血を吸うトラック
今日も、異世界人を轢いた。
「出血! 大サービス!」
年季の入った大型トラックでアクセルを踏み込む。
そして高速道路へ躍り出る。
「親方? 大丈夫なんですか? ちょっと若すぎたような……」
「いいんだよ! セシル! あの娘は、身寄りがいない。調査済みだ」
助手席のセシルは、声を押し殺しているようだった。
言いたいことは分かる。
「魂だけなんだ。転生に必要なのは。それも不幸を背負った特上の」
「自然死を選べないのは、何故です? お若い方を……。酷い」
嗚咽混じりの声だった。
無理もない。
血飛沫に染まるアスファルトを目の当たりにしたのだから。
「すまねぇなあ。瞳孔と脈の確認をさせちまって。立ち会いは、決まりごとだからよ」
「嫌がらせですよね。即死じゃないですか」
重たい沈黙が、車内を支配していた。
ハンドルを切りながら、パイプをふかす。
フロント越しに紅い満月が覗く。
ため息を吐くように言った。
「今回は、大仕事なんだぜ? セシルよ。今日轢いた娘は、大聖女様なんだとさ」
「……単なる押しつけでは? 親方、あの世での幸せなんて、私は反対です!」
「おや? 呪文の書き取りを苦に、首を吊ったお前さんが言える立場か?」
「確かに、貴方に会うまでは、ここでの生活を謳歌していました。だからって……」
「あのな、セシル」
募る苛立ちに痺れを切らした。
その時だった。
後方より、耳慣れた警報音がこだましたのだ。
ルームミラーにパトカーが映っている。
数え切れない。
赤色灯の群れは、目と鼻の先だ。
「おかしいな? 隠蔽は、ちゃんとやったんだが?」
狐につままれたような気分だ。
およそ今までの召喚で、仕事が露見したことなどない。
ふと、こめかみに冷たい物を感じた。
隣で、忍び笑いが漏れていた。
「鉛を飛ばすのだそうよ。親方。進んでいますわ。修行なんて不要です」
「まさか、売ったのか!? 俺達のことを!」
「こちらで公僕の方々と、お知り合いになる機会がございまして……」
怒りで肩が震えた。
口元からパイプが落ちてしまった。
「こちらへ来て、もう随分になりますもの。今では警視。こちらでは若すぎる出世だそうですが」
何かがおかしい。
この女は、最底辺の落ちこぼれだったはずだ。
いや、今はそれどころではない。
「どうするつもりだ? そんなちっぽけな銃じゃ、俺は死なないぜ」
言った瞬間に背筋に寒いものが走った。
隣の女は、言いしれない妖艶な笑みを浮かべている。
「死ねないって、とても不幸だと思いますよ? この世界の住人になる方法が試されますわ。ええ、あらゆる方法で」
エンジンが唸りを止めた。
ガス欠――あり得ない。
それでもエンジンを吹かそうと試みた。
「やっぱり! そのメーターは、貴方の心とリンクしているのね」
自分でさえ知らないことだった。
恐れおののく俺に冷たい手錠が掛けられる。
女の手は酷く冷たい。
「……まいった。煮るなり焼くなり、好きにしろ」
言葉とは裏腹に、残酷な拷問に震え上がっていた。
さしずめ科学の実験材料にでもされるのだろうか。
「このトラックは使えなくなったわね。貴方に興味はないわ」
女に手を引かれ、中央分離帯の近くでしゃがみ込む。
いつの間にか、周囲をパトカーが囲んでいた。
「異世界召喚は、お互いにこれが最後よ」
彼女が、上空へ向けて発砲した。
丸い月が、乳白色へと色合いを変える。
俺は周囲を見渡した。
赤色灯はない。
怒号もない。
パトカーも消えていた。
月明かりに照らされたアスファルトには、ただ一人、俺だけが取り残されていた。




