毒味係のダイエット
「また太りおって……。先月ダイエット宣言したばかりではないか」
「失敬な! これは毒味である!」
薄暗い地下室で、小さなロウソクを向けると、チーズのカスが口いっぱいについていた。鼠の神獣チューモラクスである。悪びれた様子は全くない。
「こんな夜更けにか?」
「これは私の使命である! 任されたし!」
煙るハーブ棚の保存庫には香草が敷き詰められている。高い防腐力があるのだが、魔除けの効果は及ばなかったらしい。眼前のネズミは、本気で毒の心配をしているのだろうか。
「ほう、そうでござるか? では、これもお願いするぞ?」
「承知した。どんどん持って来い!」
黙々とチーズを食べ続ける灰色の塊は、次から次へと壺を空けていく。その旺盛な食欲は、限界がないらしい。あっという間に平らげる。私は背筋が寒くなった。
「十個も壺を空けるとは!? お主、大丈夫か?」
「私はな、三度の食事より毒味が好きなのだ……。こほっ」
しんと静まり返る。仄暗い地下の片隅で、鼠が仰向けになっていた。腹をパンパンにして動けないらしい。
「コック長に伝える。これから、貴殿の食事は全てチーズにすると」
「何……? それは困る。ナッツやパンも出してくれたまえ」
私はジト目で彼を見つめた。忌々しい。まだ強情を張るというのか。
「宜しい。ここに十一個目の壺がある。チーズ、まだいけるでござるか?」
「薬も過ぎれば毒となろう! また今度だ、ゼファー」
仮面を脱いだネズミは、毒味を放棄し一目散に地上への階段を駆け上がる。私は、稲妻の如き速さで奴を追いかけた。指先が、下手人の尻尾を掠めた時のことである。
「おかしい! 何で、上に出られない?」
悲鳴にも似たチューモラクスの声が、長い階段が続く地下に反響する。同様の疑問が私にもあった。
「何故、あ奴を捕まえられないのだ?」
拳二つ分の距離が縮まらない。ロウソクの灯がどんどん消えてゆく。私が焦り始めたその時だった。ピカーッと眩い光が空間を包んでゆけば、私と彼は、巨大な回し車で追いかけっこをしていた。
『やーやー。これは、これは。つまみ食いの犯人は、やっぱりモラクス君か。お手柄だね? ゼフ君。悪いけどダイエット付き合ってあげてね?』
愛しの赤いお下げが、風に揺れる。大きなルミナ様が美味しそうにチーズケーキを頬張っていた。




