6: ひと月経ちました 1
「お嬢様、イザベル様…おはようございます。朝ですよ…お目覚めください」とイザベルを揺り動かす人がいる。
「うん…ん…。あ、リラ…おはよう。もう朝?」
「おはようございます。はい…そろそろ用意しませんと…」
「はっ!」とリラの言葉に飛び起きたイザベルは…
「え?今、何時?…遅刻?」と焦ってリラに聞いた。
「ふふ、大丈夫ですよ…でもすぐに用意しませんとギリギリです」
「わかったわ!ありがとう」ベッドから飛び降りたイザベルは急いで身支度をして、ダイニングに向かった。
イザベルが王宮の東翼に入ってひと月。
ホームシックになる暇もないくらいスケジュールに追われ、あっという間に時間が過ぎた。
「おはようございますイザベル様!ご機嫌いかがですか?」
ダイニングに入ったイザベルに気がついた使用人が挨拶してくれる。
「おはよう!シリル。今日もいい天気ね!今日もよろしくね」
「はい!よろしくお願いします」
「あらおはようジャック!今日のオムレツは何が入っているのかしら…楽しみ」
「ふふ、開けてからのお楽しみにしてください」
「おはようミーナ。オレンジのジュース?ふふ大好きよ…食後は…今日は紅茶が飲みたいわ」
「はい、承知致しました。ミルクもおつけしますね」
「お願い」
イザベルと使用人が笑顔で話している。今では東翼のダイニングの朝の風景だ。
「あら、そろそろ殿下がいらっしゃる頃ね、スザンヌそろそろコーヒーをお願い」
「かしこまりました!」
その時、ジークが今日は黒い髪をいつもよりさらにボサボサにして欠伸をしながら現れた。
(どうやら、昨夜はベッドで寝たみたいね)とイザベルは思った。
「あふぅ…おはようイザベル…よく休めたかい?」
「おはようございます殿下。お疲れが取れませんでしたか?今コーヒーの準備をお願いしました」
「ああ、ありがとう…今日のオムレツは…チーズとバジルだね、美味しそうだ」ジークが席につくとすぐに淹れたてのコーヒーが運ばれてきた。
「さぁ、いただこうか…」
「はい、いただきます」
「今日のオムレツ、チーズがとろとろだ!…うん美味いな」
「本当!ふわっふわっとろっとろっで美味しいわ!ジャック!」
「ダイニングと厨房を繋ぐところで様子を見ていたジャックが「ありがとうございます」と笑う。
そこにウィルがいつものようにジークの傍に立ち今日のスケジュールを読み上げる。
ジークは食事の手を止めずに聞いている。これもいつもの風景だ。
イザベルは対面に座るジークの様子を観察していた。
このひと月でわかったことは、
いつもよりボサボサの髪で皺のないシャツを着てきた朝は、ちゃんとベッドで休んだ日。
皺の寄ったシャツで眩しそうにダイニングに駆け足でくる日は徹夜した日で前髪の間から覗く赤い瞳は充血してギラギラしてる。
ジークはコーヒーが好きでりんごジュースも好き。
目玉焼きよりオムレツが好き。
肉でも魚でもローストした料理が好き。
黙々と伏目がちに食事を進めている時は考え事をしている時。
今日のジークは伏目がちに食事をしているが、ちゃんとゆっくり噛んでいるので、気持ちに少し余裕があるようだ。
「…以上でございます」
「わかった、ありがとう」
「相変わらずお忙しいのですね…昨夜は少しでもお休みになれましたか?」
「ふふ、明け方ベッドで寝ることができたよ…急ぎの仕事が終わったので今日からは少し余裕が持てるんだ」
「まぁ!そうでしたか…休める時には休んでくださいね」
「ああ、ありがとう…そうするよ」
「イザベル様、今日のご予定ですが…」
「はい」
ウィルがイザベルの傍にきて今日のスケジュールを伝え始めた。
イザベルも食事の手を止めずにウィルの言葉に耳を傾ける。
「…以上でございます」
「はい、ありがとう」イザベルの教育スケジュールもなかなかタイトである。
ジークはコーヒーを飲みながらイザベルの様子を見て、イザベルの目の下に隈があるのを発見した。
「イザベル、君こそ忙しいのではないかい?」と言いながら、自分の目の辺りの下を指差す。
「え?あら…そこからでもわかってしまいますか?ふふ…隠さなくてはいけませんね」イザベルは笑ってごまかした。
朝食が済めばいつもの毎日が始まる。
午前中の座学は、ウォーレン文官による経済学の講義から始まった。
基本的な講義が終わり、最近は時事問題をテーマに、起こりうる経済的問題と考察のレポートを作成することが増えた。
「では、このテーマで次回までにレポートを作成しておいてください」
「ありがとうございました」と礼を告げて講義が終わる。
最近は提出したレポートを添削して返してもらえなくなった。
次はオースティン伯爵夫人のマナーのレッスンが始まる。
今日は茶会を想定して、茶器、茶葉、茶菓子のセレクトからテーブルセッティング、話題の提供から話の流れの作り方。一連の動作を確認した。
「イザベル様、もう少し浅く腰掛けてください、姿勢が悪く見えてしまいます」
「話題の着眼点は良かったのですがもう少し砕けた感じで話を進めてください、会議ではないのですから」
「はい、ありがとうございます。気をつけます」
オースティン伯爵夫人の講義はイザベルにとって得るものがあった。
午後からはあのハイスピードダンスレッスンが始まった。
「イザベル様!もっと素早く、優雅に滑らかにステップを踏んでください!はい!素早く優雅に!もっと早く!」
汗だくになって踊ったイザベルはパートナー役の男性講師と指導講師のヘイワード夫人からは見えないところで、顔を見合わせて苦笑いをしていた。
しかし、最近疲れているせいなのか、自分の動きが鈍くなったような気がしていた。
(最近、体が重いわね…もしかして太ったかしら?)
こっそり自分の腰の肉を摘んでみるイザベルだった。
そして、休む暇もなく語学の講義が始まった。
最近は、なんとか聞き取れ、対話形式のレッスンは会話が続くようになった。
「うーん、やはり発音が微妙に違っています。外交では相手国の方に誤解を与えないように気をつけてください。妃殿下が国際問題を起こすなんて前代未聞ですから」
「はい、申し訳ございません。気をつけます」
「では、次回までにこの詩を翻訳しておいてください」
課題を出されて、その日の講義が終わった。




