ふんどし求婚記
「そんな恰好で、本当に大丈夫か?」
「問題ないとは、言えぬな。うーむ……」
空の王者フェザリオンは、訝し気な声色だ。不死鳥の背に乗り、思考を巡らす。眼下には、一面の大海原が広がっていた。銀白の光を湛えた波が美しい。
「現実逃避しているな? ふんどし一丁で、求婚とは恐れ入る。ゼファー、そなた正気か?」
「磁石にS極とN極があるように――」
「相性ではない。良識を問うておるのだ」
流石は我らの長老である。口上の先を言わせない。心中で白旗を上げた。
「この世界からの卒業でござるよ。幻獣界という檻からの」
「懲りぬのう。ルミナ様は、お主の手に余るお方じゃ。何度返り討ちに遭えば分かる?」
フェザリオンは、一瞬翼を広げ、風向きを確かめたようだった。聖天宮は、もうすぐだ。
「まぁ、その格好で空を飛ぶ度胸だけは、感心するがな。好き者よのう」
「おんじもな。ルミナ様の肖像画を、夜な夜な描き続けておる。果たして何作目でござろう」
「――何故、貴様がそれを知っている? あの結界は、この世界のバグを突いておるのに」
翼の羽根が、僅かに逆立った。怒りか、気恥ずかしさかは分かりかねた。
「詰めが甘いでござるよ。ルミナ様への執着が、駄々洩れであった。しようがないな」
「……口を慎め、小僧。ここから、垂直落下させてやるわ!」
紺碧の大海へと真っ逆さまに急降下。彼はしきりに身体をねじり回す。振りほどかれては叶わない。
「おっと! 良いのでござるか? 我らはすでに共犯。一蓮托生でござる」
冷静を装い、フェニックスにそっと耳打ちした。海面すれすれで、死のダイブは止まる。
「墓場まで持ってゆくのだぞ? ふん、何故にお主の介添人などするのじゃろ! 因果なものよ」
なおも低空飛行は続き、大波が、我らを呑み込まんとしたその時であった。
「ごめんな、父さん。拙者、幸せになるでござる。頼まれてくれい」
「ばっかもーん! 誰が父さんじゃ! あと三千年若ければ、ワシが求婚しておったわい!」
思いの丈が、風の刃となって眼前の壁を切り裂いていく。その光景は一つの神秘だと言って良かった。
まっすぐ進むと目と鼻の先に、聖女様の住まう宮殿が視界に入った。白亜のバルコニーに彼女はいた。
夕陽を背にフェザリオンから飛び移る。愛しの女性は、腰壁に寄りかかっていた。
「ルミナ様……。結婚して下され」
工夫もなく切り込む。弁舌を弄することは意味がないだろう。それ故のふんどし一丁である。
「いいよ。それで、君の指輪は?」
「え? 見た通りのふんどし一丁。指輪などござらん。あるがままの拙者を受け止めて下され」
「そう。じゃ、この話はなかったということで」
「ちょ、待って下され! ああ! ルミナ様!」
聖女は身を翻し、宮殿の奥へと足を向けた。
あいにくにも間の悪いことに、まさにその瞬間であった。下方から巻き起こった強烈な潮風が、私のふんどしを容赦なくさらっていく。白い布切れはハラハラと舞い上がり、夕空の彼方へと消えていった。
――完全なる丸腰。いや、全裸である。
絶望に打ちひしがれたその時、彼女は何かを思い出したように歩みを止めた。くるりとこちらへ振り返り、首をかしげる。
「そうそう、ゼフ君。私、最近誰かに覗かれてる気がするんだよね。何か知らない? ……って、え? えええっ!?」
夕暮れの宮殿に、聖女ルミナ様の凄絶な悲鳴が響き渡る。
私は弁明の機会すら捨て、バルコニーから大海原へ向かって一目散に飛び降りたのだった。




