焼肉デート解体新書
「カルビ、ハラミ、ロース、レバー、サーロイン……、欲望がぎゅうぎゅう詰めだな」
炎天下の砂浜で、延々と問い詰められる。
鋭い眼光のモウガルドは、実に不機嫌だ。
波打ち際に、雄の牛馬が相まみえる様子は、実に滑稽そのものである。
といっても私は、馬面なだけなのだが。
「だから誤解だと言っておろう……。手帳の走り書きに、特段の意味はござらんて……」
白を切る。
汗だくになりながら、手で顔を仰いでいると、奴がニヤリと笑ったのだ。
「『焼肉デート解体新書』。これなーんだ?」
「!!」
「おぬし、抜け駆けしようとしたな? 俺様の肉を手土産にな?」
「……そんな、滅相もござらん! 聖女様はメインディッシュではござらんよ」
しんと静まり返る。
眼前の雄牛は、わなわなと震えているではないか。
怒りで、神獣の背中が上気していた。
「今のは、言い間違いでござる!」
「ならば、その涎は、何なんだろうな?」
背中を冷たいものが流れた。
最早これまでと覚悟を決める。
最速の型で愛刀を抜き放てば、神獣は鋭く跳ね上がり、私の背後を取った。
「無様だな。尻もちを付くとは。覚悟はいいか?」
左手に掴んだ砂がザラザラして熱い。
二兎を追う欲深い者は、地獄に行く定めなのだろう。
私が、二度目の生を諦めた瞬間のことである。
「やれやれ、二人とも。笑えないよ?」
赤いお下げの少女が砂浜に降り立つ。
新緑の森を思わせる翡翠の瞳。
本来なら世界を救う慈愛を湛えるべきその眼差しは、凍てついていた。
「今回は、ゼフ君の分が悪いね」
返す言葉がなかった。
この清廉な少女に、これ程悲しい顔をさせてしまったのだから。
だが、勝ち誇るモウに彼女は言ったのだ。
私は耳を疑った。
「喧嘩両成敗だからね? 二人とも、お肉になってもらうよ? その本書いたの私なんだよ~」
瞬間、私は逃げ出していた。
今ならきっと、天翔ける駿馬になれるだろうと思った矢先――
「ぎゃあ――」
遠くから、雄牛の悲鳴が響いた。
あまりにも遠く、絶望的に哀しい音が耳に届いた。
焦って振り返り、すぐ隣の洞穴に飛び込んだが、その途中で足を滑らせて転んでしまった。
「ひっ……!」
視線の先には、赤い靴が。
見上げれば、聖女様がトングを片手に、慈悲深い笑みを浮かべて立っている。
「逃げなくていいのに。あの本、最後まで読んでないでしょ?」
彼女は私の襟首を軽々と掴み上げると、洞窟の奥……そこにある「巨大な網」の上へと放り投げた。
「あれはね、愛する者同士が一つになるための、究極の『合体魔法』のレシピ本なんだよ。ゼフ君がロースで、モウ君がタン。二人がじっくり焼かれて混ざり合えば……」
彼女の瞳が、爛々と輝く。
「私の理想の、最強の『牛馬』ができると思わない? しかも、とっても美味しそうな」
熱を帯び始めた網の上で、私は悟った。
彼女が欲しかったのは「恋人」ではなく、文字通り「身も心も脂の乗った完璧な下僕」だったのだ。
――ああ聖女様、トングの使い方はそうじゃない。
私の意識はそこで途切れた。




