3:引っ越しました
正式にジーク王太子の婚約者になったイザベルは王太子妃教育の為王宮に居を構えることになった。
王太子妃の教育を受ける者は実家へは時々帰ることは許されていたが、殆どの時間を王宮内で過ごすことが慣例として決められていた。
明日、王宮から迎えが来る。
家族でゆっくり過ごせる最後の夜になった。
両親も弟も一日中イザベルの傍を離れなかった。
イザベルの好きな料理を囲んで、皆、勤めて明るく振る舞っていたが、夜も更けて共にいる時間に限りがあると実感し始めた時、
「イザベル…大丈夫か?無理してないか?」
バーンスタイン伯爵はイザベルの瞳を覗き込んできた。
「多分大丈夫です!ふふ、ダメだと思ったら帰ってきて良いのでしょう?」
「ああ!勿論だ。契約書にもちゃんと記載してある」
「姉様、できるだけ帰ってきてくださいね!あ、お土産は忘れないでください…へへ」
「そうね!マシューの好きそうなお菓子を作ってもらってくるわね!」
「無理しないでね…体には十分気をつけて…本当に帰ってきてね…」パトリシアは娘の柔らかい髪を撫でながら潤ませた藍色の瞳で見つめてくる。
「ええ、ええ…勿論よ!ダメだったら笑って迎えてくださいね!」
「ああ、勿論だとも…すぐに迎えに行ってやる!」
「勿論よ!あなたの好きな物を用意して待ってるわ」
「姉様のために僕がお菓子を作って待ってますよ!」
「ふふ、こんなに頼もしい避難先があるから絶対大丈夫!できるだけ頑張ってくるわね!」そう言うイザベルは既に泣いていた。
家族も全員泣いていた。そしてみんなで抱きしめ合った。
イザベルは家族に囲まれて幸せだった。
…………………………
翌日、王宮から迎えがやってきた。先頭の馬車にジークが乗ってイザベルを迎えにきた。
イザベルはジークに弟のマシューを紹介した。
「殿下、弟のマシューです」
マシューは緊張しながらも覚えたての臣下の礼で挨拶をした。
「よろしく、マシュー殿、確か16歳になったと聞いたよ。今度会う時は君のデビュタントの時になるかな?」
「はい、恥ずかしくないデビュタントを迎えられるように頑張ります」
「ふふ、そう固くならないで…このままいくと君と僕は義理の兄弟になるのだから…」
「ぎ、義理の兄弟…恐れ多いです」
「ははは、少しずつ慣れてくれれば嬉しい」
出発の準備ができたので、イザベルはジークに見守られて、家族に挨拶をした。
「お父様、お母様、マシュー。行ってきます。頑張ってくるわね!…そしてみんなも見送りありがとう!」と家族の後ろに控えている家令ケインと侍女長ミリアを先頭に使用人達がイザベルの見送りに出てきていた。
「お嬢様、どうぞお身体をに気をつけて行ってらっしゃいませ。リラのこと、よろしくお願いいたします」
家令と侍女長は揃って頭を下げた。
リラとは家令ケインと侍女長ミリアの娘で、イザベル専属の侍女を務めており、イザベルについて王宮に上がることになったのでイザベルとジークの後ろに控えている。
「勿論よ。リラと共に頑張ってくるわね!ちゃんと里帰りしてもらうから、待っててね」
「ありがとうございます」
「リラ、しっかり務めてくるように…」
「はい、お嬢様をお支えできるように頑張ってきます」
「ああ」
「じゃあ、行こうか」ジークがイザベルに声をかけた。
「はい」イザベルも微笑んで、ジークのエスコートで馬車に乗り込んだ。
ジークも乗り込み、馬車は王宮に向けて出発した。
イザベルは皆に見送られてバーンスタイン伯爵家をあとにした。
バーンスタイン伯爵家の皆は馬車の車列が見えなくなるまで、屋敷の門前に立って見送っていた。
………………………………
バーンスタイン伯爵家から王宮の城門まではそんなにかからないが、城門をくぐってから王室のプライベート空間がある北の宮までは、今来た道と同じ位の時間を要した。
「イザベル嬢のご家族は皆さんとても君を愛していらっしゃるんだね」
「はい、父の言葉を借りて申しますと、今まで私が、〈まっすぐ〉育ってきたのは両親や弟、使用人達家族のおかげだと思っているのです」
「そう、はっきり言えるイザベル嬢が羨ましいな」
「…殿下」
「ふふ、明日から君も忙しくなるから、今日はゆっくり過ごそう」
「はい」
ようやく馬車は北の宮に到着した。
「さぁ、着いたよ。この北の宮の中央は父である陛下の居住区があって、僕たちは東側にある居住区を使う。西側には義母である皇后陛下とケヴィン第二王子の居住区があるんだ。全部中で繋がっている」
そう言ってジークは建物の東翼の正面玄関の車寄せに停まった馬車から降りてイザベルをエスコートする。
使用人達が並んでジークとイザベルを出迎えた。
「おかえりなさいませ王太子殿下。ようこそいらっしゃいましたイザベル様」モノクルをかけた白髪混じりの栗色の髪を後ろに撫でつけた男性が前に出た。
「ああ、ただいま。こちらがイザベル嬢だ。未来の妃だ、よく仕えるように」とイザベルをモノクルの男に紹介した。
「イザベル嬢、こちらは東翼を取り仕切るウィルフレッドだ。困ったことがあったらこの者に言ってくれ、勿論私に言ってくれるのが一番早いけどね…」
イザベルはジークに頷いて、改めてウィルフレッドを見た「イザベル・バーンスタインです。よろしくお願いします。ウィルフレッドさん」
「イザベル様、私どもに敬称は不要でございますよ。あなた様はジーク王太子殿下の伴侶となられるべくお越しくださったお方。誠心誠意お仕えする所存でございます。よろしくお願いいたします。よろしければ、私のことはウィルとお呼びください」
「ありがとうございます。ではウィル、よろしくお願いします」
「こちらこそ、どうぞよろしくお願いいたします」
その後、リラのことも紹介して、部屋に荷物が入るまで、ジークはこれから過ごす東翼の案内をしてくれた。
ひとことに東翼と言ってもそこだけで、イザベルの実家ほどの大きさがあった。
イザベルの私室はジークの隣の部屋に用意されていた。
隣と言ってもかなり出入りの扉が離れている。不思議そうに見ていると
「ふふ、イザベル嬢と僕の部屋の間には夫婦の寝室があるからね…」
「あっ…そうなんですね…」ジークの説明にイザベルは真っ赤になってしまい、ジークの笑いを誘っていた。
イザベルの私室は豪華だった。
広い私室にはソファとテーブル、チェストにライティングテーブル。諸々調度品が置かれていても、まだ余裕がある。隣の寝室には豪華な天蓋付きの大きなベッドにクローゼット、バスルームさらに隣には夫婦の寝室があるが、今は鍵がかけられている。
その夜、初めてジークとふたりで食事した。
彼はとても綺麗な所作で食事を進めていた。
ジークは話題も豊富で、楽しく過ごせた。
サロンでゆったり食後のお茶を楽しんで、ジークのエスコートでイザベルは私室にに帰ってきた。
「明日から、また忙しくなる。できるだけ、朝食と夕食は共にしよう」
「はい、ありがとうございます。さぁいよいよ明日からですね!」
「頑張ってくれると嬉しいが無理だけはしないでほしい、じゃあ、ゆっくり休んでね…おやすみ」
「おやすみなさい」
そうして、王宮での初日は終わった。




