な狙いがあったと踏んでいる。

 俺が最初に捨見を見逃さざるを得なかったのは、ありもしない弱味を捏造されたからだ。


 だが今回の賭けで、俺たちの関係はまがりなりにも対等な契約に書き換えられた。この行為で俺の暴発を封じ込めようとしたのであれば。


「高校生のくせに、随分としたたかな真似をしやがる……」


 なんとなく、手の平の上で転がされている気分で面白くない。






 1時間目。


「出張行ってきます」

 火曜日は企業訪問が入っていた。この時期は進路指導部はとにかく忙しい。いや、ヒマなときなんてないんだけどな。3年の就職が決まったと思ったら、すぐに2年の就職指導が始まるし。


 市内にあるドラッグストア本社に向かう。受付で用件を告げると、人事担当課の課長が応対に出た。

「どうも、いつもお世話になります」

「こちらへどうぞ」

 促されて、隣の談話室に移動する。小さなブースに区切られていた。

「どうぞ、インスタントですが」

 自販機でコーヒーを買って、持ってきてくれる。

「ありがとうございます」

 その後、形式通りの名刺交換をした。

「それで、ですね。今年もこちらにインターンシップを希望している生徒が大勢いまして。引き受けていただけると嬉しいのですが」

 用件を切り出す。インターンシップは、2年生の時に行う職場体験だ。期限は3日間。生徒は社員として働き、職場の空気を肌で感じることができる。

 ただし、それはあくまで学校や生徒の側の都合でしかない。


「うーん……そうですねー……」

 課長は少し悩む表情をした。仕方ない。企業側からしたら、インターンシップは面倒事でしかない。給料も払わない“あずかりもの”の高校生に危ない仕事や専門的な仕事を任せるわけにはいかない。

 しかも役に立たないのに、指導役の社員をつけてやらねばならない。戦力が増えるどころか、指導に人手を割かれることになる。はっきり言って、負担になるだけだ。

 それでも企業が引き受けてくれるのは、人材確保と言う打算があるからだが。


「もちろん引き受けさせていただきますけど。……ちょっと、いいですか?」

「はい、なんでしょう?」

 手放しでOKとはいかないようだ。っていうか厄介なことを言われる雰囲気になった。

「ウチは規則で、就職した者は2、3年以内に登録販売者の資格を取得してもらうことになっています」

「はい、存じています」

 それは俺も承知している。


 薬事法が2009年に改正され、一般用医薬品のうち、第2類医薬品と第3類医薬品の販売に資格が必要となった。風邪薬などほとんどの薬はこれに分類されるため、資格がなければドラッグストアでできることが極端に制限されてしまう。

 なので、ドラッグストア勤務に登録販売者の資格取得は、教師にサービス残業ぐらい必須だ。社員は資格取得を前提に、働きながら勉強することになる。


「ですが、ですね。一昨年と去年に採用したS商の4人。……全然資格取れてないんですよ」

 あー、やっぱりか。予測できたことではあるが、口には出せなかった。


 S商生は勉強を怠けがちで、それでも卒業できてしまう。これは仕方のないことだ。「できる生徒」にあわせると「できない生徒」をみんなふるいにかけてしまうことになるからな。底辺の受け皿校として、そんなことはできない。


 出席日数と1学期ごとの提出物と、赤点をとらないこと。この3つで留年は回避できてしまう。できなくとも、教師たちが追加課題や補習で躍起になって進級させようとフォローする。

 情熱とか使命感と言うよりも、単に留年者が多いと教育委員会に睨まれる、という生々しい理由によるものだ。それでも年に数人留年するけども。

 そのせいで、努力の経験が不足したまま社会に出る者が多くなる。働きながら資格の勉強をすることは、学業よりも数倍の努力が必要だ。


「なので、今回はぜひ勉強に明るい生徒さんを、と」

「分かりました。成績優秀な生徒を紹介させていただきます」

 だいぶ信用が揺らいでるな。「今度ボンクラを寄越したら、今後インターンシップは受けてやらない」と最後通牒を喰らったも同然だ。

 成績優秀、は難しいとしても、せめて真面目な生徒を回すようにしないと。


 渋い会話が終わったので、後はしばしの雑談。

「このところ、F市で物騒な強盗事件が連続していますね」

 人事課長がコーヒーを飲みながら言った。

「はい。知ってる企業さんも被害に遭ったようです」

 ピア・セキュリティサービスを思い出して言う。変に邪推されると面倒なので、「うちに求人票を出してもらってるとこですよ」とは言わない。

「被害件数はもう10件を超えてるとか」

「警察は捕まえられないんですかね?」

 連続でやったら警察も警戒するだろうに。

「何でも、実行犯は闇バイト? とかで集められた連中のようで、下っ端捕まえても首謀者までは行きつかないらしいですな」

 狡猾な司令塔がいるのか。

「お金があるときとか、人が少ない時を狙って襲ってくるそうで……。わが社もこれから防犯強化会議です」


 ずいぶん会社の内情に詳しい強盗団なんだな。どうやって知ってるんだろう。

……で、こんな話を振ってくるってことは、暗に「お前のとこの生徒がやってないだろうな?」って探りだよな。気持ちは分かるけど。

 まあ、俺にとっては関係のない話だ。



【4月26日(水) 11:40】


「ただいま帰りました」

 進路指導部に戻ってくる。渋滞に捕まったが、どうにか時間以内に帰ってくることができた。

「ご苦労さん。すぐ出張記録簿に書いて教頭に提出しといて」

 福島主任にさっそく言われる。

「うへーい」


 例え短時間でも、勤務時間中に学校外へ出れば出張扱いになる。学校という組織はとにかく書類が多く、業務の大きな負担だ。特に進路指導部は仕事面での外出が多い。

「出張手当いらないから、出張届け書きたくないなあ」

 出張手当なんて1回約150円だぞ。子どもの小遣いかよ。

「ワガママ言うな」

 もちろん、通ることじゃない。

 でも、学校の書類の多さにはいつも辟易(ヘキエキ)させられる。しかも4割ぐらいは必要なさそうな書類なんだよな。

 「書式や表現が適切ではない」と教頭先生に突き返されることも多い。どんなミスがあったのかと思いきや、「目標とします」を「目指します」に訂正しろ、とか。正直国語教師やってても差が分からない指摘ばっかりだ。

 学校の運営にいちいち疑問を抱いているあたり、俺は自分でも教師に向かないと思ってる。



「職員室行ってきます」

 主任に一声かける

「お、じゃあ木林先生に早く帰ってくるよう声かけといて。交代の時間過ぎてるのに帰ってこねえんでやんの」

 またぞろ、どっかで油売ってるのか。キバヤシは、何かにつけて怠けようとするフシがあるからな。

「木林先生ですからね」

「木林先生だからな」


 職員室に行く。重役席の前に箱が設置されている。上層部の検印が必要な書類はその箱に入れておく決まりだ。出張報告書を放り込んだらさっさと出よう。どうも職員室は居心地が悪い。

「ご苦労様です」

 声をかけてきたのは教頭先生だ。難しい顔で書類にチェックを入れている。

「あ、お疲れ様です」

 慌てて俺も挨拶する。普段この時間は職員会議でいないはずだが、予定の変更でもあったんだろう。これまた学校では珍しくない話だ。



「だから、さっき計ったら37度2分あったんだって!」

 生徒が職員室の入り口で喚いている。どこかで聞いた声だったが、いちいち気にしない。

「いまは6度7分しかないからダメだ」

 対応してるのはキバヤシだ。進路に帰ってこないと思ったら、こんなことで時間食ってたのか。


「熱っぽいんだって! これ絶対感染してるから帰らせてくれよ!」

 押し問答してる。コロナが猛威を振るった時期は、学校も敏感だった。熱がある生徒はすぐに帰らせてたもんだ。

 それに味をしめて、いまでもこうして仮病で帰ろうとするナマケモノが後を絶たない。

 これぞS商名物「(熱が)あるある詐欺」。もちろん、こんな怠けを見逃すようなヤツは教師失格だ。


「うーん。そこまで言うなら帰らせてもいいか」

 お前教師ヤメロ。

「やったー!」

いい加減なことしてんじゃねえ。後で大目玉食らっても知らないぞ。キバヤシの場合、生徒のためでなく、単に面倒くさくなりやがるからな。


 どうでもいいか。後で大目玉食うのは俺じゃない。

 何も言わず、職員室を後にした。


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